第一〇六五話、予想された増援には伏兵を
異世界帝国軍は、マーシャル諸島にキュクロス級転移ゲート艦を複数、配置していた。
補給船団の受け入れや移動。日本や地球勢力の通商破壊、襲撃を受ける確率を減らすため、補給部隊の移動はキュクロス級もしくは転移装置を搭載したゲート艦を各艦隊に配置するようにしたのだ。
そしてこの転移は、ただ補給部隊が使うに留まらず、退避や増援の移動にも使われた。
つまり、日本海軍の水上挺身隊がクェゼリンを襲撃した時、かつて日本軍基地があり、今は使われていないエニウェトクやマロエラップといった環礁周辺に配置されていたゲート艦から反撃部隊が転移で送られた。
紫光艦隊に所属するコミコス中将の指揮する高速戦闘艦隊が、夜の海をクェゼリン環礁へと急行する。
「マリアナ諸島を守り抜き、トラック諸島を守っている日本軍が、まさかマーシャル諸島に殴りかかってくるとは」
尖り顎で細身の指揮官は、元来の目つきの悪さだが、さらに眉間に皺が寄る。
「しかも夜間に追い打ち。ササ長官の予見は正しかったな」
親衛軍の長官であるササ大将は、日本軍がマーシャル諸島を一撃しただけに留まらず、トドメを刺しに現れると予想した。
『トラック防衛に成功した途端、我が方の戦力低下を見てとった日本軍の指揮官は、間髪入れずにマーシャル諸島を攻撃した。……それだけ果断な敵将だ。一回叩いて終わりということはあるまい。徹底的に攻撃してくるはずだ』
ササの予想は正しかった。クェゼリンの基地と艦隊は、日本海軍の夜戦部隊によって徹底的に叩かれている。
「だが我々は、その日本艦隊の背後を襲撃する」
コミコスは歯を見せる。
「ここ最近の戦いで、日本海軍も相当に数を失っている。今活発に動いている奴らは、その中でも有力部隊に違いない。これを叩けば、日本海軍の行動を大人しくさせられるだろう。そうだな、参謀長?」
「はっ、その通りです」
参謀長は首肯した。
紫光艦隊コミコス隊の戦力は、高速戦艦6、大型巡洋艦5、重巡洋艦10、軽巡洋艦10、駆逐艦20の水上打撃部隊である。
それらは夜間にもかかわらず、25ノットで移動をしていた。
だからこそ、彼らは発見が遅れた。海中から向かってくる高速移動物体に。
『左舷方向より高速推進音、接近! 魚雷と思われます!』
「なにっ?」
『距離1200! 速度40ノット!』
報告を受けて、コミコスは目を剥く。
「馬鹿な! 目と鼻の先ではないか!」
命中までおよそ1分。日本軍は誘導魚雷を使うから、回避したところで向かってくる。
「防御シールドで阻止!」
潜水艦ということは、日本軍の潜水艦が待ち伏せしていたというのか。
「なんてこった! 日本軍はオレたち増援部隊の出現を察知していた!?」
マーシャル諸島内に入り込み、クェゼリンへ急ぐコミコス艦隊に雷撃を仕掛けてきた。これが哨戒中で、たまたまこちらの様子を探ろうとしたものと鉢合わせしただけならば、まだよいが、もし集団で待ち伏せしていたとしたら?
ササ長官が、敵のマーシャル諸島襲撃を予感していたように、日本軍もまた転移ゲートから増援が来ることを予想していたのか。
・ ・ ・
コミコス隊を待ち伏せていたのは、日本海軍第六艦隊だった。
「増援が来るかもしれない、そう考えていたのは我々も同じということだ」
第六艦隊司令長官、三輪 茂義中将は、旗艦である大型巡洋艦『塩見』にいた。他の潜水艦と同様、『塩見』は潜航状態で身をひそめている
その戦力は、トラック諸島救援作戦のままである。
●第六艦隊:司令長官:三輪 茂義中将
艦隊旗艦:大型巡洋艦『塩見』
・付属 :軽巡洋艦「香取」
:「伊400」「伊401」「伊402」「伊403」
:「伊404」「伊406」
・第二潜水戦隊:「伊201」「伊202」「伊205」「伊207」
:「伊210」「伊211」「伊212」「伊218」
・第四潜水戦隊:「伊152」「伊153」「伊154」「伊155」
:「伊156」「伊157」「伊159」
・第七潜水戦隊:「伊213」「伊215」「伊222」「伊226」
:「伊227」「伊228」「伊229」「伊230」
第二十一潜水戦隊:大型巡洋艦「稲叢」
:「伊523」「伊524」「伊525」「伊529」
:「伊531」「伊533」「伊536」「伊540」
:「伊542」「伊545」「伊548」
「障壁があっても新型魚雷があれば、艦隊が相手でも沈められる」
異世界帝国の貫通魚雷を参考に、日本海軍が独自に完成させた新型魚雷――五式誘導魚雷。それを今回出撃した第六艦隊の潜水艦は搭載している。
そしてその第一撃を、第二、第四潜水戦隊の潜水艦15隻がすでに発射している。
「間もなく、敵艦に命中します!」
水雷長の報告。三輪はその時を待つ。
五式誘導魚雷は、雷速40ノットで直進する敵艦隊へ迫る。異世界帝国艦隊は、日本海軍の魚雷が誘導兵器であることを知っている。だから駆逐艦以外は回避行動はとらなかった。防御シールドがあれば、数発は耐えられると考えているのだろう。
そしてその時はきた。
目標に達した魚雷は、異世界帝国艦隊の中央――単縦陣で航行する戦艦6隻と、その左右を縦に航行する3隻ずつの重巡洋艦に誘導され、そして命中した。
案の定、異世界帝国艦艇はシールドを展開していた。魚雷はその見えない壁に阻まれたように見えた。
だが初撃で安全装置が外れ、爆発もせずスクリューに押された魚雷は、十数メートル分後方に流されつつ、シールドをすり抜け、本命の艦艇にぶつかった。
爆発の水柱が目標とされた艦に次々と上がった。
「魚雷爆発音が連続します! 命中です!」
おおっ、と各伊号潜水艦の発令所で声が漏れた。そして明らかに魚雷の爆発とは異なる轟音が続いた。
それは、敵艦が爆沈した音であった。