第一一〇九話、異世界からの贈り物
ウルシー環礁から異世界帝国の紫の艦隊は撤退した。新たに出現した大艦隊と、駆けつけた日本海軍第三艦隊航空隊の攻撃を受けて。
第一遊撃部隊第一部隊の旗艦『妙義』も、敵の撤退の報を聞き、部隊を浮上させた。
第二部隊から『敵増援出現、第一部隊戻れ』の通信がなければ、逃げる敵潜水戦艦とその艦隊を叩く神明 龍造少将だったが、味方からの救援要請とあれば無視もできない。
取り逃がしたことは痛いが、艦隊に合流した神明や第一部隊将兵らは別のことで驚くことになる。
義勇軍艦隊と義勇軍支援部隊が、地球世界に帰ってきたのだ。
ルベル世界と切り離され、帰還不能となっていた彼らが突如として帰ってきた。それは喜ばしいことであるが、同時に疑問も浮かぶ。
彼らはどうやって帰ってきたのか。世界間を繋ぐゲートが復旧したのか。であるならば、異世界帝国もまた本国との連絡が回復してしまったのではないか。
敵がいなくなったウルシー環礁に、義勇軍艦隊と共に現れた艦隊と船団が寄港した。
「わからないと言えば、あの艦隊もだ」
小沢 治三郎連合艦隊司令長官は、旗艦『出雲』より、謎艦隊を眺める。転移室を通って第二艦隊司令長官、伊藤 整一中将、第一遊撃部隊司令官の武本 権三郎中将、そして神明少将が合流する。
「――敵艦隊は佐々山? の名前で通信を送ってくるという行動もしてくるし、おかしなことだらけだ」
小沢が頭を掻く。佐々山の名前に、武本と神明は顔を見合わせた。どういうことかと知りたいのは、魔技研出身者の彼らも同じだった。
「とりあえず、義勇軍支援部隊の新堂が、こっちへ来ることになっている」
小沢は司令官らを見回した。
「よく無事だったと労いたいが、聞きたいことは山ほどあるからな。貴様らも質問は今のうちに整理しておけよ」
事情を聞くのを待つ間、小沢は第二艦隊と第一遊撃部隊の大まかな被害報告を受ける。
「……ふむ、何とか敵を撃退はしたが、被害も大きいな」
「無人戦艦が一気に七隻吹き飛びましたからね」
伊藤は小さく肩をすくめた。
まだ第一遊撃部隊も、第一部隊で『磐城』『常陸』がやられ、第二部隊では『比叡』『霧島』が爆沈した。修理が必要な艦艇も少なくない。
「長官が駆けつけてくださらねれば、敗走していたのはこちらの方でした」
「おれは義勇軍艦隊の登場の相乗りだからな。むしろ彼らがいたから、敵も早々に撤退してくれたのだろう」
ハワイで待機していた異世界帝国艦隊を空襲で叩いた後、小沢の第三艦隊は艦載機を収容後、ウルシー環礁の第二艦隊と合流すべく移動した。だがそこで第二艦隊、第一遊撃部隊が敵艦隊と交戦していると聞き、攻撃隊を発艦させた。
そしてその攻撃隊が、義勇軍艦隊らの出現と上手くタイミングが被ったのである。
「――新堂中将、参られました!」
「ご苦労」
小沢が答えると、転移室を使って義勇軍支援部隊司令官の新堂 儀一中将、参謀長の樋端 久利雄大佐が到着した。
「小沢さん!」
「おう、よく帰ってきた!」
突然とはいえ再会ともなれば熱いものが込み上げてくる。司令部の幕僚たちも自然と笑みを浮かべた。
双方とも言いたいことはあるが、まずは落ち着くまでにしばし時間がかかるのだった。
・ ・ ・
「ゲートが使えなくなった時は途方に暮れましたが――」
樋端が、とても途方に暮れた様子も感じさせずに言った。
「我々は別の異世界勢力に救助され、こうして元の世界に帰還できたわけです」
義勇軍艦隊とその支援部隊を、地球世界に送り届けたのは、『緑軍』と名乗る異世界勢力だという。
聞いた話では、彼らの世界もムンドゥス帝国軍が攻めてきたが、優れた軍事力を有していたその世界は侵略者を撃退。その中でも異世界干渉を嫌う緑軍の総司令官が、ムンドゥス帝国が二度と異世界に干渉できないようその本国を攻撃したという。
「その結果、ムンドゥス帝国は異世界間の移動手段を断たれました。我々もルベル世界から帰還できなくなってしまいましたが……」
ムンドゥス帝国に抵抗する異世界勢力が緑軍に話をつけてくれた。結果、ルベル世界に孤立していた地球人は、元の世界に帰れることになった。
そこまで聞いて、小沢は口を開く。
「なるほど、では、異世界帝国のゲートシステムが復旧したわけではないわけだな?」
「はい。それは間違いありません」
樋端が断言したので、小沢をはじめ連合艦隊司令部の参謀たちは安堵した。異世界帝国からまた無尽蔵な増援が来るという事態にはなっていない。
「奴らの本国で世界間転移システムが復旧する可能性は?」
神明が尋ねると、樋端は頷いた。
「情報では、その可能性は現状低いということです。あの異世界移動もムンドゥス帝国にとっては奇跡の産物らしく再現ができないようです。仮にその奇跡が起きて再び異世界に進出するようなら、例の緑軍がこれを破壊して阻止するそうなので、心配は不要です」
「その緑軍は、本当に異世界に干渉されるが嫌いのようで」
新堂中将が口を開いた。
「異世界召喚というものが世の中にはあるそうで、いわゆる神隠しと言われる類いには、別の世界に誘拐されるという事例もあるらしいのですが、それを緑軍の総司令官殿は蛇蝎の如く嫌っているそうです。我々が元の世界に帰るにあたって見返りを求めなかった辺り、異世界犠牲者にはとことん同情してくださっていたようで」
「見返りなし、か」
小沢は驚いた。新堂は首肯する。
「ついでに、こちらの世界で交戦しているムンドゥス帝国軍に対して、直接攻撃はしないが、こちらに武器支援ということで――あちらの艦隊を」
戦艦、空母ほか戦闘艦艇を増やして提供してくれたという。あの謎の大艦隊の正体は、緑軍の支援であった。
「これは大恩だな……。本当に返礼はいらないのか?」
「はい。おそらくもう自分たちの世界に戻ったでしょう。別世界への干渉は最小限に、というのは緑軍自身も含まれているようです」
異世界間移動の技術について、彼らは明かさなかったために、こちらから連絡をとったり、お礼をいいに行くなどは不可能だった。
「礼の一つも言えないのは残念だが、異世界を行き来できる技術を持った文明の兵器をもらえたのは大盤振る舞いだな。彼らに足を向けて眠れないぞ」
機嫌のよい小沢だが、新堂は首を横に振った。
「小沢さん、残念ながらあの兵器は、その世界の技術はほとんどありません」
「うん……?」
「あの兵器の出所について、魔技研出身の武本さんや神明は知っている名前だと思うが――」
新堂は言った。
「佐々山 久雄という海軍将校と彼のグループが異世界で完成させたものなんです」




