第一〇七〇話、消える哨戒艦
2月22日を過ぎた辺りより、マーシャル諸島に展開するムンドゥス帝国軍帝国第七艦隊は、消息不明艦が相次いだ。
帝国第七艦隊の司令長官、アゴラー中将は旗艦『アンヌス』の作戦室で海図を見下ろしていた。
「結局、これは日本軍の攻撃なのか?」
「おそらくは」
ポレックス参謀長は眼鏡を吊り上げ、部下からの報告をまとめたリストを睨む。
「こうも立て続けに通信が途絶えて、行方がわからなくなるということは常識から考えても事故の類いではありますまい」
「やられているのは哨戒任務中の艦か」
アゴラーの目だけが動いた。
「敵は潜水艦か?」
「可能性は高いでしょう。目撃情報はありませんが」
参謀たちも押し黙る。そもそも何があったのか目撃している者がいれば、相手の正体もわかっていただろう。
「奴らの潜水艦の静粛性は恐ろしく高いようだ」
司令長官は低い声を出した。
「これは我が軍のマーシャル諸島の基地化に対する妨害作戦と見るべきか」
「二千艦隊の壊滅。続くマリアナ、トラック沖の戦いで、日本海軍も相応のダメージを受けているのでしょう」
ポレックスは顔をしかめる。
「情報部の見解ではありますが、ここ最近の消失事件が敵の攻撃であるなら、事実と見てもよいかもしれません。日本軍は再びマーシャル諸島へ仕掛けてこれるほど、戦力が回復していない」
いっそ――参謀長は背筋を伸ばした。
「今、トラックに攻め込んだら、あっさり攻略できるかもしれません」
「……我々の任務は、マーシャル諸島の防衛だ」
アゴラーはきっぱりと告げた。
「たとえ今が狙い目だったとしても、マーシャル諸島を離れるわけにもいかない」
トラック諸島に戦力を投じている間に、マーシャル諸島が叩かれ、基地化がさらに遅れるようなことになれば誰が責任をとるというのか。それは俺だ、とアゴラーはわかっている。だからこそポレックスの指摘に乗ることはできなかった。
「我が艦隊は日本軍の逆襲に備え、現状を維持する。それに変更はない」
「はっ」
参謀たちが踵を鳴らした。頷いたアゴラーは再び視線を海図に落とした。
「が、ここ最近の不明事件が日本軍の仕業であると仮定すれば、もうすでに逆襲は始まっているかもしれない」
たかが数隻、などと侮ることはできない。すでに喪失艦艇は10隻を超えている。
「駆逐艦や潜水艦ばかりとはいえ、このまま毎日減らされ続けては1カ月で駆逐艦も潜水艦も半減してしまう。そこを本格的に攻められようなら、戦いにも影響する」
「対策としましては、哨戒にも複数で行動させ、相互援護ができる状態にします」
ポレックスは発言した。
「消失事件の真相もわかるでしょう。仮に日本軍の攻撃だったとしても、こちらの哨戒線をかいくぐり、襲撃しているのは極小数でありましょう。敵の正体がわかれば討伐部隊を編成し送り込めます」
「よろしい。哨戒に駆逐艦を割かれるとことになるが、このまま失い続けるよりはいい」
第七艦隊本隊の護衛につく駆逐艦が減るが仕方がない。アゴラーがそう決断した時、作戦室に伝令兵が駆け込んだ。
「失礼します! 哨戒中の第七十五巡洋戦隊が、敵戦艦と遭遇。撃沈されました!」
「なに?」
「戦艦――!?」
司令部が騒然とする。伝令兵によれば、索敵飛行中の哨戒機が警戒航行中のプラクス級重巡洋艦2隻の戦隊が撃沈されたのを目撃。レーダーはさらに、近くに所属不明の戦艦が航行しているのを発見した。
「哨戒機からの報告では、日本海軍のナガトクラスと思われる戦艦だったとのことで、しばらくして潜航したとのことです」
「潜水型戦艦……」
アゴラーが呟けば、ポレックスは唸った。
「日本海軍の識別表では、ナガトクラスは標準型戦艦より前の旧式だろう? 連中、そんなものまで引っ張り出してきたのか」
「参謀長、消失事件の犯人は、この潜水型戦艦ではないか?」
司令長官の言葉に、ポレックスは眉をひそめる。
「可能性は高いでしょうな。これまで小物ばかり狙っていたのに飽きて、大型艦に手を出すようになったのか……。ともあれ哨戒機に目撃されて正体を明かすことになったようですが」
「敵が戦艦となると、ハンターグループにも戦艦が必要になるな」
水中の敵には戦艦はほぼ無力だが、小型艦で攻めれば浮上して砲撃で返り討ちにされる。戦艦に対抗するなら戦艦。あるいは航空機で仕掛けるしかない。
「何とも厄介な相手です」
ポレックスは言った。
「敵が単艦とはいえ、潜航できる戦艦ともなれば、ただ哨戒機を増やせばいいというものではありません。水上哨戒部隊も、戦艦を回す必要が出てきますが、敵がどこにいるかわからない以上、戦力を分散させねばなりません。……最悪、各個撃破される恐れもある」
「まるで通商破壊戦のようですな」
航海参謀が口を開いた。
「敵は少数なのに、こちらは多数の艦艇を分散しなければいけません。その上で敵を撃沈できるよう効率よく配置しなければいけない……」
「少数でもできる効率的な作戦だ」
アゴラーは嘆息した。
「恐ろしく時間がかかるが」
・ ・ ・
「――敵は、『サラミス』の移動方向に吊られているようです。こちらの周りに、スクリュー音なし」
聴音手の報告に、呂号潜水艦441の潜水艦長の島田大尉は口元を緩めた。
「ようし、今のうちに『サラミス』が沈めた敵重巡をキャプチャーする。……今日は比較的大物だな、先任」
「そのようで」
椎葉先任士官は答えた。
「これまでは小型艦ばかりでしたからね。……いよいよ我ら『怨霊艦隊』に重巡洋艦が加わるわけですね」
「なんだ、先任。怨霊艦隊って」
島田が問うと、椎葉は照れ笑いを浮かべた。
「いや、幽霊艦隊だか亡霊艦隊というのはすでにあるそうなので、他のそれっぽい名前がないかと考えたのでありまして」
「あまり仏さんを蔑ろにするようなことは口にするなよ。縁起でもない」
そう釘を刺しつつ、島田はマ式ソナーによって映し出される沈没艦――敵プラクス級重巡洋艦の残骸回収の様子を見守るのだった。