第一〇七六話、サラミス無双
輸送船が突然、魔方陣型転移ゲートを使った時、回収指揮艦『エピスコポス』のクルーたちは不意打ちの光に目を閉じた。
光が消え、闇が戻った時、ゲートを発生させた輸送船の姿はなかった。
「報告!」
エピスコポス艦長が、ただちに状況確認をさせる。
『本艦に異常なし!』
『魔防シールドは正常に作動中』
敵が転移ゲートを使用して、どこぞへ転移させる戦術を使ってきた場合に備えて、ムンドゥス帝国艦は魔防シールドで強制転移を防いでいる。
回収指揮艦には何らダメージはなかったが、回収部隊司令官のマナハ少将は切羽詰まった様子で叫んだ。
「回収したフネは!? あたしらが回収してきた沈没艦は!?」
艦長もハッとする。あの不審船が魔法陣型転移ゲートを使った理由を察したのだ。
『こちらライトウイング。スクラップの山がありません! て、転移した模様!』
右舷見張り所からの報告に、マナハは歯噛みした。なんてっこった――!
「奪われた! 沈没艦を、全部!」
日本軍の潜水艦の妨害にも負けず、多くの犠牲を払いつつようやく集めた沈没艦艇が、まんまと日本軍に持ち去られた。
大西洋に回収艦艇を送ることが決まった矢先の出来事である。
これまでの苦労と失われたものの大きさに、マナハは足元がふらつきそうになった。いや、ふらついた原因は別にある。
『敵戦艦、健在! 護衛艦『フラーグム』、爆沈!』
「取り舵! 主砲回頭! 砲戦用意!」
艦長が叫んだ。
敵の戦艦は、沈没艦艇を回収する輸送船の護衛と注意を引く囮ではなかったのか。だから目的のものを回収すると同時にゲートに乗って輸送船と離脱するのが自然だと思ったのだが。
ナガトクラスにも似た敵戦艦――『サラミス』は、エニウェトク環礁内にいて、どういう理屈かわからないが、在泊する工作艦や護衛の駆逐艦を破壊している。
「艦長! 退避しな! 戦艦相手じゃ相手にならない!」
マナハは大声を発した。艦長も声を張り上げる。
「わかっております!」
回収指揮艦『エピスコポス』は、充実な指揮機材と一応のサルベージ機能を持つが、武装に関しては15センチ単装砲3門と、8センチ光弾砲2門しか積んでいない。これでは戦艦どころか巡洋艦と戦うのも厳しい。そもそも装甲の時点で話にならないのだ。
・ ・ ・
回収輸送船『ロカユ3号』は、搭載された魔法陣型ゲートを使用。その光は、異世界帝国軍が回収した沈没艦艇の山を巻き込み、そして転移させた。
戦艦『サラミス』の艦橋にいた第四遊撃部隊司令官、神明 龍造少将は、ロカユ3号がゲートと共に転移する一方で、自艦がエニウェトク環礁に残っているのを確認し、口角を上げた。
「魔防シールドはきちんと効果があるようだ」
異世界帝国艦隊がシベリア送り――転移戦法を受け付けなくなった原因は、何らかの新装備かと思われたが、彼らの艦艇に装備された魔法的効果を遮断するシールドによる効果であることを突き止めた魔技研。その報告を受けた神明は、さっそく異世界帝国戦艦から移植した魔防シールドを使用した。
結果はゲートの効果範囲にありながら転移せずに、現在位置をキープしていた。
「実験は成功だ。ついでにエニウェトクの敵回収部隊を掃討する!」
戦果拡大の好機とばかりに、戦艦『サラミス』は主砲、高角砲の転移砲をフルに使い、環礁に残る異世界帝国船舶、艦艇を攻撃した。
35.6センチ弾、12.7センチ一式障壁弾が転移し、防御シールドの有無関係なしに直撃し、敵艦を吹き飛ばす。特に一式障壁弾の障壁展開効果が非防御船体を両断し、たかだか二発の直撃で輸送船や駆逐艦を引き裂いた。
本来数発から十数発は消費して沈めなければならない艦艇も、当たればほぼ大破、沈没なのだから費用対効果が凄まじい。
異世界帝国艦も、軽巡級や駆逐艦級の砲で反撃するが、防御障壁を展開している『サラミス』には、その装甲にすら砲弾が届かなかった。
転移砲は、シールドをすり抜けて直接当たるため、防御障壁を展開しながら撃ちまくることができる。仮に、シールドを張っていなかったとしても、軽防御の『サラミス』の装甲を抜けることはできなかっただろう。
もっとも。
――この『サラミス』の重防御区画には、内張のシールドを張っている。
障壁、装甲、障壁の三重防御は、強固な防御性能を持ち、敵の転移弾に対しても、直撃轟沈は避けられる設計となっている。
戦艦『サラミス』は、旧式戦艦の大改装艦ながら、エニウェトク環礁を我が物顔で突き進む。
まさに戦艦。戦場の女王たる面目躍如。異世界帝国艦艇はまったく歯がたたず、一方的に殲滅されていく。
回収部隊の指揮艦である『エピスコポス』もまた、『サラミス』の35.6センチ砲を撃ち込まれて大破。さらに撃ち込まれた砲弾が機関を破壊し、爆発、転覆した。
『敵小型艇、環礁外に脱出しつつあります』
魔核制御する佐々倉 雪乃中尉が、『サラミス』の索敵装置が捉えたそれを報告する。神明は口を開いた。
「深追いの必要はなし。作戦終了だ。全艦に離脱指示を出せ」
『了解』
出口が近い南水道には防潜網が設置されており、他にも仕掛けがあるかもしれない。哨戒艇やタグボートを追いかけて、余計なリスクを背負う必要はない。
それに環礁の外を警戒している敵艦隊も、中での騒動を聞きつけて急行中であろう。目的は達成したので、ここで撤退する。
・ ・ ・
「くそっ……!」
ムンドゥス帝国第七艦隊、エニウェトク環礁警戒部隊司令のベックス少将は、炎上する飛行場と、環礁内で沈没、転覆している友軍艦を見やり、顔面蒼白であった。
「外の奴らは、陽動だったのか……」
彼の指揮する西部隊は、日本軍巡洋艦艦隊にまんまとつり出され、守るべき回収部隊をやられた。
この失態の責任を誰が取るのか? そんなものは決まっている。エニウェトク環礁警戒部隊の司令官たちだ。西部隊を率いるベックスもまたその責任を負わされる者の一人である。
「……日本軍め!」