第一〇七三話、焦る帝国第七艦隊
「何の成果も上げられませんでした、では済まないのだ」
ムンドゥス帝国第七艦隊司令長官、アゴラー中将は苛立ちを露わにしていた。
「敵戦艦一隻に、我が第七艦隊が翻弄されている! たった一隻に!」
日本海軍の戦艦――『サラミス』に哨戒艦がやられ、警戒部隊がやられ、とうとう前衛拠点へ送った船団が護衛ごと全滅した。
やられる前に送られてきた通信では、海から現れた長門型に似た戦艦に攻撃されているというものばかりで、駆けつけた第七艦隊の討伐部隊がこの敵戦艦を攻撃した、もしくは捕捉したという報告はなかった。
「長官、お言葉ですが――」
作戦参謀が言いかけ、しかしアゴラーに睨まれたために口を閉じた。そのアゴラーはため息をついた。
「いい。言いたまえ」
「はい。敵は単艦で行動しているようですが、1隻だけとは限らないのではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「敵の戦艦は3、4隻いて、それらがバラバラで行動している可能性です。敵が神出鬼没なのではなく、ある程度のテリトリーを持って動いているのかもしれません」
「つまり――」
参謀長のポレックス少将は口を開いた。
「敵は潜水艦を戦艦に置き換えて、我々に攻撃を仕掛けている。貴様はそう言いたいわけだな?」
「はい。まだ証拠はありませんが、これが1隻であれば、まさしく海の亡霊です」
「敵は転移を使う」
アゴラーは、亡霊など馬鹿馬鹿しいと首を横に振った。
「神出鬼没な行動も一応説明はつく」
「しかし長官。相手が1隻なのと複数では、こちらの対応も変わってくるのでは?」
ポレックスが言えば、アゴラーは鼻を鳴らした。
「沈めてやらねばならんのは同じだ」
このまま第七艦隊の被害だけ増えているのは、司令長官としてのアゴラーの身を危うくするどころか、艦隊全体の評判にも傷がつく。
「厄介なのはそれだけではない。マロエラップを攻撃した敵の新型攻撃機……」
防御シールドの部品交換の間に襲われた不運かつ悲劇的な攻撃であった。あれのおかげでウェーク方面の前哨警戒拠点であるマロエラップの設備を失い……先日の船団壊滅に繋がった。
基地の転移ゲートが生きていれば、道中襲撃されて船団が全滅することもなかったかもしれない。
「航空参謀、あの新型について情報はないか?」
「シールドが恐ろしく強力なくらい、でしょうか。我が軍のアステールほどではないですが、相当タフな機体でこちらの攻撃では撃墜できませんでした」
「それについてはもう報告されている。それ以外のことだ。たとえばどこから飛んできたのかとか、大型機らしいが、空母で運用ができるのかどうかとか……」
「空母、ですか?」
ポレックスが首をかしげれば、アゴラーは言った。
「アステールやコメテスだって海氷空母で運用できるだろう? 日本軍にも同様の装備はあると聞いている」
「ではマーシャル諸島の近くに敵の海氷空母などの空母戦力が存在する、と……?」
「索敵機は掴んでいないが、その可能性は捨て切れない」
アゴラーは宙を睨んだ。
「そうでなければ、トラック、あるいはラバウル方面から飛ばしてきている、ということになるが――」
トラック諸島はともかく、ニューギニア、ラバウル方面ともなると、こちらの偵察機では少々遠い。
「どこから飛んでくるにしろ、新型が現れたら撃墜できませんでは済まない」
「そう頻繁に現れないところからすると、まだ使用は限定的な、あるいは試作機かもしれません」
ポレックスは言った。
「まあ、落とせなければあまり意味はないですが」
「そうだ。頻繁に現れようが、毎日来ようが撃ち落とさねば被害が拡大していくだけだ。航空参謀、例の新型への対抗策を早期にまとめろ。あれにやられっぱなしというわけにもいかない」
「承知しました」
航空参謀は首肯した。しかしそれは円盤兵器アステールを撃墜するのと同じくらい、困難な話だ。そんな無敵飛行要塞を、日本軍はバンバン落としているのだから恐ろしい。
神出鬼没な日本軍襲撃艦への対策をあれこれ司令部では話し合われる。すでに駆逐艦の数の不足が見え隠れしており、敵の戦艦が潜水可能という時点で、面倒さが跳ね上がっている。
通常の洋上襲撃艦なら、離れたところから空母艦載機を出せば大方ケリがつく。航空機の行動範囲外に出る前に空母艦載機の反復攻撃で撃沈というのがオチだからだ。
だが海に潜られば追尾が難しい。洋上航行中の潜水艦を襲うのとは耐久性は雲泥の差であり、奇襲で一発当てられればほぼ終わり、ということもない。
ムンドゥス帝国軍は地球側の潜水艦を多く撃沈してきたが、潜航型戦艦を撃沈したことはこれまで一度もなかった。
だがやらねばならない。
攻撃が集中しているクェゼリン、ウォッゼ周辺、やや放置されているとはいえ警戒線のあるメジュロに対して、警戒網の強化が進められるのであった。
・ ・ ・
第四遊撃部隊の襲撃は、帝国第七艦隊の戦力を削り、一方で第四遊撃部隊の無人艦の数を増やした。
戦艦『サラミス』、そして工作空母『コンステレーション』の五式艦上攻撃機の襲撃により、異世界帝国軍艦艇は次々に沈められた。
戦艦キラーとして配置され、『サラミス』を追った第七艦隊の戦艦や空母も、敵艦に追いつけず、潜水からの逆襲、あるいは五式艦攻の横槍で撃沈。
呂441潜水艦に回収された沈没艦は次々に再生され、第四遊撃部隊は、戦艦4、空母3、重巡洋艦5、軽巡洋艦8、駆逐艦35、潜水艦9、輸送船、タンカーなど9に及んだ。
サンタクルーズ諸島の仮泊地で魔核による補修再生を行っている戦艦『サラミス』で、遊撃部隊司令の神明 龍造少将は、特務水上機母艦『瑞穂』搭載の飛雲水上偵察機の報告を吟味しつつ、次の攻撃目標を決める。
「次は、エニウェトク環礁……」
異世界帝国のマーシャル諸島展開する部隊の中で、一番西に位置し、中部太平洋決戦の沈没艦回収の拠点となっている場所である。
「そろそろ、刈り時だろう」