第一〇八〇話、アメリカ炎上
空飛ぶ円盤がやってきて、地上の町や村を破壊する。そんなSF小説にでもありそうな光景が具現化した。
ただし、侵略するのは宇宙人ではなく、異世界人であったが。
アメリカ合衆国は有史以来、最大の危機を迎えていた。
1945年の初手に再建なった大艦隊が失われ、南米上陸軍は孤立。しかしバミューダ諸島に攻めてきた敵を、新兵器である核爆弾で撃退には成功した。
だが、異世界人――ムンドゥス帝国はそれで諦めなかった。
艦隊が近づけないなら、空中要塞――円盤兵器で本土を攻撃する案に切り替えたのだ。
これまでも重爆撃機での米本土空爆はあった。だが合衆国の空を守る戦闘機が、犠牲を払いつつも空の敵を打ち破ってきた。
しかしこの円盤兵器は、そんな合衆国陸軍航空隊をもってしても迎撃不可能であった。強靱なシールドに重装甲。これまでもロケット弾の集中攻撃でシールドを破り撃墜してきた合衆国の戦闘機だが、アステールの重装甲にまったく歯が立たなかったのだ。P-38ライトニングも、P-51マスタングも、P-47サンダーボルトも。
アステールは米軍の戦闘機など歯牙にもかけず、東海岸、西海岸問わず海上から侵入すると、都市を攻撃した。
ロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴ、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア――幾多の大都市が光線砲によって薙ぎ払われる姿は、まさにこの世の終わり。宇宙人の侵略を描いたフィクションそのものの具現化であった。
民間人も容赦なく攻撃する異世界人の攻撃は、大都市から中小の都市、田舎の町や村にまで及んだ。
アメリカの州兵、陸海軍の防衛はまるで役に立たなかった。民間人への虐殺を阻止すべく、無駄な抵抗と知りつつも出撃する合衆国の戦闘機。これらは都市部上空でアステールに挑むが、ロケット弾も機関砲もまるで効かず、実用化しつつある光弾砲もまた、円盤兵器の装甲に弾かれた。
そうして軍が抵抗している頃、アステールやコメテスは、本命とも言える米軍飛行場への攻撃を行った。
都市部に迎撃戦力が振り向けられている間に、飛行場の爆撃機をムンドゥス帝国軍は狙ったのだ。
特に核爆弾を搭載できる超重爆撃機であるB-29は徹底的に狙われ、破壊された。
そう、ムンドゥス帝国が円盤兵器による空爆に切り替えた原因はこれだ。アメリカ軍の核兵器による攻撃を警戒しそれを使わせないために、それを戦場まで運べる航空機を殲滅し、使用できなくさせること。
いずれ海上から上陸し、米本土を侵略するにあたり、核で一船団、一軍団が壊滅するようなことを避けるために、である。
ムンドゥス帝国は、米軍がバミューダ諸島で使用した核爆弾を何発所有しているか知らない。だがその使用には、B-29のような重爆が必要であることはわかっている。それゆえの飛行場ならびに爆撃機潰しである。
米軍が民間人に避難をさせつつ、都市部への無差別攻撃の対処にリソースを割かれている間に、飛行場を破壊する……。
ムンドゥス帝国の北米侵攻作戦は、これまでのところ順調に推移した。
海軍はほぼ無力化し、陸軍航空隊の牙もなくなれば、悠々と米本土上陸が見えてくる。地上の陸軍戦力も、整備されつつある無人機械兵器群に加え、アステール、コメテスの対地掃討が加われば、何十万、何百万の兵や機甲戦力があろうとも、アメリカを征服することができよう。
・ ・ ・
「――というわけで、北米も大変なのだよ」
軍令部第一部長である富岡 定俊海軍少将は、戦艦『サラミス』にやってきて、同期である神明 龍造少将にそう言った。
第四遊撃部隊は、マーシャル諸島エニウェトク環礁から奪った沈没艦艇の山を、サンタクルーズ諸島から九頭島に移送。部隊を身軽にしつつ、次の行動に備えていた。
「まさか、北米支援に連合艦隊を送る、とか言うのではあるまいな?」
神明が尋ねると、富岡は肩をすくめた。
「君、小沢長官にそう切り出してくれないか? どういう反応をするか興味がある」
「自分で言え。どんな反応か直接見えるだろう」
小沢 治三郎連合艦隊司令長官なら、今は他国を助けていられる余裕があるのか、と問い返すのではないか。
「そうは言ってもだ、このままアメリカを見殺しにすると、日本は戦わずして敗戦だぞ」
富岡は言った。日本の国力も限界が近い。資源は得られても、すでに社会の所々で歪みは表面化し、ひとたび崩れればどこまで悪い方向に連鎖するかわからない。それでなくてもここ数年、大地震に見舞われ、戦争以外のところで被害も出ている。
「連合艦隊再建も立ち行かない。燃料や兵器が足りなくなる。それでは異世界帝国の物量に押し潰される」
「……」
「状況はよろしくない。これまで我が国が再三の要請を蹴り続けてきた魔法技術――特に転移誘導弾の提供も認可された」
転移を含む技術、その扱いに関しては細心の注意が払われ、米英に対円盤兵器対策に供与や技術提供を求められたが日本は断り続けていた。
戦後の、他国にはない兵器を持つことはアドバンテージになる。それを他国に渡すことは国防にかかわる……ということなのだが、もはやそれどころではないというのを、ようやく海軍省、そして東条内閣も認めざるを得なくなった。
事態はそこまで切迫してきているのだ。
「アメリカの要請か」
「イギリス、カナダの要請でもある。かのチャーチル首相は、今こそ人類一丸となるべきだ、とのたまっていらっしゃる。……あの御仁は役者だよ」
富岡は何とも言えない顔になる。
「米国のプルトニウムを使った新型兵器……核兵器というんだが、その技術を日本、イギリスに提供するよう求め、転移弾の技術と引き換えにそれを引き出させた」
で、イギリスは日米に何を提供してくれるのか――神明は思った。
「――正直、アメリカのトルーマン大統領というのが、よくわからん男でな。チャーチルがうまいこと間に入って取りもっている感じだ。相手に直接頭を下げたくないが、仲介者がいるなら話は別、というやつだ」
「さすがのイギリスの外交力というやつか?」
神明は皮肉った。
「気をつけることだ。あの国は平気で二枚舌、三枚舌だぞ」
「だろうね。異世界帝国がやってきて滅茶苦茶になったが、その前の欧州での戦い――いわゆるドイツがポーランドに攻め込んだ件。あれもイギリスの思わせぶりな態度とポーランドの勘違いのせいで起きた、なんて話もある。……まあ、あの頃は、首相はチャーチルではなかったが」
「昔話はいいよ」
神明は切り替えた。
「それで、私のところに来たということは……あれだな。連合艦隊を動かさず、アメリカを支援できる都合のよい作戦はないかという」
「これも一つの神明参りというやつだよ」
富岡は笑った。
「で、どうなんだ? そんな都合のいい作戦、ないか?」
「お前は私を何だと思っているのだ?」
神明は呆れ顔になるのである。