第一〇九八話、ウルシー、急襲
ハワイで待機していた紫光艦隊が日本海軍航空隊の空襲を受けた。
敵は空母機動部隊を使って、奇襲を仕掛けてきたのだ。
「ハワイの艦隊を叩くとはな」
紫星艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は薄く笑った。参謀長のジョグ・ネオン中将は、この上官は苦境の時も自然な態度を崩さないことを知っている。だから不謹慎とも、おかしくなったとも思わなかった。
「我々はパラオを叩き、ウルシー環礁を制圧した」
テシスは思案しながら眼を細める。
「そしてフィリピンを攻撃し、日本軍に東南アジア方面へ動くように強要した。作戦はまあまあ上手くいった」
日本艦隊を吊りだすことができたのだから。だが誤算があるとすれば、連合艦隊の主力を引きずり出すに充分な戦力だったにもかかわらず、出てきたのが小規模な機動部隊が複数。
「問題はどこに連合艦隊の主力が現れるか、だった。フィリピン? ウルシー?」
「……ハワイでした」
ネオンはため息混じりに言った。
「こちらの要求した場所に現れなかった。フィリピンやウルシーに目がいっていたのは我々の方でした。こうなっては作戦を中止し、ハワイへ帰投すべきではないでしょうか?」
「戻ってどうするというのだ、参謀長?」
挑むような顔になるテシス。
「我々は消火作業や回収任務をする艦隊ではない。戦闘艦隊なのだ。我々の戦場はハワイではない」
もたらされた紫光艦隊の被害レポートに目を通す。
戦艦10隻が損傷、沈没1。空母は19隻沈没、15隻が大破した。待機していた三個艦隊のうち、戦艦は4分の1の被害を受けて、空母は3分の2がやられた。
実に見事な手際としかいいようがない。
「現状、日本軍はハワイの紫光艦隊を空襲した。それだけだ。彼らの水上打撃部隊が現れ、残敵掃討を行っているとか、ハワイに上陸作戦を仕掛けているというのであれば、その時は我々は戻るべきだ」
吊り出された日本艦隊を叩く。それが役割である以上、自ら乗り込んできたのならば攻撃もしよう。だがそうでないなら、まだ紫星艦隊はウルシーを動くべきではない。
もっともよくないのが、ハワイ空襲は陽動で、慌てて駆けつけた隙にウルシーが攻撃されることであろう。
戻れば取り返しはつくと思えるが、イニシアティブを日本人にとられ、右往左往するのは何とも無様である。
「彼らの主力は、これからウルシーに現れるかもしれない。そもそも我が艦隊に戻れという命令は来ていない。そうだな、通信参謀?」
「は、はい! 空襲の一報はありましたが、帰投命令は出ておりません」
「そういうことだ」
テシスはレポートから顔を上げた。
「現状、我が艦隊は待機だ。ただし、敵が次の瞬間に現れた時に備えよ。ハワイがやられた直後だ、すぐに敵は来るかもしれん」
「はっ」
司令塔内で参謀らは背筋を伸ばし、踵をならした。命令を出し終えたテシスは司令官席で難しい表情を浮かべた。フィネーヒィカ・スイィ首席参謀は口を開く。
「如何なさいましたか?」
「待機していた紫光艦隊の被害が、空襲の割に大きいのが気になる」
仮にも即時、戦場へ転移可能なように展開していた艦隊が、ここまで大損害を受けるとは考え難い。
「まるで昔に戻ったようだ。遮蔽に隠れた奇襲攻撃隊にやられたように」
「ですが閣下。対遮蔽装置がある以上、敵航空隊による奇襲はあり得ないのでは……」
「そのあり得ない被害が出ているのだ。ササ長官の紫光艦隊だ。敵が現れたら迎撃なりできたはずだ」
しかし現実は一回の空襲で三個艦隊の戦力は半減。うち一艦隊を預かるウルブス中将も戦死した。まともに戦っていれば、そうそう死ぬことのない熟練の指揮官があっさりやられたように映る。
その時、司令塔に注意を促す警報が流れた。
『ファラロップ海氷空母基地より通報! 日本海軍らしき艦隊が出現!』
「やはり来たか……!」
テシスは相好を崩した。拠点化を進めるウルシー環礁に、日本艦隊が現れたのだ!
・ ・ ・
転移で現れたのは、内地より出撃した第二艦隊であった。転移早々、空母『瑞鷹』『海鷹』から烈風艦上戦闘機が、マ式レールカタパルトから連続射出され、ウルシー環礁の制空権確保に動く。
司令長官、伊藤 整一中将は、旗艦である巡洋戦艦『竜王』の艦橋から、巨大氷山を見やる。
「南洋の海に氷山を見るとは、不思議な気分だ」
「異世界人も本気でここを基地化したいのでしょう」
森下 信衛参謀長は口元を緩めた。
「小島ばかりで大規模な施設は難しいですが、泊地には最適です。防衛施設の代わりにあの異世界氷の塊を浮かべているのでしょう」
「うむ。敵がウルシー環礁に手を出してさして日が経っていないからね。いくら何でもまともな施設はまだ建てられてはいない」
「その代わり、あの海氷自体に何か仕掛けがあるかもしれません」
たとえば砲台とか、戦闘機の秘密発着場とか。
「神明君は、十中八九、敵が待ち伏せしていると言っていた」
伊藤が思い出すように言えば、森下は頷いた。
「敵さんはマリアナ、トラックを無視して、さらに踏み込んできましたからね。こちらの注意を引くに充分な大胆さ。本来の目的からこちらの視線を逸らそうとしているように思えます」
「本来の目的……」
「敵さんは、アメリカ侵攻を企てていますから、本命はそちらでしょうな」
伊藤と森下が話している間に、艦隊に随伴する水上機母艦『日進』が飛雲水上偵察機をカタパルトから射出した。それらは対レーダー対策塗料が使われた機かつ、遮蔽装置も搭載している。
「あれが消えたら、敵が潜んでいます」
森下は目を細めた。敵が待ち伏せている場合、水中か、遮蔽で姿を消している。
ウルシー環礁には敵が十を超える巨大海氷を浮かべているが、それらには対遮蔽装置も配置されて、日本軍の奇襲攻撃隊を警戒している。
遮蔽装置は使えない――その思い込みを衝いて、敵は遮蔽で潜んでいる可能性が高い、と、第一遊撃部隊の神明少将は言っていた。
「ムガイ水道より、敵護衛艦隊、接近!」
事前偵察で最初から確認されていた敵艦隊だ。待ち伏せ以前に第二艦隊が交戦するとほぼ確定していた部隊である。