第一二〇話、重爆飛来の謎
異世界帝国の重爆撃機は、どこから飛来したのか?
帝都空襲は防がれたものの、日本陸海軍ともに、今回の攻撃に対する衝撃は大きかった。
柱島泊地の連合艦隊旗艦、戦艦『武蔵』。
山本五十六大将は、軍令部からの情報を受けて、苦い顔になった。
「帝都空襲はなかったが、異世界帝国の重爆撃機とは……!」
魔技研提供の高高度迎撃機、白電を装備した横須賀航空隊が、敵を漏れなく撃破したものの、それで万事解決とはならないのだ。
「南から飛んできたようだが、どこからだ?」
普通に考えれば、マリアナ諸島だろう。異世界帝国が占領し、大がかりな航空基地を作っていた。
だが南方作戦に先立ち、第九艦隊が奇襲したことで、それらは使用不能になっていた。異世界帝国軍もそのまま放置するはずがなく、復旧作業を進めている。
が、ここ最近は、日本海軍第六艦隊の潜水艦部隊が、マリアナ海域で敵輸送船を襲撃し、妨害活動を展開していた。
「まだ、飛行場は稼働していなかったはずだ」
「はい。マリアナの各飛行場に、重爆は確認されていませんでした」
宇垣参謀長が頷き、視線を情報参謀である諏訪中佐に向けた。
「第六艦隊からも、まだサイパン、グアムともに飛行場施設は修復途中であり、まとまった数の重爆撃機が運用できる状況ではないと報告がきています」
「では、どこから来た?」
三和作戦参謀が、かすかに苛立ちを滲ませる。
「ニューギニア、それともオーストラリアとでも言うのか……。そんな長距離を飛行できる機体は確認されていないはずだ」
佐々木航空参謀は顔をしかめる。
「横空からの報告では、敵重爆は、これまで確認されたオルキ重爆撃機とのことでした。型がよく似た別機種でもなければ、そこまでの航続距離はないはず」
「航続距離を伸ばした新型かもしれないぞ」
三和は言った。
「フィリピン海海戦で、敵は空母艦載機を重爆で運んで航続距離を稼ぐやり方をしてきた。ニューギニア方面からでも、何らかの手段で飛ばしてきたという可能性も捨て切れない」
「どんな手段で?」
黒島先任参謀が言えば、三和は眉をひそめた。
「それはわかりません。ですが可能性は何にでもあります」
不可能だと切り捨てることは危険だと、三和は告げた。山本は宇垣と顔を見合わせた。
「敵がマリアナ諸島だったとすれば、これを再度叩く必要がある」
「第六艦隊には、さらに調査させましょう。もし重爆撃機が運用可能なほど復旧しているなら、奴らは第二陣、第三陣の準備をしているでしょうから」
宇垣の意見に、山本は頷いた。敵の本土攻撃は、是が非でも阻止しなくてはならない。
「仮の話ではありますが――」
黒島は複雑な表情になる。
「もしマリアナに敵重爆基地があったとして、あるいは別の場所でもですが、今の連合艦隊にそれを叩けるでしょうか?」
「……」
フィリピン海海戦でのダメージから、まだ連合艦隊は回復していない。
戦艦戦力こそ、『武蔵』以下、新艦艇が増え、第一艦隊については問題はない。
しかし、第二艦隊は修理や補充兵の訓練で、練度の面で少々不安。第三艦隊は航空隊が再建途上にあり、航空戦力を頼りにした戦い方はできない。
こちらが敵地へ乗り込むことになると、自然と第一艦隊が中心の水上打撃部隊ということになる。
そしてその攻撃目標が、重爆撃機が使えるということは、小型の戦闘機もまた運用できるわけで、守備する航空隊が反撃してくるだろう。航空援護の乏しい中での、水上打撃部隊による敵飛行場の攻撃は、リスクが大きかった。
宇垣は真顔で言った。
「第九艦隊に、支援を頼みますか?」
参謀たちが押し黙った。第九艦隊――通称、九頭島艦隊は、軍令部直轄の実験部隊であり、連合艦隊が独断して使用できる戦力ではない。まず軍令部に話をつける必要がある。
「同じ海軍でありますし、マリアナ襲撃を一度成功させております。それに九頭島の航空隊は比較的練度も高く、こちらの支援を任せるくらいは可能かと」
「……確かに」
山本は顎に手を当てた。かなうことなら、第三艦隊の空母航空隊の補充として、九頭島の航空隊から引き抜きたい。
ただあそこの軍隊は特殊な集団だ。能力者がいるということもあるが、それよりも女性兵が少なくないということに留意する点があった。
男社会の軍隊である。戦力としては男も女もないのだが、現場で働く者たちにとっては、どうにも偏見が根強く、反発も予想された。平時ならともかく戦時とあっては、関係改善のあれこれなどと気を回す余裕も時間もない。
九頭島の兵隊たちは、もう慣れてしまっているようなので、編成や人員を動かして問題になるより、そのまま固定してしまったほうがよいと、口出しを避けていた。
だから、九頭島の戦力を借りるなら、第九艦隊の母艦ごと借りて、人間関係に問題が起きにくくするなど配慮が必要だった。
「よろしいですか?」
諏訪が小さく挙手した。山本が頷くと、九頭島出身の情報参謀は言った。
「まずは、敵がどこから来たのか、それを掴むのが先決かと。場所や規模によっては、投入する戦力も変わるでしょうし、状況がわからないまま考えても、取らぬ狸の皮算用になりかねません」
「そうだな。その通りだ」
山本は、ふっと肩の力を抜いた。
「まずは、情報を集めよう」
・ ・ ・
「……なるほどな」
中部太平洋、マリアナ諸島北方、アスンシオン島。その海上を、1隻の潜水艦が浮上航行していた。
特マ号潜水艦『海狼』。潜水艦長の海道少佐は、双眼鏡から目を離す。
北マリアナ諸島に属するこの小さな島の近くに、不可思議な円が浮かんでいた。うっすらと発光しており、反対側がどうなっているのかは見えない。
だが、海道には、それが何なのか見当がついた。何故なら、彼の特マ潜を派遣した神明大佐が、口にしていた可能性の一つだったからだ。
「実際にそれを目にするとはな……」
独りごちる。
「昇天、アスンシオンか……」
彼は艦内に戻ると、萩野通信士に呼びかけた。
「九頭島司令部に通信。『ゲート』を視認確認す。現在位置の座標と共に送れ」




