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第一〇九六話、竜の顎


 ウルシー環礁は、カロリン諸島の東北端に位置する環礁だ。四十の小島に囲まれた中央のラグーンは南北32キロ、東西16キロあり、この周辺における最大の天然の泊地の条件を持っていた。

 ムンドゥス帝国軍は、パラオを攻撃し無力化を果たすと、こちらウルシー環礁を制圧、急ピッチで拠点化を図った。


 特に強力な防備があるわけではなかったが、日本海軍としては、ここを敵に取られるのはよろしくない。


 日本本土に対して約2400キロ、硫黄島に約1400キロ、沖縄に約1900キロで、フィリピン、台湾に対してもほぼ同じような距離の位置にあったからだ。

 フィリピン攻撃艦隊の後方拠点にもなるウルシー環礁には、基地化を進める一方、ヴォルク・テシス大将の紫星艦隊が潜んでいた。


 フィリピン方面に日本軍の注意を引く道化師作戦であるが、仮に連合艦隊がフィリピン防衛に成功した場合、あるいはフィリピンを無視してウルシー環礁に攻撃をかけてきた時、逆に待ち伏せしていたのである。


『戦闘第一群、および第二群の残存艦、ラグーン内に転移!』

『第四群残存艦も集結中』


 旗艦『ワレブスクルム』の司令塔にいたテシス大将は、フィリピンから撤退してきた鹵獲機動部隊から戦闘報告を受けた。


「――敵一個艦隊を撃破するのと引き換えに、第三群は壊滅。第一、第二群の空母も半減か……」

「一矢報いた、というところでしょうか」


 ジョグ・ネオン参謀長が事務的に告げれば、テシス大将は皮肉げな笑みを浮かべた。


「これを一矢報いたなどと、恥ずかしくてとても言えんよ。むしろ一個艦隊潰すために同等か、それ以上の損害を受けている」


 日本軍は鹵獲艦隊を叩かせてこちらの気分をよくしている隙をついて、ガッツリ噛みついてきた。囮に食いついたのは、むしろこちらの方だ。


「フィリピン攻撃艦隊は何から何まで裏目に出た。日本軍の指揮官は、こちらの心理を読み取って、実に大胆に、適切な手を取っていた」


 鹵獲無人艦が大半だったといえ、こちらが被った損害に対して、日本艦隊の被害は、鹵獲艦隊一つに集約される。使い捨ての駒である運用の仕方から見ると、敵にとって被害となっているのか大いに疑問であったが。


「まあ、わざわざフィリピンに乗り込んで仕込みはできた。次に繋がると思えば、悪いことばかりではない」


 テシスは機嫌がよかった。


「さて、フィリピンから後退したフリをしたが、日本軍は食いついてくれるかな?」


 フィリピンにはとうとう連合艦隊の主力は現れなかった。一方でウルシー環礁へ這々の体で傷ついた空母機動部隊が撤退した。この環礁の位置的な価値から日本軍が放置するとは思えない。

 機動部隊へのトドメも含めて、連合艦隊主力がウルシー環礁を攻撃するのに絶好のチャンスであるはずだ。


 ――あるいはフィリピン攻撃艦隊を破ったヤマト艦隊の指揮官。あれも果断な指揮官だ。空母機動部隊の危険性を考えれば、手早く補給を済ませ、追撃してくるのではないか。


 だが、ウルシーには我が紫星艦隊が待機している。そう、今度はこちらが待ち伏せする番だ。

 ウルシーに連合艦隊の主力か、フィリピンの艦隊かはわからないが、ウルシー環礁というドラゴンの顎に飛び込み、引き裂かれる運命が待っているわけだ。

 ネオン参謀長は口を開いた。


「いざとなれば、紫光艦隊も待機していますから、たとえ日本海軍が全戦力を投入してきた場合でも撃滅は可能でしょう」

「油断はできんがな」


 日本海軍のこれまでの戦いっぷりを見れば、侮れる要素は何一つない。


『なに、そんな馬鹿な――!』


 奥から愕然としたような声が聞こえてきた。テシスとネオンは振り返る。あの声は通信参謀か。


「長官、緊急通信です」


 通信ステーションから通信参謀が早足でやってきた。


「ハワイが空襲されました!」

「……!」

「何と!?」


 ネオンが目を見開く。通信参謀は声を上ずらせた。


「ハワイで待機している紫光艦隊が日本軍の大編隊の奇襲を受け、戦力が半壊。ウルブス中将が戦死したと未確認の通信も――」



   ・  ・  ・



「ウルシー環礁を攻撃したところで、現地に確認されている艦隊だけではないだろう」


 連合艦隊司令長官、小沢 治三郎中将は、司令部幕僚たちを見回した。

 時間は少し巻き戻り、連合艦隊旗艦『出雲』の長官公室。神明、武本両提督に任せたフィリピン防衛作戦が遂行される中、内地の連合艦隊は出撃準備にかかっていた。


「奴らも、我が軍が奪回のために出撃してくることはわかっているはずだ」

「敵は魔法陣型ゲート装置を使い、大兵力の移動、補給手段を有しております」


 首席参謀、神 重徳大佐は発言した。


「長官のご指摘通り、我々がウルシーへ殴り込みをかければ、おそらく我が軍の後背を敵は衝いてくるものと考えられます」

「問題は、どこの艦隊が現れるか、だ」


 小沢が言えば、草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は太平洋の地図へ視線を向けた。


「異世界人は北米大陸への攻撃を活発化させております。町を焼き払い、性懲りもなく上陸作戦を仕掛けてくると予想されます。そうであるなら、大西洋や欧州などにいる艦隊は、そちらに投入するでしょうから、こちらに現れる可能性は少ないと考えます」

「マーシャル諸島は、第四遊撃部隊が漸減を行っておりましたから――」


 神大佐は言った。


「ここの駐留艦隊が出てくる可能性も低いでしょう。むしろその程度の増援ならば返り討ちにもできましょう」

「そうなると、やはり――」


 小沢の視線がある一点で止まる。


「ハワイの艦隊だろうな」

「その可能性は高いでしょうな」


 神は胸を張り、きっぱりと言った。


「ウルシーに乗り込んだ時に、ハワイに駐留する艦隊が我が艦隊を挟撃すべく待ち受けているのならば、いっそこちらからハワイに殴り込みをかけるのも手でありましょう」

「!?」


 参謀たちが硬直する。ピクリと小沢の眉が動き、神は続けた。


「どうせ戦う相手です。ならば先制攻撃を仕掛けて、ハワイの艦隊を撃滅。返す刃でウルシーを奪回いたしましょう。増援のないウルシー環礁の敵ならば、連合艦隊主力の余力で対応も不可能ではないと小官は愚考いたします!」

「よろしい。やるか、ハワイを」


 小沢は頷いた。

 かくて、連合艦隊は出撃した。

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