第二二九話、あの塔を撃て
空母『海龍』から、試製彩雲改が二機飛び立った頃、甲第一部隊の戦艦『大和』からも一式水戦と二式水上攻撃機から編成される大和航空隊、4機が飛び立った。
セイロン島北中部にあるアヌラーダプラの大アヴラタワーを、大和航空隊が攻撃し、それよりも遠い北西部にあるプッタラムの塔を、試製彩雲改が破壊する。
今頃、島の南に回った第二部隊の空母『剣龍』『瑞龍』からも、九九式戦爆と二式艦攻が、セイロン島の中央から南半分にある塔へ向かって飛び立っている。
まず攻撃の口火を切ったのは、海龍航空隊である。トリンコマリー軍港の近くを遮蔽装置で機体を隠しながら飛行。夜が明け、朝日に照らされた雲が点在する中、九九式戦爆6機、二式艦攻6機が遠くからでも視認しやすい電波塔のようなアヴラタワーを目指した。
「見えてきた!」
桜隊を率いる宮内 桜大尉は、愛機である九九式戦爆の風防ガラスの向こうに見えた黒い巨塔を睨む。電波塔? ツクシの化け物のような塔である。
「こちら桜一番。無線封鎖解除。柳第三小隊、目標は見えてるな!?」
『こちら柳七番、桜一番へ。見えています!』
「付近に敵航空機なし! 見ててやるから、あのデカい塔に一発かましてやれ!」
『了解! 第三小隊、続け!』
二式艦攻3機が、アヴラタワーへ機首を向ける。宮内ら戦爆隊は、敵機が妨害に現れないか警戒する。
遮蔽装置で敵のレーダーに探知されていないはずだが、哨戒飛行している敵機が現れないとも限らない。
『柳七番、誘導弾、投下!』
二式艦上攻撃機が、懸架してきた零式誘導弾を発射した。誘導眼鏡で目標を捕捉することで、そこに向かって誘導弾が飛んでいく。
二式艦攻は、九七式艦上攻撃機と同様、魚雷などの重量物を運用できる機体であり、今回も塔の破壊のため800キロ大型航空誘導弾を使用する。
七番機に続き、八番機、九番機も誘導弾を切り離す。うっすらと白煙を引いて飛ぶ必殺の一撃はするすると、巨大な塔へと伸びて……命中した。
爆発、飛び散る破片。集中して三発の誘導弾が当たった箇所から大きな亀裂が入り、上層の重さに耐えられなくなった塔がグラリと傾いた。
「おっ!」
宮内の見守る中、棒倒しよろしく巨塔が地面に倒れて、土煙を飛散させた。
「やったぜ!」
うっすらと舞い上がる砂をよそに、地面に激突した衝撃で塔が壊れたのが見てとれた。
「塔の倒壊を確認!」
『今のは駄洒落ですか、中隊長?』
「うるせぇぞ、森山! ちゃんと見張ってろ」
開戦以来の列機を務める森山の声に、宮内は一喝する。駄洒落ではなく素だっただけに、指摘されてちょっと恥ずかしかったのだ。
ともあれ、任務は果たした。これでトリンコマリー周辺の異世界人が全滅すると説明されている。本当にそうなのか、いまいちピンと来ないが、上がそう言うのならそうなのだろう。
「他んとこはちゃんとやってるかな……?」
北部のジャフナには、柳隊隊長の内田少佐のグループが向かっている。今頃、セイロン島南部では、『剣龍』『瑞龍』の連中が、アヴラタワー攻撃を行っているはずだ。
他に大和航空隊と――
「ジロウのヤツは、大丈夫なんかね……」
宮内は独り言ちた。試製彩雲改で、セイロン島西部にまで足を伸ばした須賀中尉らを思い浮かべ、若干不安になるのだった。
・ ・ ・
トリンコマリーに続き、ジャフナにあるアヴラタワーも、攻撃隊の奇襲により破壊された。
東部アンパーラ、南部ハンバントタ付近の塔も、第二部隊から飛び立った七航戦第二小隊の攻撃隊によって血祭りに上げられ、続いて中部キャンディ、西部コロンボへの攻撃が行われる。
特に敵セイロン島守備部隊にとって、トリンコマリーに並んで重要拠点であるコロンボでは、日本軍の襲撃でアヴラタワーを破壊されたという一報は届いているだろう。
届いていないわけがない。異世界人にとっての生命線を絶たれたのだから、友軍にその旨報告は絶対と言ってもよい。
日本軍がアヴラタワーを狙ってきたということは、残っている塔も襲われる可能性が高い。敵の姿が確認できずとも、防備を固めておくのは当然だった。
コロンボにある飛行場でも戦闘機の発進準備が進められる。しかし、一足遅かった。
遮蔽装置を隠れ蓑に、すでに日本海軍の奇襲航空隊は、コロンボに到着したのだ。
二式艦攻の対艦誘導弾の煙を目視した者もわずかながらいた。次の瞬間、塔の根元近くで爆発が起きて、巨大構造物が倒れていくのを目の当たりにすることになる。
目視した異世界兵たちは、慌てて近くの安全区画へと走った。だがあっという間に生存環境は消えて、彼らは酸欠になるが如く、命を失っていく。
基地の地下シェルター、戦闘機や攻撃機のコクピット、戦車の中など、アヴラエレメンタルと呼ぶ装置がある場所へ飛び込むことができた者は幸運だ。
生存環境が消えるのは、すぐだった。シェルターに入れなかった、間に合わなかった者たちが、もがき苦しみながら倒れていく。
とりあえずの避難が間に合った者たちだが、彼らとて安堵している余裕はなかった。航空機や車両に逃げ込んだ者たちは、場所によっては倒れていく同僚や整備兵たちの断末魔を目撃することになった。
そしてそれは、やがて自分たちに訪れる未来の姿だとすぐに悟る。
アヴラエレメンタルを動かすには電力が必要だ。戦車なり航空機なりに搭載されたエレメンタルは、エンジンを回していないといけないわけだが、それは燃料を消費し、尽きてしまえば動かなくなる。つまり、外から助けがなければ、遅かれ早かれ死ぬことになるのだ。
そして朝となり、ここから気温が上がれば、コクピットはサウナ状態となる。8月のセイロン島といえば、最高気温はそのほとんどの地方で30度を超える。熱中症、脱水症状などの危険も跳ね上がるのだ。
・ ・ ・
各攻撃隊からの報告が、次々と第一機動艦隊に飛び込んできた。
そのどれもがアヴラタワー破壊成功であり、旗艦『伊勢』にいる小沢中将らの顔を自然とほころばせた。
一航戦から発艦させた彩雲偵察機による監視、追加報告によれば、現地の異世界軍、飛行場や基地に動きは見られないとのことだった。
ただし――
「トリンコマリー軍港に在泊する輸送船や小型艦に動きあり。E素材装備の船の異世界人は依然として健在のようです」
「これで軍港の生き残りを救出されたり、そのまま脱出されても面倒だ」
何せトリンコマリー軍港付近は、攻略部隊が上陸する手筈となっているからだ。
「攻撃隊を編成。トリンコマリー港にいる敵船舶を撃沈せよ」
小沢の命令が飛び、一航戦が攻撃隊の準備にかかる。その間にも塔攻撃の続報が入る。
「大和航空隊より入電。アヌラーダプラの塔破壊に成功!」
「よし、残るは――」
試製彩雲改2機が向かった、北西部プッタラムのタワーのみ。




