第一〇八一話、太平洋戦域
ハワイ、パールハーバー。
今次大戦により、アメリカとムンドゥスの間で頻繁に主が変わったこの地は、1945年の時点で、異世界人の勢力圏となっていた。
「太平洋艦隊司令部のオフィス、新しくなりましたな」
そう言ったのは紫星艦隊司令長官のヴォルク・テシス大将である。彼はかつて、サタナス元帥指揮下の地球征服軍太平洋艦隊の司令長官を務め、日米連合艦隊とここハワイで戦った。
「この因縁の地の制圧は、北米侵攻作戦の後方支援、つまり日本軍への牽制が目的だと聞いていましたが」
『それで間違いない、テシス大将』
仮面の皇帝親衛軍司令長官のササ大将は頷いた。
『北米はアステールが順調に蹂躙している。もはや艦隊など必要ない。円盤兵器群さえあれば、地上を征服することなど難しくないのかもしれない』
「円盤兵器に占領能力はありません」
テシス大将は、さらりと言った。
「最後にものを言うのは歩兵です。円盤兵器だろうが航空機だろうが艦隊だろうが、それは変わりません」
『その通りだ』
ササは認めた。
『極端な何々不要論は、大抵間違っている。昔、部下にバランス論を説いていた者がいた』
「どういう論なのですか?」
『二つの勢力があって……たとえるなら陸軍と海軍、または航空主兵と大艦巨砲。どちらが優れているかと争うことに意味はない。どちらにも長所もあれば短所もあり、要は使い方だから、目的を果たすために極端な思考であってはならないという考えだ』
「それには同意しますよ。その部下とは気が合いそうだ」
テシスは席に腰掛けた。
「今はどちらに?」
『わからん。私も思い出せない。かなり古い記憶だ』
ササの表情は仮面のせいでわからない。しばし考えるように仮面の長官は頭を動かした。
『話を戻そう。我々は、軍の北米侵攻作戦の支援のため、日本軍へ攻撃を開始する』
「こちらから動くというわけですね」
テシスは頷いた。
「しかし、先のマリアナとトラック諸島侵攻は失敗に終わりました。また、マーシャル諸島でも回収作業が上手く行っていないと」
『そうだ。それを皇帝陛下と総参謀長は危惧している』
日本軍が勢いを取り戻し、北米侵攻の邪魔をしに現れないかと。
『そこで、我が親衛軍の中でも、ここ太平洋戦域を扱ったことのある貴様の知恵を借りたい』-
「要は日本軍を忙しくしてやれ、ということですね」
テシスは自分が呼ばれた理由を理解した。
『総参謀長は、中部太平洋に沈む千の沈没艦回収を諦めていない』
日本軍に相当数を奪われたとはいえ、まだまだサルベージの見込みのある艦艇は数百はあると思われる。ここで引いて、それらまで地球人に活用されてはたまらない。
『日本人にマーシャル諸島どころではないように、こちらから仕掛ける』
「順当に考えれば、再度のマリアナ、トラックへの攻撃と攻略……」
テシスは太平洋戦域の地図へと視線をずらす。
「以上の点を抑えれば、中部太平洋の宝の眠る海域は我が方のテリトリーとなり、日本軍の回収作業を困難なものとすることができる」
『ついでにマリアナをとれば、余っている重爆撃機を使って、日本本土攻撃も可能となる』
ササもまた地図を見つめる。
『だが、残党とはいえ二千艦隊が攻略に向かい、失敗した。マリアナ、そしてトラックの防備は思いのほか固い』
二千艦隊もそれなりの戦力があった上に、帝国第四艦隊、親衛軍紫光艦隊の一機動部隊も参加した作戦だったが、その全てが壊滅した。
中部太平洋決戦での敗残の日本軍かと思われたが、まだ充分強力な戦力を有していた。おかげで決戦での奮戦を称えつつも、楽勝ムードだった総司令部も冷や水を浴びせられるほどのショックを受けたのだった。
「そう簡単に陥ちるようなら、サタナス元帥はとうの昔にこの世界を征服していましたよ」
テシスは淡々と言った。日本軍がこれまでムンドゥス帝国の艦隊を打ち破ってきたことを考えれば、どうして楽勝ムードになれるのか理解できなかった。
「今、北米侵攻でやっているアステールによる空爆と海上封鎖を、日本軍相手に仕掛けてきたとしても、アメリカほど上手くはいかないでしょう」
『彼らは、アステールを撃墜できる兵器を有している』
ササも事務的に返した。
『我々でさえ自軍の兵器を落とせない、それほどの超兵器であると自負する円盤兵器だったのだがな。日本軍というのは、この世界でも特に攻撃性能特化な軍だ』
「そんなのとまともに戦えば、それは犠牲が出るわけですよ」
『それと我々は戦わねばならないわけだ』
ササは、テシスへと仮面に覆われた顔を向けた。
『やはり、順当に中部太平洋侵攻か?』
「敵もマーシャル諸島を最前線と捉え、トラック、特にマリアナ諸島の守りを強化しているでしょう。そんな場所に正面から挑むのは、得策ではありません」
テシスは、首席参謀を呼ぶように言うと、薄く笑みを浮かべた。
「まさかこういう話になると思っていなかったので黙っていたのですが、一つ、使えそうな作戦を構想していました。それを見てもらってもいいですか?」
・ ・ ・
「レキシントン戦隊……」
軍令部次長、宇垣 纏中将は、第一部部長の富岡 定俊少将が提出した作戦案に眉をひそめた。
「これが、神明参りの成果かね?」
「そうなります」
富岡は答えた。宇垣は作戦案に目を落とす。
米本土を攻撃している円盤兵器群。これには異世界氷を使った巨大海氷空母が母艦として機能している。米軍の偵察にも、東海岸、西海岸問わず、何隻かその存在が確認されている。
それを攻撃するために、回収したものの戦力化が後回しにされているレキシントン級巡洋戦艦に解氷装置を満載。対海氷空母キラーとして活用する……。
「敵の補給拠点を叩けば、米本土空爆の勢いをかなり低下させることができます」
「何故、レキシントン級なのだ……? いや、使い勝手がよくないから後回しにされているというのはわかるが」
「レキシントン級は全長266メートルと艦体が長い……というのが理由らしいです」
富岡は言った。
「これが5隻。合わせて1330メートル。実際は間隔を開けて航行しますが、以前使った海氷突撃艦と違い、高速で自力航行が可能です」
「……」
「如何でしょう?」
「……いいんじゃないか」
淡々と宇垣は了承した。
「再生順も当面予定が経っていなかったフネだ。連合艦隊も文句は言わない。アメリカも、一刻も早く救援を欲しがっている。贅沢は言えん」