第一〇六八話、休まねば、人もフネも動かず
連合艦隊は、中部太平洋を異世界帝国から防衛した。マーシャル諸島を奪回するところまではいかなかったが、マリアナ諸島、トラック諸島を守り切った。
しかし中部太平洋決戦からの連戦で、稼働艦艇の大半が無理がたたり、本格的な整備、休養が必要な状態となっている。
こんな状況で異世界帝国が本格的な攻撃を仕掛けてきたら、対抗できるのは第九艦隊と基地航空隊、そして地方の警備部隊を主力にしないといけないほどであろう。
「まったく、将官ともなれば忙しいものだと思ったのだが――」
白衣を纏ういかにも科学者という出で立ちの紳士は言った。
「君は暇そうだね、神明君」
軍属である坂上 吾郎博士は眼鏡のブリッジを軽く持ち上げる。
九頭島の地下秘密工場。表向きは武本重工業の敷地の研究施設ということになっているその場所に、神明 龍造少将はいた。
「たまの休暇ですから、暇そうに見えるのも仕方ありません」
「しかし、君はいつ見ても軍服だね。休暇なら実家に帰るとかさ、すればいいのに」
「実家に帰っても一人ですから」
「その歳で所帯を持っていないとは、信じられないな。海軍軍人といえば、スマートが売りで人気商売だというのに」
「軍人を商売と思ったことは一度もありませんよ、博士」
「言葉のあやだ。……それで家に帰っても一人だから、軍関係の施設に来ているわけか」
「今後の作戦やら、部隊のことやら、色々考えてしまうので、それなら軍人でいるほうが面倒がなくていいと」
「フン、仕事一筋。まあ日本人の美徳でもあるな。家庭を持たないのなら特に」
坂上は煙草を取り出す。
「マッチはあるか?」
「私が吸わないのは知っているでしょう」
神明が指を立てると、その先に小さな火がゆらめいた。
「ああ、すまない……。魔法というのは便利だな」
肺一杯に吸い込み、そして坂上は紫煙を吐き出した。
「時々忘れそうになる。君が魔法使いだってことを」
「案外、日常生活では使う機会がないですから」
神明は視線を転ずる。地下資材置き場という名の回収艦艇保管庫の様子を眺める。その視線の先を追いながら、坂上は口を開いた。
「それで、今回は何をお探しかな?」
「この資材置き場もだいぶ整理されてきたんじゃないですか?」
「無人艦隊をしこたま作ったはいいが、中部太平洋決戦とやらで沢山沈んだ。あれから海軍は、使えるものは何でも使う体でよさそうなのをドンドン再生させているからな。……と、話を逸らすなよ」
「マーシャル諸島の敵を攻撃するのに何か使えるものがないか見にきたんですよ」
「君は第一遊撃部隊の指揮官だろう? こんなところでスクラップ探ししなくても、充分過ぎるほど戦力が充実していると思うが」
「いま軒並み、整備もしくはオーバーホール中ですよ。すぐに動かせる艦はほとんどない」
連戦、また連戦だった。他の部隊に比べて被害が少なかった第一遊撃部隊だが、酷使もたたって機器のメンテナンスや交換などしっかりやらねばならなかった。インターバルが短いまま無理やり出撃を繰り返し、いかに魔核で消耗を再生させられるとはいえ、限度というものはあった。
「――とはいえ、異世界帝国さんは当分こちらにはこないのだろう、神明君」
坂上は言った。
「敵さんは、北米侵攻に目が向いているそうじゃないか」
「だからと言って敵が仕掛けてこないという保証はありませんよ、博士」
神明は正直だった。
「日本海軍を牽制するために、小部隊を使ったヒットエンドランをやってくるかもしれない。私がやろうとしていることは、敵もまたやってくるんじゃないですか」
「……」
「これでも遊撃部隊の司令官なので」
そう付け加え、神明は振り向いた。
「博士、あなたはそれほど軍艦には詳しくないとは思いますが、アレ、何のフネかわかりますか?」
神明が置き場の一角に鎮座する軍艦を指さした。
「ん、どれ?」
「あの金剛型を縮めたようなスタイルの、ドイツ艦のような船体の。でも主砲がアメリカ製のようなあれです」
「あー、そういえばそんな戦艦があったな。違うかもしれないが、記憶にある。ギリシャがドイツのフルカン社に発注したもので、確か『サラミス』だったかな。ドイツ製船体にアメリカ戦艦の主砲を載せたってので思い出した」
「あれがそうですか。しかしギリシャの『サラミス』は第一次世界大戦中に建造中止になったような」
記憶を呼び起こす神明。ギリシャ向けに作っていたが、第一次世界大戦の勃発で、ドイツが接収。しかし予定したアメリカ戦艦砲が届かないので、建造が中止されたはずだ。
「異世界帝国の物好きが、地球側資料で作ったやつだよ。……確かゲラーン・コレクションとか資料に書かれていた」
なるほど、と神明は頷いた。地球製の戦艦を再現した異世界帝国軍の変わり者。それが作った多数の軍艦と、日本海軍は何度か矛を交えた。
「それはわかりましたが、何であれが改装もされずに放置されているんです? 我が海軍なら、機関と砲を換装して大型巡洋艦として戦力化しそうなものですが」
「さあ、私に聞かれてもわからんな。それは私の担当じゃない」
坂上ははっきり言った。
「大方、姉妹艦のない単品だったから、他のセットで使えそうなやつが優先されたんじゃないか? ……使うの?」
「せっかく暇なので、ちょっと実験に使ってもいいかもしれません。最近、魔力を使うこともなかったので、少し鈍っているのもありますし」
神明は踵を返した。坂上も後に続く。
「ちなみに保管されている艦を使う許可はとってあるんだろうね?」
勝手にやれば軍の備品の窃盗でお縄である。
「もちろん、小沢長官にも軍令部にも許可はもらっていますよ」
信頼してくれる上官と、同期の友人に感謝である。用意周到な――否、ここに来て、こういうことになると予想していれば、予め準備しておくのは当然であった。
「実験用の魔核、あります?」
神明は尋ねた。坂上が案内し、必要なものを揃えて歩いていたら、二人の後に段々と魔技研の関係者がついてきて、終いには数十人のギャラリーとなっていた。
魔技研にその人ありと言われる『魔術師』である神明 龍造が魔法を使うと聞いて。