第一一〇五話、海中砲撃戦闘
第一遊撃部隊第一部隊と紫星艦隊潜水艦隊の海中の戦いは、互いに転移砲を撃ちまくる激戦となっていた。
陣形を乱された日本艦隊だが、指揮官の神明 龍造少将は突撃を命じた。一秒一瞬の勝負になる。列を立て直す暇があるなら攻撃するのがこの場合の最善だったのだ。
戦艦『磐城』に続き、『常陸』が転移砲を艦橋基部に被弾し制御不能になって沈んでいく中、駆逐艦『黒潮』『早潮』と同様、最前線に出たのは高速戦艦『サラミス』だった。
水中対応型35.6センチ連装砲を撃ちながら向かった先は、敵潜水艦隊旗艦とおぼしき大型戦艦『ワレブスクルム』。
そしてムンドゥス帝国の新鋭潜水戦艦もまた、突撃してくる『サラミス』に反応する。
「主砲、接近中の敵艦!」
ワレブスクルム艦長が目標を指示する。40.6センチ球形砲塔が目標を指向、転移砲弾を撃ち出す。
その砲弾は『サラミス』艦内に転移すると爆発した。……しかし傍目にはわずかながらの泡が吹き出るのと黒い炭のようなものが流れ出るくらいの変化しかなかったが。
「馬鹿な!? 沈まないのか!?」
艦長が愕然とする中、砲術担当士官がコンソールから振り返った。
『砲弾は敵艦首1番砲、弾薬庫付近へ転移。直撃のはずです』
「不発か?」
『敵弾、被弾!』
潜水戦艦『ワレブスクルム』の5万8000トンの艦体が揺れた。
『アルファ砲塔に直撃!』
艦首一番砲に、敵艦――『サラミス』の35.6センチ砲弾が転移しぶつかった。球形砲塔は潰れ、大量の気泡が艦外へと噴き出す。
弾薬庫誘爆! しかし弾薬庫を覆う防御シールドがその驚異的な爆発を何とか押さえ込んだ。しかし艦内では大地震と思えるほどの振動が続いた。
司令塔にいたヴォルク・テシス大将は薄く笑みを浮かべる。
「これが日本軍の新兵器の正体だ」
「敵の攻撃が突然当たったようですが……まさか」
ジョグ・ネオン参謀長が険しい顔つきになれば、テシスは頷いた。
「そうだ。日本海軍も転移砲を使っている」
マリアナ、トラック攻撃を行った帝国第四艦隊と二千艦隊残存軍が撃破されたのも、転移砲の威力をもってすれば不可能ではない。
「レイテで米鹵獲艦隊を撃破したのもこれだろう。彼らは水上砲撃戦を演じるふりをして、海中からの転移砲撃を仕掛けていたのだ」
「提督!」
ワレブスクルム艦長が、テシスとネオンの会話を遮った。
「本艦の戦闘力、半減しました! 艦首アルファ、ベータ砲使用不能。艦内の浸水区画増大中です」
「そうか。ここまでだな。名残惜しいが退却だ」
テシスの決断は早かった。ここで日本軍の潜水艦隊を叩いておきたかったが、現状無理したところでやられるのはこちらだ。
――それにしても。
この新鋭潜水戦艦の防御性能は大したものだった。敵の転移砲は弾薬庫を吹き飛ばしていたが、艦内重要区画を守る防御シールドが誘爆を飲み込まなければ轟沈していた。この防御方式は、転移砲に対しても効果がある。
「振動魚雷を発射。戦場をかき乱せ! その間に残存艦は撤収する!」
・ ・ ・
『「サラミス」大破! 機関損傷につき、転移離脱するとのこと!』
大型巡洋艦『妙義』。神明 龍造少将は頷いた。
「そのまま離脱させろ。残っているフネで、敵旗艦を狙えるのは?」
『「武蔵」と「蝦夷」が砲撃できます!』
「攻撃続行! ここで沈めろ!」
敵旗艦に殴りかかった高速戦艦『サラミス』は、転移砲による壮絶な撃ち合いの末、主砲三基と機関にダメージを受けて、離脱を強いられた。
敵潜水戦艦は、サラミスからの転移砲弾を受けて損傷したはずだが、弾薬庫が吹き飛ぶことなく、艦は健在だった。
――あのフネにも、防御障壁の内張がある。
それが一撃で爆沈しなかった理由だろう。必殺の転移砲も、必ずしも敵艦を轟沈させられないということだ。
――だが、転移砲を受けて沈まないのであれば、障壁の二重防御は有効ということだ。
重要区画への防御力は見せてもらった。では、それ以外の部分に転移砲弾を受けたらどうなる? 艦体が分断されて真っ二つになるか?
「『妙義』の主砲が水中対応砲であれば……」
神明の呟きに、藤島 正先任参謀は口を開いた。
「砲は転移砲身なんですがねぇ」
水中対応型の砲でないので、海中で砲を使うと故障の可能性が高くなる。転移砲への改造は、転移システムを砲身に追加するだけの比較的お手軽なものだが、砲塔はそうはいかない。
これまで『妙義』は、海中からの砲撃に際しては無人艦の制御に注力しており、砲を水中で使う機会はなかった。
『敵旗艦、魚雷を発射! その数8!』
魔核を制御する瀬戸 麻美中尉が叫んだ。この乱戦になりかけている状況で?――神明は訝しむ。
「狙われたのは?」
『魚雷は扇状に拡散。該当は巡洋艦「名取」、戦艦「駿河」、それ以外は不明――』
「――衝撃魚雷だ!」
敵は衝撃波で場を荒らすつもりだ。
そして起爆は想定より早かった。一斉に爆発した衝撃魚雷のショックウェーブは第一遊撃部隊第一部隊に襲いかかり、敵艦隊との距離を詰めていた艦艇ほど強い衝撃を受けた。
「やってくれたな……!」
転移砲の早撃ちのために肉薄したのが裏目に出た。最悪は避けられたとはいえ、前の方にいた艦艇ほど障壁が剥がれ、あるいは損傷した。
『敵艦隊、反転! 後退しつつあり!』
「逃げる!?」
藤島が驚く。こちらが衝撃の影響を受けている間に、追い打ちをかけるチャンスだったのに、異世界帝国軍は引くという。
「何故……?」
「こちらが与えた被害も大きかったからだ」
忍者のまき菱のように、こちらを追撃させないように衝撃魚雷をばらまいたのだ。
「『妙義』前進! 敵を追尾する! 主砲、水中発射用意!」
「司令!?」
「我が妙義の砲は水中対応型ではないが、転移砲だ」
神明は告げる。
「砲門は9門。必中ならば9隻に打撃を与えられる」
艦隊の後方にいたため、衝撃波ダメージもほぼない。
「ここはしつこく行ってみよう。突撃続行! 残っている艦で動けるものは我に続け!」