第一〇六六話、中部太平洋の制海権
日本海軍第六艦隊の待ち伏せは、異世界帝国軍の増援部隊を返り討ちにした。
マロエラップ経由の紫光艦隊コミコス隊を第二、第四潜水戦隊が、エニウェトク経由の増援には第七、第二十一潜水戦隊が待ち伏せ、集団戦術による魚雷網で異世界帝国艦艇を血祭りに上げた。
新型の五式誘導魚雷は、異世界帝国軍の使用する貫通魚雷同様、命中カ所を大きく抉り、敵艦を次々に海に沈めた。
果敢に反撃すべく敵駆逐艦が対潜戦闘を仕掛けようとしたが、二撃目はこうしたハンターを狙って魚雷が撃ち込まれた。反撃の芽をつまれ、異世界帝国艦隊に為す術がなくなった時、三撃目が放たれ、その艦隊戦力は半壊した。
コミコス隊は戦艦4隻、重巡洋艦5、軽巡洋艦6、駆逐艦19を喪失。エニウェトクからのもう一隊も、戦艦4、重巡洋艦6、軽巡洋艦6、駆逐艦17を失い、残存艦は撤退するしかなかった。
ここにマーシャル諸島を巡る一連の戦いは集結した。
日本海軍の夜間挺身隊と第六艦隊は戦線を離脱。残された異世界帝国は主要拠点を完膚なきまで破壊され、残っているのは一定の島に配置された監視施設のみという有様だった。
飛行場は破壊され、その航空戦力は稼働機ほぼなし。防衛艦隊も全滅であった。
マーシャル諸島の海上、航空戦力はなくなり、陸上に守備隊が残る程度。もはや戦略上、無力化されたに等しかった。
・ ・ ・
都市戦艦『ウルブス・ムンドゥス』。ムンドゥス皇帝は太平洋から地中海へ戻っていた。
彼の目は北米攻略計画に移っていて、北米包囲作戦について進捗を確認していた。
カサルティリオ総参謀長は報告書を手に報告する。
「――アメリカ軍が使用した新兵器につきましては現状解析中ではありますが、我々の人体には大変危険なものであり、この兵器を大量に用いてきた場合、もはや戦線の維持など論外。我々には勝ち目はありません」
あまりにはっきりというカサルティリオ。説明を聞いていた皇帝の重臣たちは、皇帝の機嫌を損ねるのではないかと気が気でなかった。
事実、ムンドゥス皇帝は心なしか険しい顔のまま。しかし口を挟まず、説明に耳をかたむけていた。
「しかし現状、アメリカ軍においても完成したばかりの兵器であり、数は多くないようです。しかも、その新兵器を用いるには大型爆撃機の力を借りねば使用できません。であれば、我々のとるべき対応はおのずと決まってきます」
カサルティリオは答えを披露した。
「敵重爆撃機は、艦隊や戦線に近づける前に片っ端から撃墜する。また地上の飛行場にいる間、確認される重爆撃機を全て破壊してしまえば、アメリカ軍も新兵器を我々に使うことができません」
「なるほど。新兵器自体をどうするではなく、その輸送手段を奪うか」
ムンドゥスが告げれば、カサルティリオは一礼した。
「御賢察の通りです、陛下。敵の新兵器に対する防御手段が確立されるには時間もかかりましょう。であるなら、使わせなければよいと考えます。現状、敵の新兵器の配備状況がわかりませんが、それを運ぶ爆撃機がなければ、奴らの好きにはできません」
「ふむ。実にもっともな話だ。が、それは果たして実行可能か?」
「もちろんです、陛下」
総参謀長は自信を漲らせた。
「我々には艦隊防空に新型のエントマⅣ戦闘機がございます。これは対航空専用の光弾砲を四門に増強した重攻撃型高速戦闘機です。頑丈な重爆撃機をたやすく追い抜き、その圧倒的火力で蜂の巣に致します」
魔力式エンジンで飛ぶ限り、高高度であろうと関係ない。アメリカ軍の重爆撃機――B29といえど、敵ではない。
そして――
「航空攻撃要塞アステールは長い航続距離と重装甲、そして優れた対地攻撃能力があります。すでに我らが作戦課は、アステールの集中使用による北米大陸飛行場の殲滅作戦を立案、準備を進めております。皇帝陛下の裁可をいただけましたらば、北米の空を皇帝陛下に献上致します」
「ふっ、そうか」
ムンドゥスは玉座に身を預けた。
「よろしい、やってみるがいい、カサルティリオ」
「ハッ、必ずや皇帝陛下に勝利を!」
・ ・ ・
ムンドゥス皇帝に北米作戦の進捗を説明したカサルティリオは、司令部へと足を向けた。
そしてそこに仮面をつけた男が待っていた。
「ササ長官」
『報告ご苦労』
親衛軍長官のササ大将は、そう僅かな労いを見せた。
『報告ついでに、あまりよろしくない話をしよう』
「あなたの報告で、よかったことなんてあるのかしら?」
カサルティリオは、どこか女を感じさせる調子で言うと自身の執務机に資料を乱暴に置いた。
「太平洋の件かしら?」
『マーシャル諸島の我が軍がほぼ無力化された』
ササの言葉に、椅子に座ったカサルティリオは深々とため息をついた。
「ドラック諸島の攻略に失敗したならまだしも、どうしてマーシャル諸島がやられているのよ……」
戦線はマリアナとトラックだったはず。それが何故マーシャル諸島に敵の攻撃の手が及んでいるのか。理解が追いつかない。日本海軍には、それだけの戦力が残っていたというのか。
「今、我が軍は対米戦に集中したい」
カサルティリオは言葉を吐き出したい。
「中部太平洋の侵攻は、日本海軍に戦線後退を強いて東部太平洋での作戦進行をスムーズにさせたいという意思があった」
『それだけではあるまい?』
「中部太平洋に沈んだ艦艇」
カサルティリオは天を仰いだ。
「千隻を超える沈没艦の回収……。本国や他の世界からの支援を絶たれた以上、あれを放置しておく理由はない。トラックはともかく、マーシャル諸島は回収拠点として手放せない」
自軍の回収部隊に大きな被害が出て、回収競争は日本海軍が一歩リードしている。マリアナやトラックを制圧し、ウェーク島を確保すれば、中部太平洋はムンドゥス帝国の勢力圏となり、日本海軍の回収効率を大幅に下げられるという目論見もあった。最善はマリアナ諸島を落として日本本土空爆であったが、それも果たせない今、非常に苦しい状況である。
「何としてもマーシャル諸島は確保し続けないと……。他の戦線から部隊を引き抜いてでも」
せめて中部太平洋決戦での沈没艦回収が終わるまで。現在劣勢だが、ここで引いては日本海軍の戦力が倍増してしまう。それは阻止しなくてはならないのだ。