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第一七八話、ヒットエンドラン対策は――


 日本軍は、トラック諸島を奪回した。

 敵機動部隊による襲撃はあったものの、すでに大勢は決しており、トラック守備隊の最期を一日引き延ばした程度でしかなかった。


 内地では、復活した敵太平洋艦隊主力がトラックの救援に来るのではないかと警戒していたが、幸い、そういう動きもなかった。

 だが、トラックを空襲の後、敵機動部隊がサイパンを空襲したことは、連合艦隊司令部に新たな警戒心を生んだ。


「敵は、空母群を積極的に運用する、一撃離脱戦法を採用したのではないか?」


 連合艦隊作戦参謀の三和は、心なしか眉をひそめつつ言った。宇垣参謀長が口を開く。


「異世界帝国の太平洋艦隊の司令長官もおそらく代わっているのだろうが、新たな指揮官は、航空主兵主義者なのかもしれない」

「だとすれば厄介ですな」


 佐々木航空参謀は首を傾けた。


「敵は艦載機を使い、その航続距離を活かしたアウトレンジを、自由なタイミングで仕掛けでくる……。こちらが反撃する頃には、敵は退避している」


 戦艦や高速の巡洋艦では追いつくことはできず、敵は悠々と逃げるだろう。黒島先任参謀が唇を歪めた。


「一方的にやられるのは好かんが、なるほど有効な手だ」


 敵に一撃離脱戦法を繰り返されれば、日本軍が消耗し、一方で敵は大した損害もなく活動を続けるだろう。


「こちらは、敵の動きがまったくわからん。電探はあれど、奇襲は阻止できるという程度。有力な敵航空隊に攻められれば、太平洋上の島々の航空隊だけでは防ぎきれん」

「サイパン、グアム、テニアン……」


 渡辺戦務参謀が控えめに言った。


「パラオ、そして今回のトラック。取り返したそれらも、まだ飛行場の整備が始まったばかりで、航空隊の配備も充分とは言えません。敵空母の2、3隻の艦載機に襲われたら、まずやられてしまうでしょう」

「頭の痛い問題ですな」


 佐々木は腕を組んだ。ただでさえパイロットがいないというのに、基地航空隊にも割かなければならず、しかも戦力が充分でないところを叩かれ、損耗したらと思うと、由々しき事態である。


 内地で航空機は生産されているが、それよりも使えるパイロットの数が少ない。各島に必要となる航空隊を配置完了できるのは、いつになるか見当もつかない。


「連合艦隊の空母航空隊を分散配置する、というわけにもいかないですし」

「それで各個撃破されてはたまらない」


 宇垣は首を横に振った。


「敵空母群を捕捉して撃滅しなくてはならない」


 山本長官は発言した。


「奴らを自由にさせていれば、いずれは内地へ奇襲を仕掛けてくるかもしれない。陸軍は大陸決戦に向けて、戦力を集中したいが故、中部太平洋への防備への協力はあまり期待できない。こちらから積極的に動いて、敵機動部隊を撃滅する」

「そうなりますと」


 三和が艦隊表を見た。


「第一機動艦隊――第三艦隊がインド洋に行ってしまう前に、始末しておきたいものです。内地では空母の配備が進んでおりますが、やはり空母航空隊の人員が不足しておりますので、第三艦隊が抜けてしまえば、敵機動部隊の撃滅が困難になります」


 参謀たちの間に沈黙が下りる。陸軍師団を乗せた船団が、インド洋へ向かう前に、その派遣戦力の中心である第一機動艦隊で、敵空母群を叩く。これが実現できるかとなると、中々難しいものがある。


「こちらから仕掛けるべきかもしれない」


 黒島が口を開いた。参謀たちの視線が集まる。


「ウェーク島。我々はここを攻略するわけだが、敵が機動部隊を太平洋に繰り出しているなら、ここにも必ずちょっかいを出してくる」

「確かに」


 三和が顎の手を当て考える。


「救援できれば理想でしょうが、我が方がトラックを攻略中に奴らは妨害するように一撃離脱戦法を仕掛けてきた。……ウェーク島を攻撃すれば、奴らも十中八九現れるのでは?」

「よし、それでいこう」


 山本が立ち上がった。


「ウェーク島攻略作戦に変更を加える。これまでの計画通りに島を占領する部隊に、敵機動部隊の索敵と反撃を担当する警戒部隊をつける。参謀諸君、その方向で修正案を検討してくれ」

「はい」


 宇垣以下、参謀たちは一斉に頭を下げた。



  ・  ・  ・



 一方、九頭島では、ウェーク島攻略作戦の準備が着々と進められていた。

 回収した資材を使った艦艇の再生、改修の他、異世界人捕虜を取るために必要ではないかと推測されている黒い特殊素材――E素材の運用、準備が進められた。


「E素材って何です?」


 ウェーク島攻略作戦にばっちり組み込まれている須賀義二郎中尉が聞けば、九頭島造船部の志下(しげ)(たもつ)造船大佐が淡々と答えた。


「異世界人がこの世界に持ち込んだ素材につけられた分類上の仮名称だ。五番目に確認された素材。アルファベットの順番でEというわけだ。特に深い意味はない」


 長い間、謎だったE素材。それが異世界人のこの世界における生命線になっている可能性が出てきた。


「見たところ、ただの黒い金属板みたいなんですが」

「奇遇だな。私の目にもそう見えるよ」


 志下は同意した。


「だがそれの検証する意味を込めて、今回のウェーク島攻略作戦が行われる」

「はい」


 須賀は頷いた。九頭島ドックにて、素材Eと呼ばれる板がクレーンで、とある艦に載せられる。


「異世界人の艦と同じく内蔵式も考えたがね。外付けしたら、いざという時、投棄できるからな」

「いざという時とは……?」

「異世界人がフネを占領しようとした時とか」


 淡々と志下は告げた。素材Eによって生かされているなら、それがなくなれば異世界人は死ぬ。もし敵の陸戦隊なりが艦を乗っ取ろうとしてきた時、素材Eを捨てられるように、ということだ。


「そんな話を聞かされると、何だか乗るのを躊躇いますね」

「誰かがやらなければならない。それが君だったというだけだ。なに、君自身は上陸しないのだろう? 気楽にやりたまえよ」

「はい、大佐」


 須賀は、視線を正面の軍艦に向ける。


 異世界帝国の乙型戦艦――ヴラフォス級戦艦の再生、改装艦である。今回の作戦に合わせて、特殊な改装を受けた実験艦であり、今回のウェーク島攻略作戦において、須賀が乗艦するフネであった。

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