第一一一一話、世界の捉え方はそれぞれ
義勇軍艦隊、地球世界に帰還!
この報は、日本のみならず北米にも知れ渡った。
特に円盤兵器群の猛攻で次々に都市を破壊されているアメリカにとっては、ブル・ハルゼーの帰還は、ここのところ数少ない誇張、プロパガンダなしのニュースとなった。
また日本でも、フィリピンを襲撃した異世界帝国艦隊を撃滅、ウルシー環礁を電撃奪回したことも含めて、義勇軍とその支援部隊、新堂儀一中将らの生還が大々的に報道された。
「――報道されなかったのは、オレたちの帰還くらいか」
そう皮肉っぽく言ったのは、佐々山 久雄であった。
魔技研の転移実験中、仲間たちと行方不明になった彼は、今こうして地球世界に帰ってきた。
「長かった。何だかんだ十年? 浦島太郎の気分だよ」
九頭島軍港、桟橋には異世界で作り上げた艦隊がある。九頭島司令部の病院にいた佐々山だが、彼の話し相手は、神明 龍造少将であった。
「1945年……まあ、そうなります」
「42年から日本もムンドゥスの連中と開戦……。よくもまあここまでもたせたものだ。お前らも苦労したんだな、神明。よくこの世界を守ってくれた」
頭を下げる佐々山に、神明は小さく首を振った。
「苦労されたのは、先輩も同じでしょう。顔を上げてください」
それで――神明は視線を転じた。
「先輩の復帰の話はどうなっているのですか?」
「とりあえず、オレを少将にしてくれるそうだ」
この世界にいなかった期間は、海軍の特別任務を行っていたということで、しっかり在籍扱いだった。
「この通り足がないが、それでもオレがいないとあの艦隊が動かないって聞いて、予備役編入は免れた」
戦傷による除隊もあったのに、断固拒否した佐々山である。
「世界のこの状況を見て、座して見守っていられるほど、オレの心は広くないんでな」
「艦隊を率いるのなら中将でもいいのでは。そろそろあなたの組でも中将が出てもおかしくない」
「貴様だって少将で艦隊を率いているそうじゃないか。アメリカを見習えよ。階級と役職がセットだから、貴様も中将だっただろうに」
佐々山は笑った。
「それはそれとして、真面目な話、ムンドゥスの連中は本国と切り離されている今、こちらは積極的攻勢に出るべきだとオレは思う」
「こちらの世界の戦力はボロボロですよ」
45年に入り、乾坤一擲、用意したアメリカ、イギリス、ドイツの艦隊は半壊。日本も大量の無人艦で海軍史上最大の戦力で挑んだが、敵をそれ以上にやっつけたものの、損害もまた大きかった。
「そしてここにきて、ウルシー環礁の奪回で、再建途上の戦力をやられた」
「やられた、と言っても伊藤長官の第二艦隊が主で、第三艦隊はほぼ無傷だろう」
これに佐々山艦隊を加え、神明の遊撃部隊も加われば、まだまだやれると佐々山は言い切った。
「私の遊撃部隊も、それなりにダメージが大きいんですがね」
「貴様は敵から艦隊を分捕っているそうじゃないか。それで増やせばいいだろう」
佐々山は真顔になる。
「このままダラダラ戦争を続けてもジリ貧なのは、軍令部も海軍省もわかっている。戦力再建は結構だが、ムンドゥスの連中もまたこの世界で独自にやっていけるよう足場固めをしている。長引いてもろくなことはないぜ」
「それは、進言なされたのですか?」
「言ったよ、一応。ただ海軍の連中は、オレからはムンドゥスのこととか、これまで何をしていたかとかそういうことばかり聞いて、今後の作戦については言わないからな」
事情聴取ばかりでウンザリしている、という佐々山である。彼はそう言うが、異世界と敵の情報を得たいという海軍の考えもわかると神明は思った。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず、というアレである。佐々山や異世界帰還者の情報は、今後の作戦方針を定める上での重大な指針となるであろう。
「正直、貴様だから言うがな、神明。オレは日本があまりに動きが悪いようなら、オレの艦隊を使って、独自にムンドゥスの連中と戦うことも考えている」
日本からの脱走。だが臆病風に吹かれたわけではない。むしろ敵を殴りに行くつもりなのだ。
「ただ、オレのこの考えを見透かしているのか、端から信用がないのか、海軍は警戒している。……ここにも見張りがいるだろう?」
「いますね」
神明は隠すことなく認めた。軍令部や海軍省、果ては陸軍の諜報機関まで目を光らせている。
「この九頭島で、彼らの好き勝手はさせませんよ」
魔技研という組織は昔からこうだ。魔法やそれに纏わる技術の開発、能力者の保護。特に後者に関して、政府なり軍なりが悪用したり排斥しようとした場合に備えて、独自の行動が取れるよう非常時マニュアルが存在している。
幽霊島だったり亡霊島だったり、場所の不確かな秘密基地があるのも、非常時に対する備えであったりする。
「今はルベル世界から連れ帰った帰還者たちの扱いのことで、政府も手一杯だろうが、オレとしては国際連盟のもと統一した軍が必要だと考えている。日本がー、アメリカがー、とかそういうのじゃなくて、今は人類が一丸になるべきなんだ」
「人類一丸に、とは、政治家たちがよく言っていますよ。特に目立っているのはイギリスのチャーチルでしょうか」
とはいえ、彼も同胞たちからの支持率が落ちてきているという。強気で引っ張るリーダーは苦境において頼もしいが、成果が伴わなければ評価されないのである。
「先輩が率先して、それを成そうと?」
「オレは軍人だよ。政治家じゃない」
「アメリカでは、軍人は政治家になるためのステップだという話ですよ」
神明が皮肉ると佐々山は肩をすくめた。
「全員が全員そうじゃないだろう。それにオレはアメリカ人じゃないからな。退役したとて大統領候補に立候補はせんぞ」
冗談を飛ばした後、佐々山は表情を引き締めた。
「まあ、オレとしては怪しまれているオレが無茶をやって、むしろ日本と対立するようなことはしない方向で済ませたいんだがね。身内で争っている場合じゃないってのは本音だ」
「海軍としては、先輩の艦隊を連合艦隊に加えたい」
対立は望まないのは同じだが、手元には置いておきたい。国連云々で動かされるのはよろしくない――そう考える者のほうが多いだろう。他国の軍勢があてにならない状況と考えれば、日本は日本でやるべきと。
「そこでだ、神明。貴様は遊撃部隊を預かっているのだろう?」
佐々山は真剣な面持ちで言った。
「日本政府から波風が立たないように押さえつつ、オレの手足になって動いてくれないか?」