第一一〇八話、帰還した男たち
紫光艦隊の後方に、青く輝く魔力の光が溢れた。それはあっという間に多数の戦艦、空母を吐き出した。
ムンドゥス帝国親衛軍の艦隊から距離を取りつつ、周回していた彩雲や飛雲偵察機は、この転移とそこから現れた艦隊について報告した。
日本海軍第二艦隊旗艦『竜王』。もたらされた第一報に、伊藤 整一中将は顔を強張らせた。
「魔法陣型転移! 新たな大艦隊!」
「敵の増援か!?」
第一遊撃部隊第二部隊司令官の武本 権三郎中将は声を張り上げる。ここで異世界帝国艦隊が出てきたならば、小沢長官の第三艦隊はハワイの敵を本当に叩けたのか怪しくなってくる。
「これは罠ですか?」
伊藤は武本を見た。
「佐々山 久雄の名前を出して我々を牽制している間に援軍を呼び込むための工作だったとか……」
「振り切って、転移離脱するのが正解かもしれん」
敵の数がさらに増えた。元より勝機は薄かったが、ここまで来るともはやどうにもならない。
そこへ第二報がもたらされる。
「長官! 新たに出現した艦隊は敵ではありません! 味方です!」
「なに!?」
「どういうことだ!?」
通信士官が報告した。
「発、義勇軍支援部隊。宛、日本海軍。我、帰還せり!」
・ ・ ・
ルベル世界に行き、しかし異世界間を繋ぐゲートが使えなくなったことで帰還の方法を失った義勇軍艦隊ならびに、日本海軍義勇軍支援部隊。
その司令長官、新堂 儀一中将は旗艦である重巡洋艦『栗駒』にいて、久しぶりの地球の空、そして海に感嘆した。
が、状況は感動に浸っている余裕を与えなかった。
新堂にとっては宿敵である紫の艦隊が正面にいて、さらに日本海軍の艦隊がそれと交戦寸前にあるように映ったからだ。
「おい、通信参謀! 味方がいる! 我々が戻ったことを至急、通信せい!」
「はっ!」
「全艦、戦闘配置! 後方の船団を守るためにもひと合戦だ!」
重巡洋艦『栗駒』に『高隈』『空木』『羅臼』が続き、装甲空母『黒龍』『嵐龍』『鎧龍』の飛行甲板からも航空機隊が発艦の準備にかかる。
「帰ってきた早々に敵と出くわすとは……」
樋端 久利雄参謀長が、無感動な表情のまま告げた。
「覚悟はしていましたが、紫の艦隊とはツイていません」
「だが味方がおる。そこまで悪い状況ではない」
新堂はきっぱりと告げた。それに――
「義勇軍艦隊、ハルゼー提督より入電! 我、これより敵艦隊に突撃す!」
もたらされた報告電に、新堂は苦笑する。
「あのファイティング・セイラーはやる気だぞ」
・ ・ ・
「お出迎えが日本軍というのはラッキーだが……」
ウィリアム・ハルゼー中将は、戦艦『サウスダコタ』の艦橋で口をへの字に曲げた。
「異世界ヤローはお呼びじゃねえんだ。こちとら凱旋だぞ。帝国ヤローのケツを吹っ飛ばしてやる!」
『日本艦隊、前進を開始!』
「あっちはあっちでやる気だ! 連中ばかりにいい格好はさせられねえ!」
戦艦『サウスダコタ』『ワシントン』を中心に義勇軍艦隊もまた進撃を開始する。空母『エンタープライズⅢ』『サラトガ』からもF6FヘルキャットⅡが飛び立つ。マ式エンジンに換装した現地改装仕様は、すでにレシプロ機ですらない。
そして、義勇軍艦隊と支援部隊の間をいくのが47の戦艦と50の中型空母。日本戦艦の外観に近いが独自の部品が加えられた未知の艦艇群は、長砲身40.6センチ三連装砲の仰角を上げると、次々に砲撃を開始した。
そして空母からは、マ式エンジン搭載航空機が発艦。たちまちその編隊は500機を超えた。
・ ・ ・
「後方の敵艦隊、発砲!」
ムンドゥス帝国紫光艦隊、旗艦『ゴッドウィン・オースティン』。シレンツォ参謀長は皮肉げに口元を歪めた。
「敵の動きが鈍かったのは、増援を待っていたからのようですな」
『そのようだな』
仮面の司令長官であるササ大将は、何とも平坦な声音だった。不意に現れた敵大艦隊の存在にもまったく動じた様子もない。
『予想外であるが、目の前で起きていることは冷静に受け止めねばなるまい』
「如何いたしますか?」
反転し、反撃しますか――シレンツォは指揮官に注目するが、当のササは――
『撤退だ。敵に先制された。速やかに転移離脱せよ』
「長官!」
シレンツォは驚いた。皇帝親衛軍たる者が一発も撃たずに撤退など許されるのか。
『急げと言っている』
着弾!――放たれた砲弾が艦隊後方に降り注ぎ、多数の水柱が上がった。その中には爆発音と共に黒煙が噴き上がった。
「空母群に着弾。数隻が被弾した模様」
上げられる報告。ササの顔が、シレンツォを睨むように動いた。
『先制されたと言ったな?』
もたもたしている分、空母が艦載機を展開すること前にやられているのだ。
「敵航空機! 接近!」
「こちら右舷見張り所! 日本機の大編隊が――!」
観測所からの悲鳴のような急報がもたらされる。それは対空レーダーの目を逃れて飛来した日本海軍の航空隊だった。
ハワイの艦隊を叩いた小沢艦隊もまた、駆けつけたのだ。
レーダー対策塗装が施された流星改二は、電子の目から逃れて接近。紫光艦隊の見張り員に観測されるまで距離を詰め、対艦誘導弾を発射した。
これらの誘導弾は、整然と並ぶ空母群に飛び、障壁を転移ですり抜けると誘導装置に従い、目標にぶつかり爆発した。