第一〇七九話、帝国第七艦隊の失態
それは悪夢以外の何ものでもなかった。
エントマⅢ戦闘機が機関銃と光弾砲を浴びせても、大型の日本機はビクともしない。時速550キロを超えるスピードで真っ直ぐにムンドゥス帝国第七二空母戦隊に迫る。
重巡洋艦、軽巡洋艦が13センチ高角砲と8センチ光弾砲を撃ちまくり、敵機の周りに爆発の黒煙が上がる。光弾もまた敵機に吸い込まれたように見えたが、それらは霧散し弾かれた。
リトス級大型空母を旗艦としているモートゥス少将は、冷や汗が止まらなかった。ついでに敵機の足も止まらない。
「まるで攻撃が効かないではないか!」
激しい対空射撃の弾幕を平然と受け流して日本機は迫る。円盤兵器並みの耐久力? あれは小型アステールだ――モートゥスは息を呑んだ。
『敵機、突っ込んでくる!』
「シールド展開!」
艦長が叫ぶ。13センチ高角砲、対空機銃の迎撃を取り止め、シールドを張って
防御に徹する。護衛艦艇が空母を守るために懸命な射撃を繰り返す中、日本機――五式艦上攻撃機は空母に迫りながら減速を始める。
衝突する勢いで向かってきた日本機は、ふわりと浮かび上がり。
『敵機、直上!』
「なんだと……っ!」
モートゥスは、飛行甲板の真上にて浮遊する日本機に愕然とする。護衛の巡洋艦や駆逐艦も意味がわからなくて困惑した。
「こ、攻撃しろ!」
「シールドの内側ですよ!?」
艦長が答えた。一瞬何を言っているのか理解できなかったモートゥスだが、次の瞬間、五式艦攻がシールドを抜けて入ってきた。
「!?」
艦橋の高さのところを、敵機が降りてきた。そして五式艦攻の搭載する光弾砲が瞬く。
「うわあっ!!!」
艦橋ごとモートゥス少将と戦隊司令部は吹き飛ばされた。
飛行甲板上を浮遊しながら光弾砲を乱射する日本機は、甲板に並べられていたミガ攻撃機を破壊し、搭載爆弾を誘爆させた。機体を破壊し、飛行甲板を穿ち、格納庫へ被害が拡大。やがて艦内を爆炎が襲い、大型空母を火だるまとする。
誘導弾などの爆弾がなくとも、敵のシールドを抜けて攻撃できる重装甲の機体として開発された五式艦上攻撃機は、その能力を遺憾なく発揮。第七二空母戦隊の各空母を次々に血祭りに上げていった。
・ ・ ・
都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』。カサルティリオ総参謀長は、マーシャル諸島における戦闘報告に目を通していた。
まったくもって腹立たしい限りであった。長距離通信椅子に座り、太平洋戦域にいる親衛軍艦隊長官であるササ大将と通話を試みる。
ややして仮面の指揮官であるササ長官が出た。青みがかるホログラムのササは言った。
『何かご用かな、総参謀長』
「文句を言ってもいいかしら?」
『どうぞ』
ゆったりと椅子に腰掛けた姿のササは、表情はわからないが落ち着き払っていた。
「マーシャル諸島のことよ」
カサルティリオは冷徹に言い放った。
「戦果がまったくあがっていない。むしろ消耗を強いられている」
『そのようだな』
「あまつさえ、回収した沈没艦艇を日本軍にかっ攫われた」
冷静を装いながら、しかしカサルティリオの声音に怒りが混じる。
ムンドゥス帝国がマーシャル諸島をいまだ手放さずに艦隊一つを置いているのは、千を超える沈没艦の回収のためだった。
専用の回収母艦を失い、回収効率は低下したが、それでも諦めずにコツコツと艦艇をサルベージした。だが、それをまとめて盗まれてしまった。これにはカサルティリオも激怒である。
「帝国第七艦隊は手を出してくる日本軍に対して有効な反撃を行えず、戦力を消耗させた。この件を皇帝陛下に報告すれば――第七艦隊司令長官の更迭。最悪、処刑は免れないでしょうね」
『敵に満足に打撃を与えられず、戦力喪失は加速した』
ササもまた、マーシャル諸島の一連の戦いの報告書に目を通しているようだった。
『敵部隊を叩くために、空母機動部隊を投入――しかし逆に返り討ち。……これは、酷いな』
「最悪よ」
カサルティリオは本音をぶちまけた。
「敵を罠にかけるつもりが、逆にやられるなんて。何もしないほうが被害が出なかったまである」
現地指揮官が事態を好転させようと手を打ったら、それが最悪の結果をもたらした。空母10隻を投入したら、うち7隻を沈められてしまった。
犠牲が大きすぎる上に、日本軍にほぼダメージを与えられなかった。これがカサルティリオの怒りの導火線に火をつけたのである。せめて戦果があれば話も変わってくるが、これで成果なしだからやっていられない。
「沈没艦の件がなければ、さっさと撤退するのが最良なのでしょうけれど」
『日本軍に沈没艦艇を回収されるのはよろしくない』
「その通り」
カサルティリオは額に指を当てた。
「本国からの増援を得られない以上、敵に丸々戦力増強を許すわけにもいかない。北米侵攻作戦もあるというのに……」
『侵攻前の攻撃作戦は、順調に進んでいると聞いているが?』
ササの言葉に、カサルティリオは頷く。
「ええ、アステールが北米の町を片っ端から破壊して回っているわ。奴らの新兵器のせいで、艦隊が近づけないものね。奴らの空軍力を壊滅させ、町々を焼き払えば、抵抗手段を失い、降伏してくるに違いない」
『降伏?』
「状況が状況ですもの。資源以外にも使い道はある。新たな帝国の臣民として、三等民くらいで手を打つ。皇帝陛下も承認なさっていた」
カサルティリオはしかし眉をひそめた。
「ただ、日本軍がまだ抵抗を続けているのはよろしくない。特に大陸包囲陣を外側から崩されでもしたら、アメリカがなお抵抗するかもしれない。……ササ長官、何かよい手はないかしら? 日本軍が北米に手を出さないような、奴らを引っかき回すような作戦」
『我々を皇帝親衛軍と知っての発言か?』
ササは事務的に問う。カサルティリオは椅子の上で足を崩した。
「もちろん。つまりは、皇帝陛下のご意向というわけ」