第一〇九九話、ウルシー環礁砲撃戦
ウルシー環礁の、ひしゃげた楕円形を含めたムガイ水道は環礁への入り口でもあった。
その東と南から数キロの隙間があって、環礁内に通行できる。だが異世界帝国軍は巨大海氷を障害物のように配置していた。
日本軍第二艦隊は東側ファラロップ島とポウ島の間から、環礁内の侵入するかのように見えた。
が、そこには巨大海氷があって、通行しようとすれば狭くなっている水道を縦陣で抜けざるを得なくなる。
それはすなわち、前から集中砲火を受けやすくなるということだ。防衛側には非常に戦いやすい地形である。
環礁内には、簡易桟橋とタンカー船団があって、さらにフィリピンから撤退してきた空母機動部隊がさっそく修理、補給を受けていた。日本軍がやってきたら、これらは攻撃目標とされると異世界帝国側は考えていた。
だが――
「面舵。環礁外から砲撃を仕掛ける!」
第二艦隊司令長官の伊藤 整一中将は、環礁内には突入しなかった。
南北32キロ、東西16キロの巨大ラグーンである。位置にもよるが、戦艦の艦砲射撃であれば、外側からでも環礁内を攻撃できるのだ。
一方で、日本軍の侵入を警戒していた異世界帝国軍の守備艦隊は、自らその狭い水道を通るのを避けて環礁内に留まった。待ち伏せに適した場所に飛び込んで、日本艦隊から撃ちまくられたくなかったのだろう。
だが、それを見逃す第二艦隊ではない。
「出てこないのであれば、一緒だね」
伊藤は所属する戦艦、巡洋戦艦による砲撃を命じた。第二艦隊の戦艦7隻、巡洋戦艦6隻が、それぞれの主砲を旋回させた。
●第二艦隊:司令官、伊藤 整一中将
戦艦 :「紀伊Ⅱ」「紀伊Ⅲ」「紀伊Ⅳ」「紀伊Ⅴ」「紀伊」「尾張」「土佐」
巡洋戦艦 :「竜王」「薬師」、「天城」「天城Ⅱ」「天城Ⅳ」「天城Ⅶ」
空母 :「瑞鷹」「海鷹」
水上機母艦:「日進」
大型巡洋艦:「雲仙」「剱」「九重」「那須」
重巡洋艦 :「伊吹」「鞍馬」「笠置」「葛城」「阿寒」「葉山」「利根」「筑摩」
軽巡洋艦 :「黒部」「遠賀」「鳴瀬」「成羽」「高瀬」「衣笠」
:「那珂」「鬼怒」「球磨」「多摩」
転移巡洋艦:「浦賀」「志発」「宮古」
駆逐艦 :「山雪」「浜雪」「風雪」「磯雪」「大雪」「峯雪」「早霜」「初霜」
:「曙」「潮」「里風」「冬風」「磯風」「雪風」「時雨」「村雨」
:「巻波」「大波」「吹雪」「白雪」「磯波」
:「青雲」「天雲」「冬雲」「雪雲」「夕雲」
巡洋戦艦『竜王』『薬師』の46センチ砲各八門、残る天城型、紀伊型、『土佐』の41センチ砲各十門、ネルソン級大改装の『紀伊』『尾張』の41センチ砲各九門が指向。放たれた弾着観測機の支援を受けて、それぞれ砲門を開いた。
環礁内にいた異世界帝国守備艦隊は、戦艦5、重巡洋艦5、軽巡洋艦10、駆逐艦20。 そしてその戦艦、重巡洋艦に対して、日本海軍の戦艦級の砲弾が集中した。
足を止めてしまったがために、砲撃はたちまち標的とした艦に集中。防御シールドで初撃は防いだが、シールドを維持するエネルギーを大幅に失った。
砲弾誘導を受けた第二射で、早くも2隻の重巡洋艦がシールドを貫通され、大破した。
異世界帝国軍は反転。オリクトⅢ級戦艦は40.6センチ三連装砲を指向させたものの、環礁外に配置された巨大海氷のせいで直接照準が困難だった。
では、オリクトⅢ級戦艦も弾着観測機を発進させれば……となるが、すでに第二艦隊が放った烈風艦上戦闘機がウルシー環礁の上空にあって、それを許さない。
結局、異世界帝国の守備艦隊はムガイ水道南から、つまり環礁の外、北側を航行する日本艦隊から逃げるように距離をとって環礁の外へ移動するのであった。
こうなると環礁と巨大海氷によって直接追跡できない第二艦隊も、その射程から敵守備艦隊を逃がすことになった。
ただし、射程外に逃げられる前に、戦艦3、重巡洋艦5、軽巡洋艦4を撃沈。その打撃戦力の大半を撃破することに成功した。
だが第二艦隊が、ウルシー環礁の敵を黙らせたかといえばそんなこともなかった。
環礁外を警戒していた異世界帝国軍の水雷戦隊が、第二艦隊の針路上に現れたのだ。
軽巡2、駆逐艦10が第二艦隊に向かってきたが、大型巡洋艦『雲仙』『剱』『九重』『那須』と重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』『笠置』『葛城』が砲を振り向け、先制攻撃を仕掛ける。
30.5センチ砲弾と20.3センチ砲弾を雨あられと撃ち込まれ、たちまちメテオーラⅢ級軽巡2隻は洋上のスクラップと化し、駆逐艦も5隻がその船体をハンマーで殴られたように潰されて沈没。残る5隻は、かろうじて主砲を数発撃ったところで反転し逃げていった。
「何とも手応えがありませんな」
森下 信衛参謀長は拍子抜けしたように言った。
「待ち伏せを警戒していれば、これでは」
「それは我々が、一番待ち伏せの可能性が高いポイントを外したからね」
伊藤は涼やかに告げる。
第二艦隊が簡易桟橋やタンカー群を殲滅するのに環礁内に飛び込んでいたら、おそらくボウ島付近に潜伏しているだろう敵から奇襲されていたに違いない。
「ところで、日進の飛雲隊は、敵の遮蔽ポイントを確認できたのかな?」
伊藤が山本 祐二先任参謀に確認すれば、彼は「いいえ」と答えた。
「まだ報告はないようです」
「……」
「敵の待ち伏せの有力ポイントを真っ先に行かせたわけですから――」
森下も眉をひそめる。
「とうに確認して、報告してきてもおかしくないのですが……」
「もしや潜伏ポイントを読み違えた?」
嫌な予感がしてくる伊藤である。山本は口を開いた。
「確かに、海氷が水道の前にあって通行しにくくなっています。こちらが罠を看破しようがしまいが、環礁内に踏み込むのを躊躇するような配置ではありますが……」
「我々は環礁の外側に誘導された……?」
そして仕掛けは発動する。