第一〇八七話、慎重になるブラキウム
日本艦隊がサマール島東方を南下しつつあり。
ムンドゥス帝国軍フィリピン攻撃艦隊司令部に、無人索敵機からの報告が飛び込んだ。
艦隊司令長官であるアーラン・ブラキウム中将は、敵情を受け取り眉をひそめる。
「空母を伴わない戦艦6隻主体の艦隊か」
「前衛部隊でしょうか?」
丸い体躯の持ち主であるクラーワ参謀長が、髭もじゃの顔をくしゃくしゃにして言った。ブラキウムは唸る。
「うむ。日本本土からの救援にしては、数が少なすぎる。敵もフィリピンにきた我が軍のおおよその兵力は把握しているはずだ」
そこから考えても、この部隊は妙である。
「これは前衛か、明らかに囮であろう」
ブラキウム中将はそう結論づけた。いかにも怪しすぎる。クラーワ参謀長は口を開く。
「対処は如何なさいますか? ひとまず航空隊で叩きますか」
「いや、空母なしの艦隊など、こちらが航空隊を差し向ければ、転移で回避する。相手は、そこらの蛮族とは違うぞ」
皇帝親衛軍のブラキウムである。かのヴォルク・テシス大将ですら苦戦した地球世界の日本軍である。この世界にきて、その戦いぶりに関する報告は、彼ら親衛軍の将校らを驚嘆させてきた。
だからこそ油断は禁物である。自分に与えられた任務が、その日本軍の戦力消耗を図るものであると理解すればこそ。
「では」
「うむ、第一群は索敵を強化。敵艦隊の後方を探らせ、後続部隊の有無を確認せよ」
「敵艦隊は?」
「第二群に針路を塞がせろ。こちらがリアクションをせずとも、向こうからぶつかるだろう」
第二群は戦艦18隻に、大型巡洋艦6隻を有する強力な水上打撃部隊だ。アメリカ大西洋艦隊の鹵獲再生艦隊だが、その戦艦は18インチ砲装備のアリゾナ級3隻に、重装甲のモンタナ級5隻が含まれる。
前衛だろうが囮だろうが、接触すればただでは済まない。
「敵の本隊が姿を現すか、あるいは陽動に徹するのか」
ブラキウムは海図を睨みつけた。
「敵のこれまでのパターンだと、レイテ湾の輸送船団を攻撃してくる」
「しかし、そこには第四群が展開しております。護衛空母ですが72隻。その艦載機がひしめく中、生半可な戦力ではどうにもなりますまい」
「敵は転移ゲートを用いた攻撃を仕掛けてくるかもしれない」
日本海軍では『シベリア送り』なんて呼ばれ方をしている魔法陣型転移ゲートを用いた跳躍戦術。下手をすると一個艦隊が消し飛ばされてしまう攻撃だが。
「提督、我が軍は魔防シールドで魔法陣型転移を阻止できます。今さら何を恐れることがありましょうか?」
「恐れてはおらん。敵も我々が対策をしていることは知っている」
だが、とブラキウムは言った。
「こちらが鹵獲艦ばかり使っているからな。もしかしたらシールドがなくて、転移攻撃が有効かもしれないと狙っているのではないかと思ったのだ」
「あぁ、なるほど。確かに、我が軍は鹵獲品に対する扱いを軽視する向きがありますからな」
前線の強い兵器は優先するが、後方戦力や鹵獲戦力には手間も金もかけない傾向にあるムンドゥス帝国軍である。戦力が膨大ゆえに、無駄なところに資材を使いたくないのである。
「しかし、我が艦隊の鹵獲艦艇にも魔防シールドおよび防御シールドを搭載済みです。簡単にはやられませんよ」
参謀長の言葉に、ブラキウムも頷いた。
そして時が流れる。発見された日本艦隊は南進を続け、その間、互いの存在を認識しながらも航空隊による攻撃などは一切起きなかった。
このまま何も起こらない、ということもなく、敵が引き返さない限り、第二群が日本艦隊と交戦する。
――このまま馬鹿正直に戦うとも思えないが……。
ブラキウムは思案する。戦艦6隻、うち2隻がアリゾナ級に匹敵する46センチ砲を装備した大和級であるのはわかっている。アリゾナ級3に対して大和級2。しかし随伴するのが金剛級4隻では、正面からぶつかれば、どちらが有利かは自明だ。
――新たな増援が現れるのか、それとも戦うと見せかけて転移で、一気にレイテへ……?
どうにも腑に落ちない。マリアナ、トラック、そしてマーシャル諸島を攻撃した日本艦隊が、まさかこれが動かせる全力とも思えない。
「提督、第三群より報告です!」
通信参謀が声を上げた。
「ミンドロ島方面に、日本艦隊を発見。空母3、大型巡洋艦1、重巡洋艦4、軽巡2、駆逐艦6とのこと」
「やはり別動の空母機動艦隊がいたか! しかし――」
「太平洋側ではなく、南シナ海側からですな」
クラーワ参謀長は自身の髭を撫でつけた。
「しかも空母がたったの3隻とは……。解せませんな」
「敵は、我が軍の規模を把握していないのか?」
わけがわからないとブラキウムは唸る。6隻の戦艦部隊や3隻の空母部隊で、フィリピン攻撃艦隊を食い止められると思っているのか?
「一応、敵空母部隊ですが」
クラーワもまたわずかに困惑を滲ませる。
「どうします? 第三群にそのまま叩かせますか?」
イギリスの鹵獲艦艇で構成される艦隊である。空母20隻――艦載機搭載数が少なめのイギリス製空母では、実質空母半分の戦力で見るのが正しいが、それでもっても敵空母3隻相手ならば充分と言えるが。
「これも囮臭い。航空隊を送り出しても、転移で逃げるだろう」
そうやってこちらの航空隊を空振りさせて、発艦や着艦作業、燃料補給などで忙しくさせたところを攻撃しようという腹ではないか。
「第三群には出撃準備をさせて待機させろ。その3隻だけではないだろう、敵の空母は!」
ブラキウムは決断した。
「発見のリスクから分散しているだけに違いない。その近くにまだ他にも空母戦隊がいるはずだ。第三群には索敵を強化。それと待機しているところを、敵が奇襲を狙っているかもしれない。対遮蔽装置はもちろん、対潜警戒を厳となせ」
このブラキウムという男は慎重であった。これまで多くの将が、地球勢力を侮って命を落としてきた。わからないことには素直にわからないと認め、慎重に振る舞う。それが彼のやり方であった。
『第二群より入電。『我、敵艦隊見ユ』
例の大和級を含む水上打撃部隊が、第二群と接触した。いよいよ戦艦18対6の砲戦が始まるのか。
「さあ、どう出る、日本軍」
ブラキウムは眉間に皺を寄せた。
「攻撃艦隊全軍へ。転移による敵奇襲を警戒せよ」
第二群だけでなく、今のところ何も起きていない第四群、第五群、そして敵を捜索している第一群にも注意を飛ばす。
敵が転移すれば、そこには別の隊がいて、殴りかかってくる可能性は充分にあるのだ。