第二四一話、九頭島、空襲
その推理に至ることは、実はさほど難しくはない、とムンドゥス帝国太平洋艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は思う。
太平洋戦域では、何故か撃沈した艦艇が消える、確認できないという報告が複数あった。
沈められた自軍艦、沈めた敵艦を回収し、再戦力化を図っているムンドゥス帝国海軍である。
そのための回収艦もあるのだが、それらが消息不明となる件も多発した。結果、沈没艦が回収できず、戦線の維持に不安が出てきた。
本国から遠く離れ、現地戦力を組み込んで不足を補ってきた帝国軍としては、この状況は非常によろしくない。
特に前任者が艦艇を多く失ったツケを、テシス大将が支払わされているようなものだった。戦力の補充を申請しても、沈没艦艇の回収で補われたし、と、本国は現地調達を求めてくる始末だった。
「ただ、このまま流されるまま不平不満をぶつけても何にもならない」
テシスは、遊撃部隊指揮官のグラストン・エアル中将を呼び出してそう言った。
「沈没艦が回収できないのには、理由がある」
「敵の妨害、ですか」
「そうだ。事が太平洋戦域に限られているところからみても、おそらく日本軍がかかわっている」
かの国の軍備は、戦いのたびに大きくなっていた。それも通常では考えられないほどの短期間に、である。
地球に侵攻し、占領して獲得した情報を統合し、それぞれの敵対する国の報告が上がっているのだが、それらの情報と現実が大きくズレでいるのが、日本という国である。
「状況証拠であるが、おそらく日本海軍は、魔核を利用した艦の再生を行っている」
「まさか……! 地球人に魔核を利用する技術が」
愕然とするエアルだが、テシスは本気だった。
「エアル君、地球人を見下すのは勝手だが、現実を見ろ。そうでなければ、日本海軍の拡大する規模について説明がつかない」
そしてテシスは告げた。
「先の機動部隊による一撃離脱戦術は、日本軍の待ち伏せを受けて頓挫した。あちらもこちらの動きを警戒していたということだ。8隻の空母を失ったのは痛手ではあるが、それはそれとして、当然、我々はこの沈んだ空母群を普通なら回収しなくてはならない」
普通なら――その言葉を受けて、エアルは首を捻る。
「回収艦の数が不足していると聞いておりますが、可能でありますか?」
「是が非でも回収したいところだがね。なにせ貴重な高速空母群なのだから」
しかし、とテシスは眉間にしわを寄せた。
「今回も、回収を先回りされた。私はこの事態を想定し、密かに潜水艦戦隊を派遣して調べさせた。その結果、どうやら日本軍の潜水艦が魔術的な力を用いて、沈没艦を回収していることがわかった」
そこで、テシスはある報告書を、エアルに手渡した。
「敵は非常に用心深く、送った潜水艦戦隊も連絡を断った。だが敵が本国方面に、沈没艦を持ち去っているのは推測できる。君の遊撃部隊で、その先を追ってくれ」
これ以上、日本軍に沈没艦を取られても困る、とテシスは目に獣のような獰猛な色を浮かべた。
「あわよくば、敵の再生工場があれば叩いてきてくれ。近づけば、アヴラータ金属が教えてくれる。それで沈没艦のものと識別すればよい。頼んだぞ、エアル君」
かくて、エアル中将の遊撃部隊は、ハワイより出撃し、ウェーク島近くから日本本土へ向けて北進し、ついでに空襲のひとつでも仕掛けようと思っていたところ、九頭島海域に侵入していた。
ムンドゥス帝国艦艇なら、どの艦にも内蔵されているアヴラータ金属板が、敵味方識別の機能を発揮し、日本軍の秘密工廠であることを、エアルに教えたのだった。
・ ・ ・
エアル遊撃部隊の旗艦『プロトボロス』のX字の飛行甲板から、エントマ戦闘機が出撃。目標の島、九頭島本島へと飛んでいく。
「一番大きな島、南部沿岸部に工廠とドックを確認! 大型空母を含む、7隻あまりの艦がドックにあります。さらに浮きドックにも数隻の敵艦を確認!」
「破壊せよ。主砲、目標をドックと敵艦に向けよ!」
日本軍が再生技術を持っているならば、このドックにいる空母や巡洋艦などは、ムンドゥス帝国海軍の艦だった可能性が高い。敵に利用されるくらいなら、破壊する。再生に魔核を用いてるならば、その魔核を破壊してしまえば、敵も再生できない。
「大きい艦から狙え。時間が経てば、島からも反撃がくるはずだ。その前に大物から仕留める!」
『プロトボロス』の艦首にある45.7センチ四連装主砲二基が、工廠のある大きな島へと向けられる。
本島とその周りにはいくつか小さな島があるが、南側から接近する限り、特に施設があるのは中央の本島のみに見える。
「主砲、敵工廠ならびにドックへ指向。第一目標、敵大型空母!」
おそらくリトス級大型空母を改装しているのだろう。的が大きい分、当てやすい。
「射撃準備、よし!」
「射撃開始っ!!」
エアルの怒号に応え、45.7センチ砲が火を噴いた。放たれた1トンを超える巨弾が、九頭島海軍工廠に着弾し、ドックと改装中の空母に炸裂した。身動き取れない改装艦は、移動も反撃もできないまま、その艦体を貫かれ、爆発。火山の如く、爆炎を吐き出した。
「第一射、空母に1弾命中! 艦体を分断させた模様!」
「さすが45.7センチ砲だ。浮きドックの艦も含め、ドンドン破壊してやれい!」
『プロトボロス』の主砲が砲口する。その凄まじい威力を秘めた砲弾は、工廠施設とドックを叩き、艦艇を炎に包んでいった。
・ ・ ・
警報の鳴った九頭島市街、魔法学校や武本の工場などでは防空壕への退避が進む中、九頭島守備隊は、敵艦隊に対して反撃にとりかかっていた。
今日の今日まで、まさかこの島が襲撃されるとは思っていなかった。だが本島を含めた各島にある砲台など、射角が許す砲は、侵入者へと砲門を向ける。
一方、練習飛行隊を含めた九頭島飛行場では、迎撃の九九式艦上戦闘機や、対艦用の九七艦上攻撃機が飛び上がる寸前、飛来したエントマ戦闘機による襲撃を受けた。
光弾砲を対地攻撃にも使えるエントマ戦闘機は、機銃掃射と絡めて、飛行場の航空機と施設を攻撃し、地上破壊を行った。
飛行場は先制攻撃によって火の海となった。血気盛んな訓練生が戦闘機に乗り込もうとして、しかし果たせず銃撃される。
制空権は、敵のもの――とはならなかった。
九頭島には水上機基地があり、一式水上戦闘攻撃機や、試製瑞雲が相次いで海面を疾走、飛び上がった。
魔力フロートを解除。空中戦では重りとなるフロートをなくすことで、艦上機と同等以上の速度、運動性を発揮できるこれらの機体が、飛行場を攻撃した敵戦闘機に反撃を開始した。




