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第一一〇七話、佐々山 久雄


 異世界帝国艦隊から通信が入った。

 味方への通信自体はこれまでも存在していた。だが地球世界の人間に対しての呼びかけなど前代未聞の出来事であった。


 しかも呼びかけた主が、ササヤマ ヒサオを名乗っていたことは、武本 権三郎中将にとっては衝撃であった。

 第一遊撃部隊第二部隊参謀長の竹内少将は、上官である武本に問うた。


「長官、敵親衛軍司令長官ササヤマなる人物をご存じなのですか?」

「あぁ、海兵42期だったかな。魔技研におって、事故で搭乗する艦ごと行方不明になっていた男だ」


 死んだと思っていたが、と武本はボソリと言った。


「敵は撃ってきておらんな? 第二部隊各艦に待機を命令! 一応、逃げる準備だけはしておけ。わしは、伊藤のところに言ってくる!」


 そう言い残し、武本は転移室を使い、第二艦隊旗艦『竜王』へと移動した。

 伊藤 整一中将は、武本を見るなり安堵の表情を浮かべた。


「武本さん」

「敵からの通信は傍受しておるな? その件で相談だ」


 武本は早口で、佐々山 久雄についての話をかいつまんで説明した。伊藤と第二艦隊司令部もまた、敵側からの通信に困惑していたから事態整理のためにその情報は役立つ。


「――転移実験中で行方不明になった海軍将校が、まさか異世界帝国の艦隊司令長官になっていた、と」

「ずいぶんと出世したようだがな」


 老将の顔には疲労の色があった。


「転移で世界を超えて異世界に行ってしまったのだろう。どういうわけかわしらが戦っている異世界人の一味に加わり……ううむ、わからん」

「本当に、その佐々山 久雄なのですか?」


 伊藤は慎重に尋ねた。日本人のよしみで、これまで不可能だったムンドゥス帝国と外交的に交渉ができるようになるかもしれない。条件にもよるが、この泥沼の戦争にも停戦、もしくは終戦の道も開けるかもしれなかった。


「この通信だけではわからん」


 武本は首を横に振った。


「我々を騙す罠かもしれん。交渉に乗ってきたところを討つとか」

「しかし、彼ら佐々山君の存在を知っているのは間違いないのでしょう?」


 名前が出てきたのだ。たまたま名前が一致したとか、そういう偶然でもない限り、通信を送ってきた相手は佐々山 久雄を知っていることになる。


「仮に、だ」


 魔技研にも関わっていた老将は低い声で言った。


「転移実験で、奴らの世界に佐々山が行っていたとする。そこで名前や彼の持つ情報を奴らが手に入れたというのはどうだ? そして我々を騙すために、こちらの世界の者の名前を出した」

「確かに通信文の名前だけでは、本人と確認できません。偽電の可能性もある」


 伊藤は顎に手を当て考え込む。もっとも手が込みすぎている気もする。そもそも佐々山のことを知るものがいなければ、意味がないのではないかとも思うのだ。だが先輩の手前、それは言わなかった。


「本人だと証明するには、やはり佐々山君を知っている人間に見てもらうしかないと」

「うむ、生年月日や出身程度の情報は、敵も引き出しておるかもしれん」


 同意しつつ、しかし武本は首をかしげた。


「だが、どう顔を見るべきか。まさか、出てこいというわけにもいくまい?」

「いっそ、言って見ますか?」


 第二艦隊参謀長の森下 信衛少将が口を挟んだ。


「こちらと交渉しようというのであれば、出てこいと言ったらもしかしたら誘いに乗ってくるかも」

「くるかぁ?」


 武本が眉をひそめる。森下は続けた。


「私はいまいち佐々山さんの事は知らないのですが、元海軍軍人であり、話し合う気が本気であるのなら誘いに乗ると思います」

「ふむ……」


 司令部が静かになる。武本はどうしたものかと唸っていた。



   ・  ・  ・



 紫光艦隊は、ゆっくりとウルシー環礁北方の日本艦隊に接近しつつあった。

 旗艦、超戦艦『ゴッドウィン・オースティン』の司令塔に、親衛軍司令長官ササ大将の姿があった。


「戦艦群、まもなく砲戦可能距離に到達します」


 オペレーターの報告に、仮面の指揮官であるササは告げた。


『全艦、停止。砲戦距離外で待機せよ』

「全艦停止!」


 旗艦艦長が命令を出す中、シレンツォ参謀長は一瞥した。


「攻撃されないのですか?」

『彼らは、私の送った通信に対して明確な反応を返していない』


 ササは淡々と答えた。


『戦力差は明確だ。待とうではないか、彼らを』

「……」


 シレンツォは押し黙る。仮面で素顔が窺えないこの司令長官は、ムンドゥス皇帝からの信任もされている。今の立場がそれを物語っているが、まさか本当に地球世界の出身なのか、と疑問の目で見てしまう。


 未開の蛮族が、皇帝の親衛軍の長官とは――純粋なムンドゥス帝国人であるシレンツォには不愉快な事であった。

 彼が仮面をしていなければ、あるいは偽物の電文であったかもしれないと思えた可能性はある。蛮族を騙すための手と思えれば楽なのだが、仮面の中の素顔を誰も見たことがない故に、ササが地球人であるという可能性を否定できないのである。


「長官は、もし地球人が話に乗ってきた場合は、如何なさるおつもりですか?」

『会談をするさ』


 ササは迷うことなく告げた。


『皇帝陛下も、この世界でも日本人に対しては、ムンドゥス帝国の臣民として受け入れることもかまわないと仰せだ』

「なんと……!」

『陛下のご意思でもある。……そうでなければ私が彼らに通信など送ると思うか?』


 それについては言葉が出ないシレンツォである。疑心が浮かんでいるのは事実である。それを知ってか知らずか、ササは続けた。


『我々は本国から切り離された。戻れるという保証もない。であれば、この世界が新たなるムンドゥスの地となるかもしれんのだ。……そのためには臣民は多いほうがよい』

「はっ……」


 納得はしていないが理解はできるとシレンツォは背筋を伸ばした。だが話はそこまでだった。


「後方より魔力反応! 大規模転移――」

『マイウス隊か』


 ハワイの待機艦隊。日本軍の空襲を受けたと聞いたが、再編してウルシー環礁に駆けつけたか。


「違います! この転移反応は我が軍のものではありません!」

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