第二四四話、思わぬ伏兵
九頭島東水道を通る異世界帝国軍重巡洋艦2隻と駆逐艦3隻。その前に現れたのは、第八水雷戦隊の『神通』以下、吹雪型潜水駆逐艦――ではなく、大型巡洋艦『早池峰』と重巡洋艦『古鷹』『加古』だった。
というのも、『神通』以下潜水駆逐艦部隊は、マ式機関による水中航行能力を活かして海中を進んでいたため、異世界帝国側の視界の外だったのだ。
エアル遊撃部隊に所属する新型重巡洋艦プラクスⅡ型重巡洋艦は、島への砲撃をやめ、『早池峰』以下重巡洋艦へと、その主砲を向けた。
従来のプラクスⅠ型に比べて、2000トンほど排水量が増えて1万7000トン、艦体も全長で5メートル、幅も2メートル大きくなったⅡ型。主砲も連装五基十門だったものが、三連装砲六基十八門に大強化された。
プラクスⅡ型は33ノットの全速力で、日本巡洋艦へ矛を向ける。が、そこへ八水戦が敵側面からの誘導魚雷発射を敢行した。
『神通』に率いられた8隻の潜水型駆逐艦は、61センチ誘導魚雷32本を発射。『早池峰』らに砲撃を開始したプラクスⅡ型の右舷に次々と水柱を上げさせた。
第八艦隊と交戦した際、第五水雷戦隊を壊滅させ、損傷した八艦隊旗艦『常陸』に砲撃を撃ち込んだ2隻の重巡洋艦は、雷撃の網から逃れる術もなく船体に穴を開けられ、一気に海に引きずり込まれた。
さらに残る敵駆逐艦や潜水巡洋艦に対して、『神通』らが浮上からの14センチ光弾砲、駆逐艦の12.7センチ砲が矢継ぎ早に放たれ、たちまち被弾炎上する。
これに『古鷹』『加古』の重巡洋艦からの攻撃も加われば、もはや東水道を抜けようとした部隊の命運は尽きた。
一方、西水道では、プラクスⅡ型重巡洋艦1隻、潜水巡洋艦2、駆逐艦3が、島への砲撃を続けつつ、ぐるりと本島を回るコースを進んでいた。孤島や本島からの沿岸砲台と撃ち合い、軽く損傷した程度だったこれらだが、上空から飛来した航空機が逃しはしなかった。
九頭島水上基地航空隊の試製瑞雲が、ロケット弾攻撃で、敵艦艦上を炎上させる。しかし反撃の13センチ高角砲や対空砲、8センチ光弾両用砲により、装甲を貫かれて撃墜される機もあった。
大和、武蔵航空隊の二式水上攻撃機が、対艦誘導弾を発射。さらに敵巡洋艦に手傷を負わせる。
「――敵潜水型巡洋艦1、脱落。駆逐艦1、撃沈」
一式水上戦闘攻撃機のコクピット。須賀とコンビを組む正木妙子は、呟くように言った。
対艦攻撃力が不足している、と須賀は思った。今回の救援はなにぶん急な出撃であったし、一式水戦は対空、二式水攻は、敵艦の戦闘力漸減――つまり、撃沈よりも九頭島から撤退をさせる方向に武装がチョイスされていた。
九頭島の瑞雲も、大和・武蔵航空隊の二式水攻も、爆装に近いからどうにもパンチ力が足りなかった。
「敵戦闘機は大方片付いたみたいだが……」
敵高速機エントマの姿は残り少ない。味方の一式水戦や、青電といった戦闘機が九頭島の制空権を取り戻しつつある。
「『大和』は、あの敵戦艦の相手で忙しそうだし。……くそ、こっちは見てることしかできないか」
「お姉ちゃんも忙しいみたい」
妙子が姉――『大和』の魔核を制御する正木初子のことを言った。
「『大和』の対艦誘導弾を使わせてもらえないかって、念話を送ったんだけど、断られた」
――俺の知らないところで、念話やってたのか。
敵大型戦艦の一騎討ち中に、誘導弾を貸してくれ、というのはさすがに……いや支援要請としてはありか。
