第一二八三話、転移で去って
「あれあれ、艦隊は転移で逃げてしまったわね」
エレミア・アグノス中佐は、クレックス戦闘機のコクピットにいて、四方八方から迫る陣風戦闘機の攻撃を躱し、すれ違いざまに銃弾を叩き込んで火を噴かせた。
「――6丁中4丁が弾切れ。これは潮時ってやつね」
切り替えて弾を節約したが、それでも限界はある。後は20ミリ機関砲2丁と光弾砲1門のみだ。
『中佐!』
「わかっている! 全機、戦闘を切り上げ、戦場を離脱!」
母艦が転移する直前に寄越した南西に退避という命令を遂行する。相変わらず日本軍戦闘機が向かってくるが、『雷鳴の魔女』の異名を持つエレミアの操縦技術の前では、掠めもしなかった。
「とはいえ、皆が皆、私のようにはいかないのよね」
直属の中隊は腕利き揃いであるが、あの激戦ではどれくらい生き残ったかわからない。
「また帰るところがないってやつね」
大西洋艦隊所属だった頃、インド洋で日本軍と戦ったことで艦隊は全滅。空にあったエレミアら戦闘機隊は、当時友軍のいたインドを目指して洋上飛行をした。その時の空しさが込み上げてくる。
「――!」
とっさに危険を感じて、エレミアは操縦球を動かし、機体をスライドさせた。一息遅れて、日本軍戦闘機の光弾機銃の光芒がすり抜けた。
「こっちは後ろにも目をつけているっての!」
スライドさせたクレックス戦闘機の機首が、ダイブしてくる敵機に向く。青い空に一つに機影。
「レシプロ機……!」
・ ・ ・
「見つけたぞ、てめぇ! バレンバンの青い奴!」
宮内 桜大尉は紫電改三の操縦桿を握り込む。空母『海竜』航空隊として第三艦隊にいた宮内は、味方攻撃隊の援護を担っていたが、担当部隊は敵艦隊を攻撃し、そのお役はほぼ御免状態となっていた。
それでまだ抵抗する敵戦闘機掃討を手伝おうと無人機部隊を率いて駆けつけたのだが、かつてバレンバン上空で戦った敵エースの機を見つけたのである。
何故わかったか? 周りが赤いカラーリングの機体だったのに、たった1機だけ、かつて見た青い機体色がいたからである。
まるで死神のように、触れるものに死をもたらすような圧倒的な空中戦技。あの鮮やかな戦い方は敵ながら天晴れであった。
「あの時は、よくもやってくれやがったなこの野郎! ここで会ったが百年目だ!」
仕掛けたら、すれ違いざまの一撃で九九式戦闘爆撃機は被弾し、転移離脱せざるを得なかった。戦場での出会いは、一期一会。このまま二度と会うことなく戦争が終わってしまうかと思ったら、最後に雪辱の機会が巡ってきた。
挨拶の一撃を回避した青い戦闘機だが、そこから機首を向けつつ、しかし機体を水平方向にスライドさせるという、変態機動を見せてくる。
「きめぇ!」
バレルロール。こいつはヘッドオンしながら当ててくるクソ度胸のある天才パイロットだ。馬鹿正直に正面から挑めばやられるのはこちらだ。
案の定、紫電改三を光弾砲が掠めた。当たったら戦闘機用防御障壁があろうとも一発で吹き飛ぶ一撃だった。
「くたばれよ!」
危うく死ぬところだった反動か、宮内はクールに怒りながら光弾機銃を敵機に撃ち込んだ。
が、当たらない。クレックス戦闘機は重力に引かれるように自然落下し、その頭ひとつ上を光弾機銃が掠め飛んでいってしまったのだ。弾道が真っ直ぐ過ぎて、微妙な下降スライドによって躱されてしまった。
回避動作が一切わからない機動のせいで、未来位置予想と現実がズレた。宮内は歯噛みする。このパイロット、未来が見えているのか。
クレックスは旋回機動をすることなくターンした。機首の向きを変える機動によって推力方向が変わり、そこで加速することで円を描かなくてもターンができるのだ。
「やっぱりきめぇよ、その動き!」
これまでの航空機とはまったく異なる機動。一番の近いのは小型アステール――円盤兵器の機動だろうか。あれも空中を静止したり、戦闘機乗り曰く気持ちの悪い飛び方をしていたのであった。
・ ・ ・
転移で都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』に戻った紅蓮艦隊と第8戦闘群。
窮地を脱した紅蓮艦隊だったが、旗艦『アストラペーⅡ』のもとに、第5、第6戦闘群が転移してこないことが報告される。
「両戦闘群を呼び出せ!」
カサルティリオ総参謀長は声を張り上げた。少しでも威厳を出そうというのか、こっそり泣いてしまったことを悔いているのか。
それはともかく、紅蓮艦隊司令長官であるプレボス・メラン中将は苦い顔であった。ミィ・ルナサ参謀長が傍らで小声を出す。
「転移してこないのは……」
「おそらくゲート艦を失ったからだろう」
確認すべきだった――とメランは一瞬後悔を露わにしたが、すぐにそれを引っ込めた。撤退指示はカサルティリオの命令であり、本来、他部隊の転移について確認するのは彼女がすべきことである。
何故、自分があの総参謀長の代わりに後悔せねばならんのだ。メランは紅蓮艦隊の司令長官であり、他の艦隊の行動について責任はなく、まして口出しすることは越権行為である。
己の後悔の感情を飲み込む。今は悔いている時間ではないのだ。
「総参謀長、第5、第6戦闘群は、マリアナ諸島に置き去りになっていると思われます」
あんたの命令でこうなった、と口には出さないが顔は言っている。他責の極みだが、彼女はこの件を猛省すべき人間であるのは間違いない。
「特別転移砲艦の……『ワガブンドゥス』でしたか。あれで、転移ゲート発生機を送り込み、艦隊を強制転移させるべきと愚考します」
「『ワガブンドゥス』……」
カサルティリオはその言葉を反芻した。
確かに救援は必要だ。今は、地球軍との戦いにおいて切り捨てられる戦力などない。無敵を誇ったムンドゥス帝国艦隊も、以前のような速度で補充はできない。可能な限り、戦力は回収すべきだ。
「うむ、『ワガブンドゥス』に命じて――」
言いかけて、新たな報告が舞い込んだ。
「総参謀長、特務転移隊より緊急通信です! 『我、敵の攻撃を受く』」
「!?」
それはつまり、頼りにしようとした『ワガブンドゥス』の危機であった。




