第一〇九一話、皇帝親衛軍の目
『第五群は潰走。スリガオ海峡に向けて撤退中』
ブラキウム中将、戦死。
フィリピン攻撃艦隊の司令部も失われた。
紫星艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は、フィリピン戦域でもたらされる報告を受けて、この戦いについて考察していた。
「敵は最低でも五つの部隊、おそらく六部隊が活動している」
「六、ですか……」
ジョグ・ネオン参謀長はわずかに眉をひそめた。
「現在確認されている日本艦隊は、第二群と交戦しこれを撃破したヤマトクラスを主力とする水上打撃部隊。ミンドロ島近海の空母機動部隊。そして我が軍のフリをして、第五群を叩いた部隊」
三つが確認されているが、テシス大将はその倍の敵が動いていると告げた。
「それらの部隊だけで第二群、第五群が壊滅するようなことはない。対峙した戦力差を見れば、よほどの新兵器を装備しているか、他に伏兵がいたと見るのが自然だ」
テシスはさらに続ける。
「おそらく潜水艦、潜水可能な艦艇で構成された部隊だろう。すでに視認されている部隊の陰に潜水部隊がいるに違いない」
「つまり、フィリピン攻撃艦隊各群は、目の前の敵のおおよそ倍の戦力と戦っていた、ということですな」
ネオンは頷く。
「しかし、それだけではないように思えます」
「そうだ。おそらく新兵器も積んでいる」
テシスは見えない何かを凝視しているような顔をする。
「ただ倍加しているだけでは、あの数を撃滅することはできない。相応の反撃を受けて、日本艦隊とて無事ではいられないはずだ。だが、彼らはまだ進撃を続けているのだろう?」
ネオンが視線を転ずれば、フィネーフィカ・スイィ首席参謀は戦闘詳報――その速報版を見下ろした。
「はい、ヤマト艦隊はレイテ湾に突入しつつあり、第五群を追跡する友軍艦で構成された敵艦隊もスリガオ海峡を北上中です」
「損害を顧みずの突撃ではない」
「はい、閣下。敵はほぼ損害なく、なお進撃中です」
「日本軍は夜戦が得意という情報もありますが――」
ネオンは口を開いた。
「それにしても一方的過ぎますな。新兵器、確定でしょう。問題はどんな兵器か、ですが……」
「偵察隊は、その新兵器を観測していない」
フィリピン攻撃艦隊とその作戦の推移を見守るため、テシスは偵察機を多数送り込んでいる。
遮蔽が使える範囲では遮蔽し、対遮蔽が働いている場所では敵に発見されないよう注意を払って行動しているのだ。
「そう考えると、敵は転移砲を用いているのではないか」
「まさか……! 地球人が我が軍の新兵器を――」
ネオンは驚愕する。しかしテシスは確信する。
「夜戦というタイミングがいかにも出来すぎている。転移砲であれば、夜間使用しても発砲が分かりにくい」
「! 確かに、レーダーがあるとはいえ、発砲の炎は目視しやすく、そこから位置を割り出され攻撃されることはしばしばあります。ですが、転移砲ではそれがわからない」
夜戦が得意な日本軍という自分が言った言葉を合わせて考えると、転移砲と夜戦の組み合わせが効果的であることを改めて気づかされた。
テシスは口元を緩めた。
「まあ、まだ三つ部隊が残っている。あれを日本軍がどう始末するか、彼らの手の内を拝見させてもらおうじゃないか」
「楽しそうですな」
思ったことをネオンは口にした。言われたテシスは苦笑する。
「ああ、楽しいな。あれは私がリスペクトすべき相手だよ。今、フィリピンを攻撃している敵の指揮官は、おそらく私がライバルと認めた者に違いない」
「……連合艦隊の司令長官、ですか?」
「いや、あそこに日本軍の主力は出てきていないだろう」
マリアナやトラックの攻防で出てきた日本海軍――連合艦隊の主力の艦艇は、このフィリピン近海には確認されていない。
この歴戦の提督には何が見えているのか。ネオンは小さく首を横に振った。テシスより年上で、多くの人間を見てきたネオンであったが、まだまだこの指揮官のことを理解しきれていなかった。
「そういえば、その日本軍の主力である連合艦隊は釣れていませんな」
フィリピン攻撃、『道化師作戦』は、日本軍がムンドゥス帝国の北米侵攻作戦の邪魔をしないよう吊り出すために行われたものだ。日本軍の目を東南アジアに向けさせなければ意味がない。主力である連合艦隊の動向には注目しているのだが、肝心の彼らはいまだフィリピンに現れていなかった。
「まさか、出撃させてきた艦隊でフィリピン攻撃艦隊総てを相手にするつもりではないと思いたいところですが」
紫星艦隊や紫光艦隊が後詰めでいつでも戦場に乗り込めるように、日本軍も連合艦隊主力を温存している……そう考えたいのだが、早く現れてくれないと北米に行かれる不安がつきまとうのである。
「そのまさかもあり得る」
テシスは考え深げに言った。
「その場合、連合艦隊はウルシー環礁を取り戻しに来るかもしれない」
日本軍への牽制として、パラオを空襲し、ウルシー環礁に軍を進めた。さらにフィリピン攻撃を仕掛けなければ、日本軍の反撃はこちらに向かっていた可能性は高い。
「フィリピンとウルシー、双方に対応しようとしているのかもな。まあ、仮にウルシーに連合艦隊の主力が現れたところで、皇帝親衛軍が歓迎するだけではあるが」
あわよくば、日本艦隊の戦力漸減を。
それもまた道化師作戦に含まれている。
「長官、紫光艦隊、ササ長官から暗号文が届きました」
通信参謀が持ってきたメモが渡され、テシスは目を通す。
「ふん、私にブラキウム中将の後を引き継げときた」
第五群、フィリピン攻撃艦隊司令部が壊滅したことで、全体をまとめる指揮官がいなくなった。作戦の指揮をテシスが執れというのだ。
「長官の発案の作戦ですから、適任ということなのでしょう」
ネオンの言葉に、テシスは皮肉げな笑みを浮かべた。
「責任をとってやり遂げろ、ということなのだろう。私に任せたということは、こちらも自由にやらせてもらう」
テシスの目は、フィリピン周辺海域と全部隊の配置に向いた。
「まずは、第二群を破ったヤマト艦だな」
レイテ湾に進撃する日本艦隊に注目した。




