第一一一九話、エスケープ1
巨大海氷空母クノク・アイル1に将旗を掲げるグラス・ペッコ中将は、西海岸に展開するクノク・アイルが二隻になったことを知り、愕然とした。
「あまりに早すぎる!」
昨日まで何もなかったのに……。
一番北に展開していたクノク・アイル5がやられてから、二時間も経たないうちに西海岸にある五隻がやられた。
一つがやられたら、まるで爆薬を辿る導火線のようにあっという間に伝染し、消滅してしまった。
敵は海氷空母群の位置を予め掴んだ上で、短時間に襲撃し壊滅させることを考えているのだろう。おそらくペッコの座乗するクノク・アイル1と、残るクノク・アイル9の居場所も把握しているはずだ。
「クノク・アイル9に打電。エスケープ1に転移せよ」
緊急時に備えて、合流ポイントが設定されている。それを使えば、転移してしばらくは敵も海氷空母群の位置をロストするだろう。
参謀長のズー少将が口を開いた。
「東海岸の部隊と合流するのですね」
「総司令部からは増援艦隊も送るそうだ」
総司令部から送られた情報では、巨大海氷空母三隻と帝国第12艦隊が西海岸に来るという。その合流海域もまたエスケープ1である。
「敵は日本とアメリカ軍だ。ここで反撃し、奴らの企みを阻止しなくてはならない」
北米侵攻作戦の妨害。蛮族たちの好きにやらせない。
・ ・ ・
海氷空母が消えた。
第一遊撃部隊、旗艦『蝦夷』に、敵巨大海氷空母を見張っていた飛雲水上偵察機からの緊急電が届いた。
神明 龍造少将は海図台に移動する。藤島 正先任参謀、連合艦隊参謀の神 重徳大佐が続く。
「逃げましたか、敵は」
神が言えば、神明は海図を睨む。
「どうかな。反撃のために位置を変えただけかもしれない」
連続して海氷空母を叩かれて、アメリカ東海岸に退避したという可能性もなくはない。
「彼らにとっても、一時退避に過ぎない。東海岸に逃げれば状況が改善するかといえば、そんなことはないからだ」
今度は逃げた先の東海岸に日本艦隊が現れたら? 異世界帝国軍にとって、海氷空母群を消滅させられる敵戦力を放置するわけにもいかないのである。
撃滅しないといけない。そうしなければ北米攻撃の進捗も怪しくなるのだから。
「全索敵機へ。敵円盤兵器を追跡せよ――これで陸地ではなく海上を目指しているなら、その先に敵海氷空母群は転移している」
第一遊撃部隊から偵察機のみならず、米第三艦隊、義勇軍艦隊、第五遊撃部隊にもその旨、連絡がいく。
そんな中、南から北上する敵円盤兵器があると索敵機から通報がきた。海図台で配置を確認すれば、これまで敵がいない辺りから飛行している可能性が高かった。
「転移で逃げた敵でしょうか?」
「あるいは、敵の増援かも」
神、そして藤島はそれぞれ言った。神明は海図を辿る。
「基地もない場所から飛んでくるということは、円盤兵器を運用する海氷空母がそこにいるということだ。偵察機に探らせろ。敵の海氷空母を発見したなら、転移で殴り込みをかけるために転移ブイを設置だ」
「殴り込みですか!」
神が口元を歪めた。
「腕がなりますな!」
今回はほぼ連合艦隊司令部からのお客様である神である。どれだけ腕まくりしようが、彼自身に出番はない。
「北上する敵は、このままですと義勇軍艦隊を発見しますな」
「対処はハルゼー提督に任せよう。撃墜するにしろ、わざと発見させるにしろ、こちらへの反撃を企図している敵なら、円盤兵器の攻撃隊を放つ」
その間に、第一遊撃部隊は敵海氷空母群を叩くのだ。もっとも、まずは敵を見つけ出すことだが――
通信兵が来た。
「第五遊撃部隊偵察機より通信です。敵海氷空母群ならびに規模の大きな敵艦隊を発見!」
「敵艦隊……」
海氷空母の護衛ではなく、正規の戦闘艦隊をも送り込んできたようだ。
偵察機によると、海氷空母二隻と三隻の二群が確認されたという。艦隊は戦艦20、空母15、巡洋艦30、駆逐艦50以上らしい。
「追加の三隻は、東海岸からの増援でしょうな」
藤島は神明を見る。
「さすがに一塊となっている状態で、我が隊だけで仕掛けるのはリスクが大き過ぎます」
「我々だけではない」
この時のために第五遊撃部隊がいる。さらに目標が一カ所に集まったなら、米第三艦隊と義勇軍艦隊も集結すればいい。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国軍、巨大海氷空母『クノク・アイル1』は、太平洋側に配置されていたクノク・アイル9のほか、大西洋側にいたクノク・アイル2、4、6と合流した。
第十二艦隊が護衛につく中、クノク・アイル1のペッコ中将のもとに待望の敵艦隊発見の報が舞い込む。
『戦艦2、空母5、巡洋艦8、駆逐艦およそ20』
「ふん、まずはこいつらから血祭りだ。第一次攻撃隊を出せ」
アステール36、コメテス48が各艦から浮かび上がり、北へと飛んでいく。
「第二次攻撃隊を用意。まだアメリカの主力や日本艦隊もいるはずだ。まだ敵がこちらを掴んでいないうちに叩くぞ!」
互いに偵察機が飛び交い、相手の所在を突き止めようとしている段階である。哨戒機の報告では、撃沈されたクノク・アイルの残存機もエスケープ1へ向かっているという。これらを収容、補給すれば戦力としても数えられるであろう。
ひとたび円盤要塞が大挙飛来すれば、日本軍や対抗手段を手に入れたアメリカ軍とて、無事では済まない。
『第十二艦隊より通報! 艦隊左舷方向より、敵艦隊出現!』
「なに、敵――!?」
こうも早く転移先を特定されたのか。ペッコや司令部参謀たちは驚く。仕切り直しの上に先手を取ったと思いきや、地球人たちもエスケープ1にいる艦隊と海氷空母を見つけていたのだ。




