第一三〇話、肥大化する連合艦隊
1943年に入り、太平洋を見れば、日本も異世界帝国も次の攻勢のための準備を進めていた。
マリアナ諸島の基地化を進め、日本本土攻撃の準備を進める異世界帝国。それを妨害する通商破壊活動を展開する日本海軍。
資源地帯である東南アジアの近海の通商路防衛。ニューギニア方面からの敵航空隊の迎撃。大きな艦隊戦はなかったものの、小競り合いは頻繁に起きていた。
中部太平洋の奪回。マリアナを叩き、トラックを奪回する。パラオ、ウェーク、マーシャル諸島まで――開戦前のラインまで戻そうと、日本海軍は戦力の増強に務めている。
戦闘により撃沈した艦艇のサルベージにより素材を手に入れ、それらを再生、改修を加えて連合艦隊に編入する。キャビデ軍港、そしてフィリピン海海戦で撃沈した異世界帝国艦艇も加えれば、その数は膨大になる。
「――まあ、異世界帝国艦艇というか、米国艦艇というべきか」
山本五十六連合艦隊司令長官は、艦艇表を見ながら皮肉げに言った。だがその顔はまんざら悪いものではない。
それはまた、宇垣纏参謀長も同様だった。
「かつての八八艦隊計画にも勝る大艦隊が、今の連合艦隊にはありますからな」
連合艦隊旗艦、超戦艦『播磨』。ここが新たな連合艦隊司令部の拠点となる。
かつて、異世界帝国の誇る旗艦級戦艦であり、マニラ湾外で撃沈した『メギストス』を回収、大改造を施した。
魔技研の魔核再生により、短期間で修理、改装の終わった旗艦級戦艦は、日本海軍式の艤装により艦容を変貌させた。
艦橋構造物は大和型に近くなり、武装も、43センチ四連装砲から、46センチ三連装砲と『大和』『武蔵』と同様のものになった。
だが大和型が三連装三基九門に対して、メギストス、いや『播磨』は四基十二門と、連合艦隊最強火力の戦艦となる。
初代艦長には昨年、戦艦『比叡』の艦長だった西田正雄少将が着任。余談だが、この人事は山本の希望でもあったとされている。
かくて第一戦隊は、『播磨』と『武蔵』の46センチ砲搭載戦艦で編成された。
「41センチ砲を搭載する戦艦は、かつては『長門』と『陸奥』しかなかったのですが、ここにきて増えましたね」
宇垣の言葉に、山本は頷いた。
『土佐』『天城』『薩摩』『安芸』『紀伊』『尾張』『伊勢』7隻に加え、『肥前』『飛騨』『相模』『周防』『甲斐』『越後』の6隻が加わり、13隻も41センチ砲戦艦が存在する。
これら6隻は改安芸型――肥前型戦艦だが、その正体は、本土近海迎撃戦とフィリピン海海戦で撃沈した元アメリカ戦艦である。
コロラド級『メリーランド』『ウェストバージニア』、テネシー級『テネシー』『カリフォルニア』、ペンシルベニア級『ペンシルベニア』『アリゾナ』である。
コロラド級の2隻は元々40.6センチ砲を搭載していたが、それ以外の4隻は35.6センチ三連装砲である。
が、実はコロラド級とテネシー級は、砲は違えど、ほぼ準同型艦である。つまり、テネシー級は41センチ砲クラスを運用するのに問題ない性能を持っているのである。
ペンシルベニア級は、以後のテネシー級らと比べて、サイズや細かな部分で違いはあれど、源流を辿れば共通点は多い。
魔技研の造船部門は、元アメリカ戦艦6隻を『標準型戦艦』という規格で統一することとした。主砲、高角砲、機銃など武装の数、配置を統一。艦内通路や部屋割、構造自体を全部同じものに改めた。
たとえば戦艦同士で、人員の移動があった場合でも、元の所属艦とまったく同じ構造ならば、案内なしでも即配置、即運用が可能になる。穴埋め的な配置移動に関して、少なくともこの8隻の間では、最低限の訓練で対応できるようにしたのだ。
これも兵器があっても人員が不足している問題の、小さな改善策のひとつだった。
