第一一二八話、仮面の男について
ムンドゥス帝国の動く帝都とも言える都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』。
親衛軍に所属するゲラーン・サタナス中将は、紫星艦隊のヴォルク・テシス大将に呼び出されていた。
そして最近起こった北米侵攻作戦の妨害に現れた日米艦隊の映像資料を見せられた。
「――ベースは我が軍のオリクト級なのでしょうが、このスタイルは日本海軍の艦艇のようにも見えます」
地球の艦艇について、マニアな面から研究、再生させたゲラーンは、日本海軍の新型戦艦を分析した。
「八八艦隊計画案の、確かキイ級の後期型の試作案に似ています」
「それは再現したのかね?」
テシスが尋ねると、ゲラーンは首を横に振った。
「正規の図面に起こす前の資料ですでに十に迫るパターン……。私は動いているフネが好きなので、一パターンずつ作るよりも、実際の配備計画に沿った数を作りたい派であります。このタイプのキイ・クラスは作っていないですね」
最後まで後期型案として迷いましたが、とゲラーンは付け加えた。
「性能自体はオリクト級に匹敵しますよ。計画案の通りなら主砲は50口径の長砲身型でしたし、これは手に入れたオリクトⅡやⅢ級の主砲で再現したのだと思います」
「……ヤマト・クラスほどではない?」
「ええ、そのはずです。ただ、これは日本海軍の計画モデルを参考にしていますが、実際の内部機構や装備も現代向けにアップグレードされているようですから、各種性能は攻撃力はともかく、他の性能でヤマトレベルに匹敵する可能性はあります」
防御シールド一つで、純粋な装甲板のみの防御よりも遥かに堅牢になる。
「まあ、資料不足ですね。実際は大したことがないかもしれません」
「そうか、ありがとう。参考になったよ」
「どういたしまして。外見からスペックの詳細の分析をしたいので、この資料はいただいても?」
「好きに使いたまえ」
「感謝します」
ゲラーンは席を立った。敬礼を交わし、退出しようとした彼は、しかし足が止まった。
「テシス大将閣下。……一つ雑談いいでしょうか?」
「なんだね?」
デスクで書類に目を通そうとしていたテシスは、ゲラーンを見た。故サタナス元帥の息子である彼は、先ほどまでと違ってだいぶ迷っているような顔だった。
「こういうことをあまり口にすべきことではないと思うのですが……」
「プライベートな話かね?」
「ええ、そうです。あー、私のではなく……。ササ長官のことです」
あぁ、その話か――テシスはうんざりしたが表情には出さなかった。
「親衛軍艦隊司令長官は、仮面をしていらっしゃるが……実はこの世界の住人だったという話が、まことしやかに囁かれております」
「そのようだね」
どこか他人事のようなテシスである。例の道化師作戦の一環で、ササ大将は日本艦隊に対して降伏勧告を送った。司令長官名が何故かこの世界の、日本人名であったが。そしてそれが場に居合わせた艦隊将兵たちを大いに困惑させた。
ゲラーンは首をかたむける。
「閣下は、気にならないのですか?」
「気にならないといえば嘘にはなるが……。それはプライベートなことだ。私が特に言うべきことはない」
「閣下は、何かご存じなのでしょうか? ササ長官のことで」
「私の知っていることは、ササ大将が皇帝陛下の信頼を得て今の地位についているということだ。それだけ知っていれば、親衛軍として充分ではないかね?」
「ええ、そうです。そうなのでありますが……」
ゲラーンの視線は宙をさまよった。
「兵たちが気にしています。このままの状況は正直、軍のためにもよろしくないかと」
「そうだな。……私もそう思う」
兵たちはこの世界を、下等な人類がいる世界という見方をしている者が多い。そういう人間にとって、自分たちの指揮官がその下等な人類であるというのは我慢のならないことであった。
特に皇帝陛下直属の親衛軍にあって、その長官という位置にあればこそだ。
戦歴自体は問題はなく、指揮官としての判断力、行動力はテシスの目から見てもササは優れていて素晴らかった。
実力があるならそれでいいと考えるテシスにすれば、それで充分だったが、血筋や出身を気にする者たちにとっては穏やかな話ではない。
「士気に関わるのは憂慮すべきだが」
テシスは特に感情を込めずに淡々と言う。
「それは本人が決めることだ。周りがどうこう言うものでもない」
「まあ……そうですね」
ゲラーンは何か言いたそうな、しかし迷っているような素振りを見せながら退出した。それを見送ったテシスだが、違和感について少し考えてみる。
ゲラーン・サタナスが、ササ長官の素性がしれないからと気にするような男であったか?
彼は異世界であろうとも一定の基準を満たしていれば、他のムンドゥス人に比べて偏見や差別的見方が少ない人物である。ゲラーン・コレクションに地球製の軍艦を揃え、それを実戦で使ったことがある以上、ゲラーンの中では地球人は合格と言える。
そしてササの正体が地球人かもしれないというのは、ゲラーンにとってそこまで気にする問題でもない。
兵が気にする? 彼は名門貴族サタナス家の男。下々の不安など馬鹿馬鹿しいといいつつ、自身でなだめることができる人物だ。
それがああも立ち振る舞いに自信がないさまは、ある意味、異様であった。
――まあ、大方、総参謀長辺りに聞けと言われたのだろう。
そう結論づけると、テシスはさっさと事務作業に戻った。
・ ・ ・
「……というわけでありまして、テシス大将はあまり関心がないようでした」
ゲラーンが報告すると、カサルティリオ総参謀長は頷いた。
「そう。わかった。下がってよし」
「失礼致します」
退出するゲラーン。カサルティリオは嘆息した。
「どうして誰も、あの仮面の男の正体を気にしないの?」




