第二一九話、東洋艦隊、炎上
それはまさに奇襲だった。
東洋艦隊第一群の上空を、円を描くように飛んでいたヴォンヴィクス戦闘機の小隊が誘導弾によって爆発、墜落する。そこへ、日本軍機動部隊から放たれた航空機が急襲してきた。
艦橋脇から外――旗艦『ヴァリアント』の後方を見やれば、猛禽の如く飛来した日本機が、今まさに発艦準備中の空母にダイブしてきた。
「何故、懐にまで飛び込まれているんだ!」
サウルー中将の叫びに、答える者はいない。
戦闘機のような速さで突っ込んできた敵機は、翼からロケット弾を連続発射。さらに積んできた爆弾を投下した。
「敵機、空母に投弾!」
見ればわかる、というサウルーの声にならない言葉と同時に、空母『イラストリアス』の飛行甲板にいくつもの爆発が走った。
発艦のために並べられていた戦闘機と攻撃機が、ロケット弾に吹き飛ばされ、次々に誘爆していく。
火花が弾けるように、飛行甲板の上は阿鼻叫喚の有様となった。日本機動部隊に打撃を与えるべく準備されていた機体が、為す術なく炎に包まれ弾け飛ぶ。
『イラストリアス』は装甲空母だ。甲板の艦載機はおそらく全滅だろうが、艦の機能に障害はおそらく出ていないはず。
サウルーは思ったが、今さらどうしようもないことだった。
さながら燭台のように燃える『イラストリアス』。基準排水量2万3000トン、全長約230メートルの正規空母は、防御力を強化した装甲空母だけあって、爆撃ではそう簡単に沈みはしない。
だが、他の2隻は違った。
基準排水量2万2600トン。全長203.4メートルの空母『イーグル』は、元戦艦からの改装空母である。だが第一次世界大戦時の設計のために古く、速度も遅い。2万トン以上ありながら、わずか20機程度しか艦載機が積めない。
正直、第一線の空母として扱ってはいけない艦だが、日本軍の奇襲爆撃により大炎上。速度もさらに落ちていて、艦隊から落伍しつつある。
そしてもう1隻、『ハーミーズ』は、基準排水量1万850トン、全長182.4メートルと小型空母であり、こちらも速度25ノット、艦載機15機と、実に頼りない性能だった。
こちらも日本機の爆撃で甲板は火の車となり、爆撃されただけにもかかわらず、艦体は停止し海に沈もうとしていた。
「こうも奇襲されるとは……! レーダーは何をやっていたんだ!」
本当なら敵機の接近はレーダーや、見張り員によって、早期に発見できるはずだった。雲量はそこそこだったが、それで見張り員が見落としたとしても、レーダーまで探知できないなんて思えなかった。
「見えない敵だと言うのか……?」
いや、攻撃を仕掛けてきた日本機の姿は見えていた。見張り員は何故、それを見落としたのか、サウルーには理解できなかった。
敵機動部隊に先手を取ったなどと考えていたら、実はこちらが先手を取られていた。
その時、爆発の音が響いた。艦隊の外周に配置した駆逐艦が爆発の炎と黒煙を吐き出している。
まだ敵機がいた! 空母を急降下爆撃機で叩いて、こちらの艦載機を飛ばせないようにしたところで艦上攻撃機が仕掛ける。サウルーは叫んだ。
「全艦、対空戦闘! 敵機を撃墜せよーっ!」
完全に後手である。しかしこれで各艦の見張り員も目を覚ますだろう。しかし、それでももう遅かった。
艦隊左翼の軽巡洋艦『ニューカッスル』『シェフィールド』が大型誘導弾の直撃を受けて大破、炎上。装甲艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』が舵と機関をやられて、艦隊から遅れていった。
対空砲が向けられた頃には、敵攻撃隊は風のように去っていった。サウルーは憮然とした表情のまま司令塔内に戻った。
「長官……」
ペルノ参謀長以下、幕僚たちが沈痛な表情を浮かべている。揃いも揃って、もう終わった、という顔をしている。出撃前の戦いたがっていた意気込みや闘志はどうした、と、サウルーは皮肉ってやりたくなった。
「空母を喪失しました。『イーグル』復旧の見込みなし。『ハーミーズ』は総員退艦が発令されました」
「……だろうね」
「『イラストリアス』は航行に問題はないものの、艦載機を喪失し、実質稼働機なしです。もはや制空権を失いました。これ以上は進撃不可能です」
参謀たちが項垂れる。――こいつらは何を言っているんだ?
「だから?」
「だから……って」
ペルノは、サウルーの返しに目を見開いた。
「次に航空攻撃を受ければ、艦隊の被害は想像できません。壊滅します」
「だから、何が言いたいんだ? ひょっとして、撤退を進言しているのか?」
淡々と、サウルーは参謀たちを見回した。
「あのねぇ、我々の任務は、敵上陸船団を捕捉し、これを撃滅することだよ。空母はやられたが、まだこちらは戦闘力を有している。撤退などできるわけないじゃないか」
さっ、と参謀たちが青ざめる。この期に及んで、この指揮官は何を言っているのか、と言わんばかりである。
「なあ、あれだけ戦いたがっていた諸君は、空母がやられたくらいで腰が抜けたのか?」
「しかし、敵の空襲があれば撤退をすると――」
航空参謀が言った。サウルーは眉をひそめる。
「あれは、敵の機動部隊を船団から引き離して、他の部隊の進撃のための囮になるための戦術行動だ。相手がカルカッタ方面へ向かっているのならそれでよかったが、残念ながら敵はセイロン島へ向かっている。敵機動部隊も敵船団も同じ方向に向かっているなら、引き離せないでしょうが。……少しは頭を使え」
何かと反抗的だった航空参謀には、当たりがきつくなるサウルーである。囮役確定、ほぼ死の運命が決まっているとなれば、もはやサウルーは誰にも遠慮しなかった。
「ここで敵機動部隊を困らせる方法は何か。我が部隊は前進して、敵機動部隊へ接近することである。敵は間違っても、砲撃距離に入りたくないが、退避すれば後続の船団の進路にも支障が出る。ならば、他部隊に構っている余裕もなく、全力で我が部隊を叩きに来る」
それで第一群は、全滅してしまうかもしれない。いや、おそらく全滅するだろう。
だが第二群か、第三群が敵船団を壊滅させれば、東洋艦隊の勝ちだ。日本軍のインド洋での反撃を一時的にでも阻害、もしくは断つことができる。――それで戦死することになろうとも。
『対空レーダーに反応。敵航空部隊、本艦隊に接近中!』
「お早い到着だ。いや、こいつらが本隊か」
先ほどのものは奇襲部隊。どういう手か知らないが、よく空母だけを確実に戦闘不能にしたものだ。これから現れた敵が、第一群への本命攻撃だ。
「さあ、正念場だ。上空直掩機はなし。しぶとく戦おう」