大和型が装備する大型対艦誘導弾なら、敵巡洋艦も撃沈が可能だ。誘導自体は、観測機よろしく一式水戦に乗る妙子が得意なので、余裕があればむしろやるべきだが、艦長の大野大佐が止めたのかもしれない。対艦誘導弾も、敵戦艦相手に使うつもりなら、あり得る。
「司令部に問い合わせて、何か誘導できるものがないか聞いてみる」
妙子が言った。須賀は「そうだな」と頷いた。九頭島司令部としても、島を砲撃する敵は早々に黙らせたいだろう。
「大和一番より、九頭島司令部へ。当機、西水道の敵艦に対し、観測誘導可能。指示を待つ、以上」
妙子が通信を司令部宛てに送った。守備隊司令部が必要としていれば、指示をくれるだろうというスタンスである。果たして、九頭島司令部からこちらにできる仕事があるだろうか。
『――大和一番へ。こちら九頭島司令部。貴官の申し出、了解した。早池峰戦隊に余裕がある。そちらから誘導弾を発射させる。誘導されたし』
「おっ、来たな」
「こちら、大和一番、了解!」
早池峰戦隊ということは、大型巡洋艦の『早池峰』と重巡洋艦2隻である。ウェーク島攻略作戦で、須賀たちは実際に乗艦して動かしている。それほど時は経っていないのに、懐かしく感じた。
『早池峰』が搭載している大型対艦誘導弾なら、敵重巡洋艦を仕留める威力はあるだろう。西水道の敵を撃破すれば、ひとまずそれ以上の島への砲撃は止められる。
そして残る敵は、大型航空戦艦のみとなる。
・ ・ ・
戦艦『大和』と、航空戦艦『プロトボロス』の砲撃戦が繰り広げられる。
砲撃命中率では、初子の弾道制御により『大和』が相次いで敵戦艦に当てていた。しかし、『プロトボロス』は防御障壁により、46センチ砲弾の直撃を防いでいた。
対する『プロトボロス』もまた、45.7センチ四連装砲を撃ち、その射撃は『大和』へと近づく。
だが、当たったかに見えた一弾が、『大和』艦上で爆発四散するのを見やり、異世界帝国指揮官、グラストン・エアル中将の表情は曇った。
「むっ、ヤマトも防御障壁を搭載しているのか!」
これは非常に厄介なことだ。『プロトボロス』も障壁を持っているとはいえ、命中による障壁減少率では、不利は否めない。
互いに障壁が耐えるまで撃ち合ったとした場合、大和型の障壁強度がメギストス級のものと同等だった場合、『プロトボロス』のほうが先に割られる。
「だが、この『プロトボロス』はただの戦艦ではないのだ!」
エアルはニヤリと笑みを浮かべた。
「左舷魚雷発射管、全門発射! 水雷長! 誘導、確実に当てろ!」
航空戦艦である『プロトボロス』の艦尾には、60センチ5連装魚雷発射管が片舷四基、計八基搭載されている。
砲撃、航空、そして雷撃と、各装備を備えたマルチな戦闘艦なのだ。
そして魚雷兵装は、接近する敵水雷戦隊の迎撃や、砲撃戦の中の不意打ち、今の大和型のように防御障壁を装備する敵艦の障壁削りなどでの運用が考えられていた。
『左舷魚雷、発射します!』
水雷長からの報告。試作の誘導魚雷、左舷四基二〇発が、密かに放たれた。これらは砲撃戦の最中、母艦からの誘導により標的へと海中を疾走した。
・プラクス級Ⅱ型重巡洋艦
基準排水量:1万7000トン
全長:215メートル
全幅:24メートル
出力:14万馬力
速力:33ノット
兵装:50口径20.3センチ三連装砲×6 13センチ連装高角砲×4
8センチ光弾砲×8
航空兵装:カタパルト×2 水上機×2
姉妹艦:
その他:ムンドゥス帝国の新型重巡洋艦。Ⅰ型に対して、艦中央部に主砲を1基、増強。左右両舷に1基ずつ振り向けているので、片舷に向けられるのは5基と変わらないものの、砲門が連装から三連装に強化されているので、火力は向上している。




