第一一二九話、聖域に触れることなかれ
総参謀長カサルティリオにとって、皇帝陛下を守る親衛軍の長官がムンドゥス人でないことは大問題であった。
彼女は皇帝を崇拝し、その周りには選ばれたムンドゥス人がいるべきだと考えていた。
当のムンドゥス皇帝は実力主義であり、出自にはあまりこだわりを見せていなかったが、カサルティリオにとっては、それが唯一の不満点であった。
しょせん、ムンドゥス人以外の民族など征服されるだけの劣等種族である。そんな劣等種族の中から、皇帝親衛軍というエリートを率いる者が現れるなど断固反対であった。
これまでは仮面をしていても過去に何かあったムンドゥス人であろうと思っていた。彼の経歴が不明なのは、やはり過去にあったことが原因で表沙汰にできない事柄が含まれているのだろうと想像していた。
が、先の日本海軍への陽動として仕掛けたウルシーでの作戦において、親衛軍長官であるササは、自分は日本人であると名前を出した。
その名前に関して、カサルティリオが調べた結果、過去、異世界からやってきた地球人がいて、その中の一人であることがわかった。そしてその人物――佐々山 久雄なる地球人がどうなったかは『行方不明』とだけ書かれていた。
情報部に確認すれば、記録が抹消されているという答えであり、何故消されているのかと十年来の友人に尋ねれば――
『おそらく脱走されて、そのまま捕まえられなかったのではないかしら?』
情報部長官は、抹消のされ方からそう推測した。ササが、その佐々山なる地球人の可能性を問われると、件の友人は――
『イエスかもしれないし、ノーかもしれない』
そして彼女はこう付け加えた。
『ササ長官の身元については、特級のシークレットとされている。これは情報部長官である私でさえ、知ることが許されない事柄。皇帝陛下のご許可なくば、誰も踏みいることができない聖域の中なのよ』
よって、私に頼っても駄目よ、と彼女は肩をすくめた。
『どうしても知りたいなら、皇帝陛下に直に尋ねることね。ベッドの上で誘惑したら、教えてくれるかもしれないわよ?』
皇帝陛下の愛人殿――友人は何とも軽い調子で続けた。
『でも、気をつけることね。陛下の聖域に触れることは、身を滅ぼすことになる。女の総参謀長が長続きしない理由って知ってる?』
情報部長官は、己の首にすっと刃が走るジェスチャーをした。
『好奇心が身を滅ぼす、その典型ね。皇帝の女として何もかも手に入れたつもりになっていると……あっさり切られるわよ』
十年来の友人は忠告する。
『あ、不満そうな顔をしてる。いい? 皇帝陛下のお気に入りでいたければ、馬鹿なふりもできないとね。男の権威に寄生するのなら媚びた女でなければいけない。それが嫌なら男に頼るな。自活しろ。文句はそれからだ――と同性から言わせてもらう』
カサルティリオは友人の忠告を受け取り、しかし不満と疑問が払拭されることはなかった。
すべてはササが仮面をして、その素性を隠しているのが悪いのだ、と内心に苛立ちを募らせるのだった。
・ ・ ・
情報部長官エミリア・ピレーマは、専用端末を操作し、ある人物へとコンタクトした。その相手はムンドゥス皇帝その人である。
『どうした?』
「カサルティリオ総参謀長が、ササ長官のことを探ろうとしています」
十年来の友人の来訪を、ピレーマは皇帝に告げ口する。皇帝の聖域に触れようとする者が現れれば、報告するのは情報部長官の職務のうちの一つだからだ。
『そうか』
「はい。それでは――」
『待て、エミリア。……少し話相手になってくれ』
「承知しました、陛下」
情報部長官のデスクでノビをするピレーマ。
「それで、どうされました、陛下?」
『どうということはないが……、いやカサルティリオのことだ』
「上手くいっていないんですか?」
『いや、上手くいっていると思う。彼女の肉体は素晴らしい』
そう調整しているから、とは口が避けても言えないピレーマである。
「中身が気にいらないのですか?」
『いいや、可愛い。相性も悪くない。ただ、君が伝えてくれた件も含めて――その』
「好奇心が強い」
『そういうことだ。あれがなければ、余は彼女を殺すこともなかった』
皇帝の声が沈んだ。
『……何人目だ?』
「五人目ですね」
うち二回はピレーマが始末した。聖域に触れた者が辿る末路を、哀れ友人は辿ったのだ。女の総参謀長が長続きしない理由というやつだ。
「釘は刺しましたが、あとは彼女次第かと」
『ベッドの上で囁かれるかもしれない思うと、萎えるな……』
いっそ六人目を用意するか、とそうしたくない癖に皇帝は言うのだ。こっそりため息をついたピレーマは、一つの提案をすることにした。
「いっそ、ササ長官の秘密について明かされてしまったほうが、すっきりすると思いますが? カサルティリオはあれで忠実ですから、秘密を漏らすこともありますまい」
『……それは、彼女自身の秘密に触れる可能性があるということだ』
彼女本人の知らない秘密。
『何せ、六人目だ』
「まだ五人目です、陛下」
ピレーマは訂正した。通話の向こうで皇帝が息をついた。
『わかった。少し考えておく。それでだ――』
皇帝は話題を切り替えた。
『余は全軍をあげての日本侵攻作戦の準備を命じた。これには多少時間がかかる。何せ相手は、我が軍の精鋭をこれまで何度も阻んできた敵だ。油断してかかるわけにはいかない』
「心得ております、陛下」
『日本に関する情報の収集と、敵の動きに注意せよ。彼らが大人しくこちらの都合に合わせて待っているとは思わぬことだ』
「はい、陛下。情報部の名にかけて、必ず成果をあげてご覧にいれます」
『期待している』
通話は切れた。ピレーマは一息つくと、デスクから日本海軍の主要軍港のリストを拾い上げ、改めて目を通すのだった。




