第一〇七二話、高速戦艦の船団狩り
マロエラップの飛行場が壊滅した。五式艦上攻撃機小隊により行われた攻撃の戦果だが、第四遊撃部隊の神明 龍造少将は首を捻る。
「防御障壁を張らなかったのか」
牽制攻撃のつもりで仕掛けさせたら、基地を完全破壊してしまい、拍子抜けしてしまった。
「マリアナの航空要塞でさえ、防御障壁を張れるのに」
それで空襲や奇襲に対して、一撃で飛行場が使用不能になるという事態は避けられる。実際、先のマリアナ諸島を巡る戦いでも、基地航空艦隊は戦いの終盤にも攻撃隊を繰り出すことができた。
基地にシールドを展開するのは、異世界帝国軍が本家だったはずだが……。
――先のマーシャル諸島襲撃での復旧がそこまで進んでいないのか。
たまたまアクシデントで防御障壁を張れなかったのかもしれない。
「二度は通用しないだろう」
クェゼリン、ウォッゼ、エニウェトクの各基地は、五式艦攻などの空襲を警戒して、迎撃機を上げるのはもちろん、今度こそシールドで守るに違いない。
神明は改装高速戦艦『サラミス』に乗艦して、マーシャル諸島内を進む。
基準排水量1万9500トン。全長173.3メートル、全幅24.7メートル。機関出力4万馬力、最大速度23ノット。
予定されていた主砲はアメリカ製の45口径35.6連装砲四基八門。サイズは弩級艦クラスだが、歴とした超弩級戦艦である。規模にしては装甲が薄めで、それが排水量の少なさの一因である。
これを魔技研――というより神明が魔核を利用して大改装を施し、装備がほぼ一新されている。速力発揮に有利なように全長を延長し、高速化に備えて船体構造の強化。排水量は2万トンになった。
機関はマ号潜用のマ式機関を搭載し、6隻分計18万馬力が発揮可能。速度は36ノットという戦艦でいえば相当な暴れ馬、高速巡洋艦並みのスピードを獲得している。
主砲は、日本海軍の金剛型以降が装備する35.6センチ連装砲を、最新技術で改造。転移砲身、水中対応砲塔化したもので――一応の予定では、撃沈されてしまっているが戦艦『山城』用に計画されていたものであったりする。
そんな『サラミス』は、現在、マーシャル諸島内にあって海の中に沈んでいた。その頭上を、護衛艦に警護された輸送船団が通過している。
『輸送船6、巡洋艦3、駆逐艦5。速度11ノットで、マロエラップに向かいつつあります』
戦艦サラミスを魔核制御する能力者、佐々倉 雪乃中尉が報告した。神明は佐々倉の傍らから彼女の見ているそれを見やる。
「マロエラップ。やはり基地間の転移ゲートが使えないから、直接向かっているのだろう」
『そうなのですか?』
成人はしているが、童顔の佐々倉は尋ねた。
「最近の異世界帝国は、輸送船を転移ゲートで運ぶ方法を覚えたらしい」
だから敵の通商ルートを狙った待ち伏せなどが非常に難しくなった。前線の艦隊や基地に直接転移で移動するとなると、潜水艦などが通商破壊戦を仕掛けることさえ困難になるのだ。
「今回の場合は、その転移ゲートがマロエラップにないから、ああして直に船団を動かしているのだろう。マロエラップの再建か、あるいは生存者の収容、撤退のためかは知らないが。……佐々倉」
『はい……』
嫌な予感がする、と一瞬顔を引きつらせる佐々倉。神明は彼女の座る椅子の近くに手をつき、頭上を通過する敵艦を見上げた。
「あれを襲撃する」
『はい』
半ば諦めの境地の佐々倉である。神明は補助シートにつき、端末を操作した。
「砲術はこちらがもらう。艦の制御と索敵に注力しろ」
『了解』
戦艦『サラミス』は海中をゆっくりと移動を開始する。水中対応砲塔の35.6センチ連装砲が旋回をはじめ、仰角を上げる。
さらに転移砲身付きの12.7センチ連装高角砲六基もまた、それぞれの目標へと指向する。
「各砲、自動追尾――発射」
『……』
神明は静かに攻撃を告げた。佐々倉は、砲術制御盤を操作する神明が護衛の巡洋艦3隻と駆逐艦5隻すべてを狙いをつける光景を目の当たりにし呆然とする。
一度狙いが定めれば、魔核の砲撃制御が自動で追尾するとはいえ、最初の狙いをつけるまでは神明の能力、すなわち人力であり、その8つの目標を同時に照準に収めた速さは驚嘆ものである。
海面で轟音が連続し、佐々倉は魔核にソナーのボリュームを下げさせた。神明の見つめる砲術制御盤上には、8つの目標すべての転移砲弾が命中したと表示される。
「佐々倉、浮上開始だ。次は輸送船を沈める」
『りょ、了解』
戦艦『サラミス』は重力バラストを操作し、海面目指して浮かび上がる。
その間にもまだ動いている敵護衛の巡洋艦に神明は次弾を撃ち込んで、トドメを刺した。駆逐艦は、高角砲に装填された一式障壁弾によって、一撃で船体を両断され初弾の時点で戦闘不能どころか航行不能となっていた。
輸送船6隻は周りの護衛艦艇が全滅し、右往左往している。
『間もなく海面です』
「輸送船の側面につけろ。直接狙う」
『了解』
潜水していた『サラミス』のマスト、そして艦橋が波を裂いて浮上する。大破した艦艇の間を抜けようとする輸送船の姿が千メートルほど先に見えた。『サラミス』の主砲が旋回し、神明は直接輸送船を狙う。
「狙いは機関室」
船のシルエットを見れば輸送船や貨物船の機関部がどこにあるかは見当がつく。
「伊達に何百隻と船の構造を見てきたわけではない」
魔技研の軍艦、民間船舶問わず眺めてきた神明である。
「転移砲は狙った部位に当てられるのが利点だ」
船倉に積まれている物資は鹵獲対象なので、そこは外す。一番主砲を発射。波に揺れる輸送船。そのブリッジのある船体中央に転移弾が命中、貫通して機関室を破壊、爆発する。
「命中、次」
航行不能を確信し、神明は他の輸送船へ狙いをつける。彼らを護衛する艦艇はすでにない。最大速度13~15ノットほど船では、36ノット強の高速戦艦から逃げられるはずがない。そもそも、数千メートルの範囲内に『サラミス』が存在している以上、その主砲射程から逃れられるわけがなかった。
『対空電探に反応。敵と思われる航空機の反応あり』
「偵察機か?」
『いえ、攻撃隊のようです。およそ10から20機』
基地航空隊が駆けつけるにしてはやや早いか。あるいは空母が近くにいたか、船団の援護かもしれない。
「潜航だ。こちらはゆっくり沈没船舶を回収しよう」
神明は告げた。戦艦『サラミス』は敵船団を全滅させ、海中にその身を没した。駆けつけた異世界帝国軍航空隊は、船団も敵の姿も見つけることができず、途方に暮れるのであった。