第一八三話、攻略第一部隊、離脱す
ウェーク島洋上にいる大型巡洋艦『早池峰』。須賀中尉は魔核で艦を操りつつ、周辺の警戒を行っていた。
火器管制と、僚艦である『古鷹』『加古』をコントロールしている妙子も、島の砲台が沈黙したのを見て、索敵に集中している。
補助シートでサポートをしている東山少尉が、通信機をいじった。
「須賀中尉、現部隊より入電。これより撤収するとのこと」
「了解。回収地点へ向かう」
須賀は、ウェーク島南西海岸近くへと艦首を向けた。砲台は沈黙し、海上に敵の艦影もない。
攻略第一部隊の護衛である七十一駆『氷雨』『白雨』『霧雨』『早雨』も、海上の敵を排除し、敵潜水艦拠点の砲撃、そして封鎖を完了した。
作戦は順調だ。気掛かりがあるとすれば――
「敵機動部隊が現れるか、どうか」
「こちらはウェーク島を攻撃したばかりだもん。そんなに早くは現れないよ」
妙子が苦笑した。
「夜間だし、このタイミングで敵機が飛んでくるなんてことがあれば、こちらの攻撃を察知していたとしか思えないくらい近海にいるってことになる」
それはつまり作戦が漏れていたレベルということだ。須賀は首を横に振った。
「どうかな。マリアナやトラックを襲撃しようと、ウェーク島経由で偶然近くにいるって可能性もあるんじゃないか? 連中の空母機動部隊の所在は、わかってないんだし」
日本海軍によるウェーク島襲撃は、陸軍にも伝えていない作戦だと言われる。それを敵が察知されていたなら、防諜関係の見直し確定である。
実際、異世界帝国が気づいているなら、攻撃前に待ち伏せされていただろうから、それがなかった点で情報漏洩はなかっただろう。何らかの事情で、配備が間に合わなかったという可能性を除けば……。
「万が一のために警戒部隊がいるから、大丈夫なんじゃない?」
動きの掴めていない敵機動部隊の襲撃に備えて、攻略部隊とは別に、第三艦隊、第七艦隊の空母群が目を光らせている。
彼らは、ウェーク島攻撃には加わらず、敵機動部隊の出現が現れたなら、即時発進できるように待ち構えている。
そう、むしろ待ち伏せは、日本軍側が仕掛けているのだ。
あと不安といえば。
「捕虜は大丈夫なのかな?」
このウェーク島攻略は、ただ哨戒拠点の確保というだけではない。真の目的は、異世界帝国の捕虜を『生きたまま』確保することである。
補助シートその2の木下少尉が振り返った。
「収容区画に確認しましょうか、中尉? 一応、さっき現部隊の藤林中尉から、収容を開始したと報告が入っていましたが」
藤林中尉とは現部隊、第二小隊の小隊長である。彼ら第二小隊は、この『早池峰』で待機している。遠木中佐率いる第一小隊が、敵の捕虜を確保し、移送されたそれを第二小隊が監視、警戒する――それが今回の作戦での役割分担。
須賀たち『早池峰』操艦組は、補助要員を入れても四人しかいない。後は臨時編成の主計課のみで、米は炊けても捕虜の扱いに長けているなどお世辞に言えない。
「そうだな。パッと見て問題なさそうなら、現部隊に任せよう」
知らせがないのはよい頼り、なんて言われるが、連絡がなくても気になったら確認するのが軍においては大事だ。
ないとは思うが、捕虜たちが現部隊第二小隊を制圧し、逆にこの艦を乗っ取るなんて行動をしていたら、目も当てられない。
たぶん大丈夫、言わなくても問題ないだろう、は致命傷になりかねない事態を招くこともある。
大抵は取り越し苦労なのだが、問題が起きた時の代償に比べれば、取り越し苦労上等だ。
「須賀中尉」
東山が顔を向けた。
「現部隊の高速艇を確認。こちらに向かってきます」
「来たか。半潜航行、高速収容用意」
高速収容――クレーンを使わず、乾舷を下げて直接、高速艇を『早池峰』の後部デッキに乗り込ませる。艦を停船させずに収容できる方法で、どこか空母の飛行甲板に艦載機が着艦するのに似ていると、須賀は思った。
高速艇は、『早池峰』の後方へ一列になって回り込む。
「義二郎さん! 対空電探に反応!」
妙子が声を張り上げた。
「南より、敵と思われる大型機、複数を確認!」
「大型機?」
それは間違っても空母艦載機ではない。しかも南からとなるとマーシャル諸島、クェゼリンからか。
「四発か?」
「双発機と思う。重爆じゃないみたい」
方位からみても、日本軍ではない。異世界帝国の爆撃機だ。
しかし、こんな夜間にクェゼリンから双発機が飛んでくるとは。タイミングからみても、ちょっと考え難い登場だ。本当に攻撃情報が敵に漏れていたのではないか、と勘ぐりたくなる。
コース的にややズレているとはいえ、こちらの姿を見れば数機くらい攻撃しようと向かってくるかもしれない。現部隊の高速艇の回収というタイミングというのが、よろしくない。
「高速艇の回収を急げ。それが済み次第、潜行する!」
捕虜を確保したのだ。ここで無理に対空戦闘で、艦に損害やトラブルが起きても困る。遠木中佐も、捕虜確保が第一。それ以外はおまけと言っていた。この『早池峰』は、艦の保全を最優先にしないといけない。
現部隊の高速艇にも『敵機襲来』を告げて、収容を急がせる。
重巡洋艦『古鷹』『加古』が随伴し、七十一駆の駆逐艦4隻も、収容の邪魔にならないよう気をつけつつ、護衛位置につく。
『早池峰』の艦尾ハッチは、すでに海水が入ってプール状態になっている。艦全体もかなり海中に没した状態だ。
ジリジリとウェーク島に接近する敵双発爆撃機隊。その速度に比べると、どうしても水上の艦艇では敵わない。
――大丈夫。間に合う。余裕余裕。
須賀は心の中で唱えつつ、彼我の位置関係を凝視する。真後ろからアプローチした高速艇、その先頭の艇が画面上で『早池峰』と重なった。
「三番艇、収容!」
木下少尉が報告した。
「続いて二番艇!」
――早く……早く……!
「二番艇に続き、一番艇、到着!」
「固定急げ! 後部格納庫の水を抜きつつ、ハッチを閉鎖! その後、速やかに潜行!」
急いで潜行のための準備を進める。艦体全体に潜水用の膜を張り、格納庫のハッチを閉鎖。夜の闇の中、敵双発機がウェーク島に迫る中、速やかに作業が行われ――
「潜行用意、よし!」
「急速潜行! 僚艦にも伝えろ」
大型巡洋艦『早池峰』はその艦体を海中に沈める。『古鷹』『加古』、そして氷雨型駆逐艦4隻も順に潜水し、ここに攻略第一部隊は水上からその姿を消したのであった。




