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第二四七話、嵐は過ぎ去って


 異世界帝国軍による、九頭島襲撃は、日本海軍を震撼させた。


 連合艦隊司令部はもちろん、軍令部はより深刻に事態を受け止めていて、島の状況の確認を急いだ。

 軍令部総長、永野修身大将は、軍令部第五部長である土岐仁一少将から、今回の九頭島襲撃に関しての報告を受けて、ひとまず安堵した。


「――そうか、学校の生徒たちも無事だったか」


 永野は教育者である。今次大戦で、人材不足が深刻化している日本海軍にあって、将来を担う若者たちの無事は、彼にとっては喜びである。

 軍令部次長である伊藤整一中将は頷いた。


「ドック施設への損害は決して、無視できないものはありますが、もとより動かす人材が不足していたこともあり、致命的とは言い難くあります」

「九頭島ドックの損失分は、セレターやキャビデで充分補いがつきます」


 土岐も首肯した。

 九頭島では、敵リトス級大型空母の改装型である大鶴型空母が2隻、戦艦改装の砲撃支援艦などがドック内で破壊されてしまったものの、今の日本海軍の戦力からすればそこまで深刻な問題ではない。


 事実、異世界帝国から東南アジア一帯を解放した際、東洋艦隊が整備したフィリピンのキャビデ軍港、シンガポールのセレター軍港に、魔核と魔力を用いた工廠やドックがあり、日本海軍では、これらの施設を使い、鹵獲艦の改修整備や修理を進めていた。九頭島ドックだけでは、とても間に合わないからだ。例えば、第八艦隊の沈没艦、修理艦はキャビデ軍港に回航されていたりする。


 なお中部太平洋に目を向ければ、トラックにも小規模ながら魔核再生ドックが作られていた。


「懸念があるとすれば、予定されていた竣工スケジュールに、遅れが出ることくらいでしょうか」

「魔核を利用した再生、改装の速度は、従来のそれより遥かに短い。むしろ人員が追いついていないくらいだ」


 永野は腕を組んだ。


「しかし……まさか異世界軍が、九頭島を襲撃してくるとは。理由は判明したかね?」

「いいえ。例によって例のごとく、敵の捕虜がいないので」


 土岐は丸眼鏡のブリッジを持ち上げた。


「日本本土を狙った奇襲のつもりで近づいたら、たまたま九頭島を発見してしまった――という線が濃厚ではありますが、確証はありません」


 太平洋戦線を見れば、異世界帝国軍は、小艦隊による一撃離脱戦法を駆使して日本軍を翻弄しようとしていた。それを行っていた機動部隊は返り討ちにしたものの、航空戦艦を含む小艦隊を先日取り逃がしていた。

 そして今回、その航空戦艦部隊が、九頭島を襲ったのである。


「偶然なのか、それとも九頭島を明確に攻撃目標としていたかはわからないが、その価値を敵が知っていたなら、また襲撃してくるだろうか?」

「可能性は高いでしょう」


 伊藤は言った。


「敵がまた空母機動部隊を編成し、一撃離脱戦法を採用するならば、九頭島は間違いなく攻撃対象の上位となるでしょうな」


 大規模な造船施設にドック。ここを叩ければ、日本海軍の戦力増強の妨害をかけられる。敵太平洋艦隊の指揮官が、これを軽視することはないだろう。


「すると、防衛力の強化が必要になるな」

「現在、九頭島近海は、試験艦や改修が終わった艦による演習海域となっています」


 土岐の言うとおり、今回の敵の攻撃に対して、早池峰戦隊や第八水雷戦隊が訓練で出ており、すぐに急行した。


 基本的には軍令部直轄の第九艦隊が防衛担当ではあるが、最近は連合艦隊にその戦力を引き抜かれており、正規の守備部隊としてはやや不足ではあった。


「第五艦隊に貸し出されている『妙義』と『生駒』を、九頭島へ戻しますか?」


 伊藤が進言した。

 大型巡洋艦『妙義』と『生駒』は、第九艦隊所属だが、アメリカとの船団輸送ルートである北方を守る第五艦隊に臨時編入されていた。特に最近は、日米連合の流れがあって、通商ルート保護は重要視されていた。


「うむ。……その辺りは、連合艦隊司令部と協議だな。しかし、山本君も、九頭島防衛には積極的だから、そう悪い方にはいかないだろう」

「何せ、『大和』をセイロン島から呼び戻しましたからね」


 土岐が面白いものを見た顔になる。


「いやはや、ああも早く救援部隊を送るとは、山本長官も魔技研を重視しておられるのでしょうな」

「今回は無難でした」


 伊藤が少々困惑するように言った。


「また連合艦隊旗艦のみで、九頭島へ駆けつけるかも、と思いましたが」

「まあ、連合艦隊司令部が単独で戦地に突っ込むな、と嶋田海軍大臣にも釘を刺されていたからね。さすがに自重したのだろう」


 前科があったが故、今回は部下に任せたのだ。


「ともあれ、今は九頭島の施設の再建と防衛力の強化、そして艦艇改修スケジュールの修正等々……。やることが多いな」


 永野は苦笑するのだった。



  ・  ・  ・



「……こういうのを見ると、戦争なんだなぁ、って思う」


 正木妙子は、戦艦『大和』の甲板から見える九頭島本島の表ドックを見て呟いた。その隣には、姉の初子が立って、同じように島を眺める。


「学校の校庭に、砲弾が落ちたんですって。皆、避難した後だったから、怪我人はいないそうだけれど」


 九頭島の海軍魔法学校。正木姉妹がかつて在籍し、卒業した能力者学校である。いま通っている生徒たちも、いずれ艦隊や工廠などで、その能力を発揮することになるだろう。その将来の海軍で活躍するだろう人材を守れたことは大きい。


「ただ街も攻撃されて、死傷者が出たって」

「工廠も攻撃されたし――」


 妙子はため息をついた。


「たぶん、私たちの知っている人もいたんだろうな。少し悲しい」


 そして誰が犠牲になったかわかれば、もっと悲しい。そんなセンチメンタルな妙子を見て、初子は言った。


「大丈夫?」

「うん、まあ……」


 今回の空戦で、大和航空隊の一式水上戦闘攻撃機の三番機が、敵戦闘機に撃墜され、搭乗員は戦死した。

 妙子は須賀と別任務に借り出されることがしばしあったが、同じ部隊にいた同僚の死について、思うところはあった。


「これまで私たちの部隊は、一人も犠牲は出ていなかった。何かそれが当たり前みたいに思っていたけど、いざ帰ってこないとさ……。まだどこかをほっつき歩いているんじゃないかって思ったりするわけで……。おかしいかな?」


 妙子が姉を見上げれば、初子は首を小さく横に振った。妙子は続ける。


「義二郎さんが、私たちに会う前、つまり第一次トラック沖海戦の後、一航艦の搭乗員ってほとんどが戦死したじゃない? それを思うとさ、あの時の義二郎さんは、今の私より、もっと深く傷ついていたんじゃないかって思う」

「……そうね」


 初子は小さく頷くと、静かに港の片付けに勤しむ作業艇とドックの様子を見守った。

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