コロラド級サイズに合わせるとなると、ペンシルベニア級は素材の付け足しなど、かなり弄ることになったが、元々この4隻は、『大和』の砲撃で船体に大損害を食っていたから、再生の過程での設計変更もついで程度で対処、付け足されたのである。
41センチ砲は現在13隻だが、この他に異世界帝国のオリクト級戦艦もまた、撃沈、回収からの再生・改装中であり、さらに配備数は増える予定だ。
また同じく異世界帝国の34.3センチ砲戦艦のヴラフォス級も現在改装中。他、『常陸』『磐城』『近江』『駿河』の38センチ砲戦艦4隻がある。
トラック沖海戦でのダメージから修理、改装となった金剛型戦艦の『榛名』『霧島』が復帰し、唯一、前線で活動していた『比叡』も加え、日本海軍は戦艦だけで20隻を上回っていた。
増えたのは戦艦だけではない。空母などは、異世界帝国の大型空母5、中型空母6、小型空母8隻を確保しており、これに加えて、イギリスの『アークロイヤル』、アメリカの『エンタープライズ』『レキシントン』が、改装再生となり、順次、戦力化されている。
その命名は、一足先に運用されていた『インドミタブル』が『黒龍』、『レキシントン』が『大龍』、『エンタープライズ』が『海龍』、アークロイヤルが『剣龍』となっており、異世界帝国空母も『応竜』『蛟竜』『神龍』などと命名されて竣工していく予定である。
巡洋艦、駆逐艦も、元米国艦を始め、異世界帝国の重、軽巡洋艦を回収。日本艦の艤装と武装に換装によって配備が進んでいる。
規模だけみれば、異世界帝国との戦争前の米海軍の主力艦隊を凌駕する戦力を、連合艦隊は保有しているといってもよかった。
仮に、長年仮想敵国としていた米国と戦争になっていたとしても、正面から戦える戦力ではないかと、山本らも思った。
主力を出撃させても、本土に戦艦や空母を含んだ有力な防衛艦隊を残しておけるほどの規模を獲得したかに見える連合艦隊だったが、実のところ、ここ最近ずっと言われ続けているように、人員補充が間に合っていなかった。
ただでさえ人員不足なのに、艦艇が増えて補充が追いつかない。
「艦艇はまだいい」
山本は険しい顔になった。
魔技研による、無人操艦――少人数運用を利用することで、何とか間に合わせている。問題なのは――
「艦載機を操縦する搭乗員が、圧倒的に足りない」
「本土の防空隊や基地航空隊にも、搭乗員は必要ですからな」
宇垣も渋い表情を浮かべる。
ゲートを使った重爆撃機による、本土空襲。その危機感から魔式高高度迎撃機『白電』が、本土の各航空隊に配備を進められている。当然、パイロットは必要だから、そちらでも人員を割り振らねばならない。
また東南アジア方面の各基地にも航空隊は派遣されていて、『白電』の提供と引き換えに、陸軍の飛行戦隊にも大いに頼っている状況だ。
「せっかく空母が増えても、第三艦隊の航空戦力も充分にない」
「機体も不安があります」
昨年生産が開始された零戦の改良型である三二型。フィリピン海海戦には間に合わなかったが、以降の補充は三二型へと更新されている。しかし、異世界帝国はさらに強力な新型戦闘機を投入し、すでに三二型よりも高性能機を、という声が上がっている。
「戦闘機の方は、武本工業の協力にもと、零戦五三型――例の春風エンジンを積んだ機体が生産を開始。さらに九九艦爆、九七艦攻も同様にエンジン換装型が配備されていますが……」
「新型機の開発に手間取っているからな」
山本はため息をついた。零戦の後継機や、新型の艦上攻撃機などなど、開発が進められているが、春の反攻には間に合わない。
「繋ぎとしての改造型が、配備できているだけマシと見るべきか」
各航空機メーカーがパンク寸前までに追い込まれながら新型の開発を進める中、昨年までまったくフリーだった武本工業が、既存機の改良型製作を引き受けたおかげでもある。
軍は色々試作し過ぎなのだ――山本は思う。本当に必要なものか、整理するべきと思うが、それは今の山本の仕事ではない。




