第一〇八三話、季節はずれのタイフーン
その日、フィリピンに多数の敵機が襲来した。
バスコ、カミギン、アパリの陸軍軍偵察機飛行場をはじめ、ラオアグ、サンニコラス、ツゲガラオ、ビガン、リンガエン、クラーク、デルカルメン、サンマルセリーノ、マニラ、ニールソン、ニコルス、バタンガス、レガスピー、ブーラン、ミンドロ島の陸海軍各地の飛行場が、異世界帝国軍航空隊の襲撃を受けた。
攻撃はフィリピン南部、ミンダナオ島、ネグロス島の飛行場にも及んだ。
陸軍の隼Ⅲ、飛燕Ⅱ、疾風戦闘機、海軍の零戦五三型、紫電改、業風、暴風戦闘機、白電、震電迎撃機が迎撃に上がったものの、敵は圧倒的に数で勝っていた。
というより、東南アジア一帯に展開する日本軍の航空戦力が、他の比べて少なかったというべきかもしれない。
オーストラリア方面の異世界帝国軍が無力化されたことで、東南アジアに割かれている航空兵力は広く少なくなり、今回のような大挙襲来に対しての迎撃対応に後れを取ることとなった。
内地、連合艦隊司令部は、フィリピン方面からの敵襲来と基地被害の報告を相次いで受信した。
「米艦載機だと!?」
小沢 治三郎連合艦隊司令官は眉をひそめる。通信参謀は答えた。
「はい、敵は無人仕様の米艦載機と異世界帝国軍機の混成部隊とのことです!」
「……どう思う、草鹿参謀長?」
連合艦隊参謀長である草鹿 龍之介中将に意見を求める。
「敵は地方部隊に現地の地球製航空機を鹵獲し、使用していましたから、それ自体はあり得ないわけではありませんが――」
こうした大規模攻撃に、鹵獲無人機を多数用いる例は、最近ではアフリカ戦線やヨーロッパくらいでしか確認されていなかった。
「本国との補給が断たれ、いよいよ地球製の鹵獲機まで投入しないといけないほど、異世界人たちの戦力が落ちてきたのか、それとも作戦に間に合わせるために使える機をかき集めたのか……」
トラック、マリアナ諸島攻略に失敗し、それなりの戦力を消耗した異世界帝国軍である。急なパラオ攻撃に続き、フィリピン方面でも大戦力を投じてきたが、その数合わせにアメリカ海軍の鹵獲機を活用してきた可能性は大いにあった。
「パラオ攻略の前フリかと思ったら、フィリピンに手を出してくるとは」
小沢は呻く。戦線が膠着したかと思えば、連合艦隊の戦力が回復する前に、異世界帝国軍はドンドン仕掛けてくる。
しかも何が悪いといえば、敵がマリアナ諸島へ再度攻撃してくる場合に備えて、航空隊や防衛戦力が中部太平洋に向けられていたことだ。
ただでさえ薄い東南アジアの航空戦力が、さらにマリアナ、トラック、ニューギニア方面に移動することになり……。ガラスの防備に敵はハンマーで強烈に殴りつけてきた。
結果、フィリピン方面の各飛行場は、敵の力押しの前に大打撃を被った。滑走路の穴は埋めればいいが、燃料備蓄、弾薬庫、飛行場を運営するのに必要な設備も爆撃された。これらの復旧にはかなりの時間がかかる。
「いえ、応急展開部隊がありますから、滑走路さえ何とかできれば、ある程度、基地航空隊の展開は可能です」
航空参謀が発言した。転移倉庫を用いて、現地に必要な即席施設、物資を輸送することはできる。現地の転移設備が破壊されている場合は、修理しないと不可能であるが、そうでなければ滑走路だけの飛行場を即席基地として運用することができた。
「うむ、しかし今は、敵情把握が先だな」
おそらく転移でやってきたと思うが、多数の航空隊をフィリピン各所に送りつけてきたところからして、異世界帝国軍はかなりの規模の空母機動部隊を投入しているはずだ。
「フィリピン攻撃がヒットエンドランなのか、それとも侵攻作戦のための航空撃滅戦なのか、見極める必要がある」
「長官は――」
草鹿は慎重に切り出した。
「マリアナ、トラックの中部太平洋を飛び越えて、フィリピンへの上陸作戦を異世界人が狙っているとお考えですか?」
「軍事の常識を考えれば、あり得ない……そう言いたい気持ちはわかる」
小沢は腕を組んだ。
「しかし転移で補給線を自在に繋げることができる敵が相手だ。前線の裏側に進出しても補給ができるのなら、中部太平洋を迂回して東南アジア方面から、日本本土への通商路を脅かすことも可能だ」
もっとも、輸送に関しては日本も転移を使えるから、フィリピンをとられたからといって内地への物資輸送が滞るということもない。
フィリピンに有力な艦隊が居座られたら、蘭印を叩かれ、そちらの意味で資源確保が危ぶまれる可能性はあったが。
「フィリピンを基点に、台湾、もしくは沖縄、そして日本本土攻撃もあり得る」
マリアナ諸島は守らねばならないが、敵からすれば中部太平洋を押さえずとも、日本を攻撃する手はあるのだ。
「長官、フィリピン方面に展開した偵察機から、敵艦隊発見の報告が相次いでおります!」
連合艦隊司令部専属通信班が前線からの報告を受信し、それを持ち込む。異世界帝国艦隊の編成などが明らかになっていくが――
「いったいいくつの機動部隊が動いているんだ?」
小沢は呆れにも似た声を漏らす。草鹿は絞り出すように言った。
「フィリピン各所への同時攻撃ですから、相応の戦力であるのは覚悟していましたが……」
「まあ、マリアナの時も何だかんだいって、空母、航空戦艦合わせて100隻はいたわけだからな」
「それをマリアナ近海で沈めたので、敵もこれほどの空母を動かせるとは思いたくなかったですが」
草鹿が珍しく忌々しそうな顔をした。小沢は皮肉げに口元を歪める。
「二千艦隊なんて戦力を持っていた敵だ。数百隻の空母を保有している……言っていて虚しくなってきた」
よくおれたちはこんな敵にここまで戦い抜けたものだ、と小沢は自嘲した。
だが驚きはそれで終わらなかった。
「アメリカの空母に戦艦だと!?」
「偵察機が艦種識別を行ったところ、敵艦隊の中にアメリカ、イギリスの再生空母や戦艦が含まれているのを確認しました!」
「……」
司令部参謀たちも絶句する。草鹿は嘆息した。
「どうやら、異世界人は航空機だけでなく、艦艇も鹵獲したものを使っているようですね」
「米艦ということは、南米作戦で沈められたフネか」
小沢はまたも唸った。南米侵攻作戦を行ったアメリカ大西洋艦隊は、異世界帝国艦隊と交戦し壊滅的打撃を被った。回収隊が沈没艦の回収を行おうとしたが、敵も多数の潜水艦で守りを固めており、その時は手出しできなかった。
「異世界人どもがこの世界にきた時、沈めた艦艇を自軍戦力に積極的に取り込んでいた。こうならないために回収してきたわけだが……南米で回収できなかったツケが回ってきたな」