第一六七話、新長官の着任
ムンドゥス帝国、地球征服軍の本拠地ティポタ。その征服軍長官サタナス元帥は、寄せられた報告に目を通し、ため息をついた。
「酷いものだな。日本軍に手間取りおって」
太平洋艦隊の壊滅。新兵装を積んだ改修戦艦を含む、カスパーニュ大将率いる太平洋艦隊は、日本連合艦隊と戦い、完膚なきまでに叩かれた。
陸軍の重爆撃機部隊による支援のもと、日本軍の中部太平洋進出の阻止を図ったが、これも失敗。ニューギニア方面の重爆基地を逆奇襲されて無力化された上に、パラオとマリアナ諸島を失陥。トラックの駐留艦隊も壊滅した。
「日本軍の戦力は侮れないものがあるな」
「そのようで」
情報局局長兼、征服軍参謀総長であるマディスが口を開いた。白髪白髭の老人であり、半ば仙人にも見える風貌。その実、人でありながら百を超えている魔術師である。その歳でありながら、背筋も伸び、姿勢もピンとしている。
「日本軍は、この世界でもトップクラスの性能を持つ誘導兵器を持っております。さらに未確認ではありますが、どうやら我ら同様、魔術に秀でた者もおるようで」
「それは確かなのか?」
「残念ながら、証言が別戦線の白人捕虜のものなので、信憑性は欠けます。何でも東洋人は魔法を使う、とか。日本人もその東洋人に含まれます」
「しかし、資源として狩った占領地の捕虜には日本人はいたのだろう? それらからは証言はとれなかったのか?」
「それらも魔術については何も。妖怪だのお化けだの、という話と、その昔、陰陽師とかいう魔法使いらしいものがいた、とか伝説の類いにございます」
「ふむ」
サタナス元帥は鼻をならす。
「証拠はないということか」
「はい。しかしながら、長距離から正確な砲撃を成功させる術など、我らの魔術と類似する能力を幾つか彼らは保有しているようで、まったく根も葉もない話と決めつけるのは早計かと」
「……我らに匹敵するレベルの強敵ということには違いない」
「左様でございます」
サタナスは何度目かわからないため息をついた。
順調に思えた地球侵略。南半球を武力制圧し、現地の人間を狩りつつ、資源に加工。異世界に送り出す作業も順調に進み、さらに北半球制圧のために軍を進めたが、ここ最近は広げすぎた戦線が仇となり、その侵攻速度が目に見えて落ちていた。
ヨーロッパの侵攻は順調であり、イギリス、ドイツはもはや風前の灯火。中東からアジアへは、ソ連を破りつつ東進。中国へと差し掛かりつつある。東南アジアは、日本陸海軍の反撃により奪回され、アメリカ大陸に目を向ければ、アメリカ合衆国が南部の州を攻められつつもなお頑強に抵抗を続けている。最近、その海軍も戦力が整い出したようで、太平洋方面への進出、大西洋での奮戦でイギリスとなお抵抗を続けていた。
「さてさて、どうしたものか」
サタナスは天を仰いだ。いやに天井が高い執務室。そこにはこの地球という世界の地図が張られている。
「南半球一番乗りは、日本か……?」
東洋艦隊に続き、太平洋艦隊を二度も退けた日本連合艦隊。彼らが中部太平洋を取り戻したら、その矛先は、地理的にみてニューギニア、そしてオーストラリア大陸へと向く可能性が高い。
マディスは杖をついた。
「連中がオーストラリア大陸に進出したとて、ケイモン長官の南海艦隊があります。防衛線は、微塵も揺らいでおりません」
「しかし、このままというわけにもいくまい?」
「もちろんです。北半球の地球人を狩る作業を遅らせるわけにも参りません」
地球人は、魔術は使わないがその体に魔力を有している。この魔力は、ムンドゥス帝国を支える屋台骨だ。自分たちの世界の人間から魔力を吸収し転用するのは、条約で禁止されているが、『別世界の人間やその他種族』は適用外である。
ムンドゥス帝国人にとって、地球侵略は、資源獲得戦争なのだ。
「大西洋艦隊、南海艦隊には新式艦艇が配備されつつあります。そこで編成を外れた旧型を太平洋艦隊の補充にあてます。旧型といっても、これまでの艦艇と性能は同じですから、以前に比べて戦力がダウンしているということはございません」
「だが、日本軍は、その旧バージョンを上回るのだろう。ただ補充しただけでは、またも蹴散らされるだけではないか」
「そこは、指揮官の能力で補いがつく程度かと」
「誰がよいと思う? テロス、それかケイモンを太平洋艦隊にスライドさせるか?」
「猛将と名高いヴォルク・テシス中将など如何でしょうか?」
「テシス……」
サタナスは考える。
ヴォルク・テシスといえば、常勝将軍と言われ、ムンドゥス帝国の侵略したとある異世界を征服した戦歴を持つ男だ。
「しかし、あの男は皇帝陛下お気に入りだ。こちらへ来るのか?」
「実は、その皇帝陛下より、テシスが前線で戦いたいと希望して困っていると相談を受けまして……」
マディスが苦笑すると、サタナスも口元を緩めた。
「奴は戦争狂だからな。なるほど、本国で燻っているのに飽きたということか。よかろう。本国に打診せよ。こちらにこれるなら、相手には不自由しないだろう」
それで厄介な日本軍を黙らせられれば、北半球攻略にも弾みがつく。サタナスはほくそ笑んだ。マディスは続ける。
「それと、例の実験戦艦をそろそろ実戦に投入したくあります。あの男に、雪辱の機会を与えてもよいかと」
「エアルか」
グラストン・エアル――カスパーニュの前の帝国太平洋艦隊司令長官だった男。フィリピン海海戦での敗戦の責任を取り、異動になっていた彼は、いま新型超戦艦の試験運用部隊の指揮官を務めている。
「いいだろう。あれで成果をあげられるなら、希望の部署でも役職でもつけてやろう。エアルにも戦線復帰を認める」
「では、そのように」
参謀総長は頭を下げると、執務室を退出した。サタナスはそっと目を閉じる。
「意外に手こずらされたが、それも時間の問題か」
中部太平洋の奪回は、頭の痛い問題ではあるが、世界に目を向ければ、確実にムンドゥス帝国の占領地は増えている。北米も案外粘るが、領域の広さでいれば、東南アジアと中部太平洋を治めた日本が強敵か。
「我らが皇帝陛下のため、この星を献上せねばならんのだ」
・ ・ ・
三日後、異空間ゲートを通って、一機の輸送機が護衛機に守られて、ティポタへと現れた。大クレーターの中にある半地下空間、都市兼征服軍の要塞の滑走路に、輸送機は着陸した。
やってきた新たな将軍を迎えるべく整列したムンドゥス帝国兵。輸送機のハッチが開き、現れたのは長身にして狼のように精悍な男であった。
「ここが地球か。悪くない」
ヴォルク・テシス中将――太平洋艦隊司令長官に任命されるにあたって大将となった男は、地球の大地にその一歩を刻んだ。




