第一〇六二話、速攻、速攻
マズニ大将の旗艦が、巡洋戦艦『武尊』によって沈められた。
さらに『古鷹』以下重巡洋艦4隻も浮上すると攻撃に加わり、帝国第四艦隊は窮地に陥る。
旗艦を失った残存部隊は、襲撃者から逃れようと針路を変更した。『武尊』ら日本艦隊とは反航戦になるようにして離脱を企てたのだ。
が、その進路には大巡『妙義』に指揮された無人戦艦『駿河』『近江』『常陸』『磐城』が待ち構えていた。
逃走する空母と巡洋艦は海中からの砲撃を受けて、為す術なく破壊された。結局、帝国第四艦隊は壊滅したのである。
『艦隊集マレ』
日本海軍第一遊撃部隊は、残敵掃討を終えて集結にかかる。遊撃部隊司令官、神明 龍造少将は、先任参謀の藤島 正中佐に言う。
「ここの後始末を頼む。私は、次の作戦に向かう」
「了解です。すぐに追いつきます」
頼んだぞ、と言い残して神明は転移室を用いて移動した。大型巡洋艦『妙義』から太平洋上の戦艦『蝦夷』へ。
「お待ちしておりました、司令」
戦艦『蝦夷』艦長、阿久津 英正大佐は敬礼した。
「トラックの方はケリがつきましたか」
「そのつもりだ。準備は?」
「いつでもやれます」
海図台まで移動すると、阿久津は神明にマーシャル諸島の地図を見せた。
「最新の偵察部隊の報告によりますと、敵はクェゼリンとメジュロを重拠点化。まあこれ自体は変わっていません」
「まずはその二カ所でしっかり基地を作っておこうということなのだろう」
神明の視線は、マーシャル諸島でもっとも北西にあるエニウェトク環礁に向いた。
「エニウェトクの方は?」
「警戒の小部隊を置いている以外、特に拠点化はしていないとのことです」
「前回、叩いたからな」
沈没艦艇の回収部隊用の拠点にしていた異世界帝国軍である。第一遊撃部隊が襲撃し、異世界人もあまりに前線に近すぎると警戒しているのだろう。
「マーシャル諸島の各環礁の旧基地も、異世界帝国は特に手つかずです。ただ警戒用のレーダーと監視部隊だけは置いていて、全周に警戒線を強いています」
阿久津は各島を指さした。
「後方もしっかり警戒しており、どの方向から攻め込んでも途中で敵さんに気づかれる」
「だろうな」
神明は海図から顔を上げた。
「どうせ気づかれるなら、正面から押し通るまでだ」
・ ・ ・
第一遊撃部隊が、トラック諸島を攻撃していた敵艦隊を撃破した報告は、第三艦隊にも届いた。
より正確に言えば、次の作戦に移るという攻撃暗号であったが。
だが連合艦隊司令長官、小沢 治三郎中将にとってはそれで充分だった。あの神明が、中途半端な状態で次の作戦などやるはずがないからだ。
「よし、我が第三艦隊も針路をマーシャル諸島にとれ! 通信参謀、第二艦隊に伝令。トラックの制海権は確保。増援部隊をトラックに送り届け、支援されたし」
小沢の命令を受けて、内地で補給、作戦可能な第二艦隊の艦艇は、陸軍歩兵を載せた輸送船と共にトラックの友軍の救援に向かう。
艦隊は敵上陸部隊に艦砲射撃を見舞い、友軍を援護。増援部隊とトラック守備隊は共同して、異世界帝国軍を撃滅するのである。
その間、第三艦隊はマーシャル諸島へ向かい、攻撃準備にかかる。
「敵は、我々がトラック諸島防衛だけで終わらせると思っているだろうから、マーシャル諸島に速攻で逆襲をかけてくるとは予想していまい」
「防衛作戦の後、間髪入れずに攻撃に転ずるなど、世界の海戦史を見ても前例はないでしょう」
草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は言った。
「それもこれも転移移動で時間と燃料を大幅に節約できればこそ。これがなくば、常識的に考えても不可能な所業です」
「いくらアメリカさんの支援があったとはいえ、日本海軍が千を超える艦艇を動かしていられるのも、転移による節約があればこそだ。これは画期的なことだ」
小沢は軍帽を被り直した。
「そして画期的といえば、異世界人の飛行技術、空中軍艦だ。……さあて、始まるぞ」
第一の矢が、マーシャル諸島へ飛んでいる。
・ ・ ・
その移動物体をレーダーが補足した時、異世界帝国軍メジュロ環礁基地は騒然となった。
「高速移動物体、接近。速度二〇〇ノット、かなりの大型です!」
「重爆撃機……いやアステールか!?」
「いえ、反応が違いますが、それに匹敵する大型飛行物体のようです」
「転移で来たか……あるいは海面ギリギリを飛んできたか……! くそっ、環礁内の船が狙いか!」
あと数分のうちに、その移動物体はメジュロ環礁に突入してしまう。環礁内には多数の輸送船とタンカーが在泊している。
前者は、マーシャル諸島の基地可、艦隊への補給物資。後者は前線で活動する艦隊の燃料補給用だ。
「司令、環礁内の船団ですが、退避させますか?」
通信士官が確認する。環礁中央にはキュクロス級転移ゲート艦があり、非常時には転移で環礁内の艦艇を退避させることができる。
メジュロ環礁基地司令は思案する。
「待て。――レーダー、敵の数は?」
「三、ないし四です」
「アステールでないなら、敵の大型重爆撃機だろう。それがたかだか四機程度で、船団にどれほどのダメージを与えられるというのか」
その程度で毎度転移退避などしていれば、必要以上に怯え過ぎではないかと周囲からは笑われるかもしれない。
「迎撃機は出しているのだな?」
「緊急迎撃で、エントマ戦闘機が二個小隊。追加でさらに二個小隊が準備中」
「ふむ、ひとまずそれで様子を見る」
基地司令はそう決断した。
「北寄りの飛行となると、ウェーク島の日本軍か……」
敵がどこからきたか想像しつつ、ウェーク島であるなら空母機動部隊ではないから、飛行場に発破をかけずとも済みそうである。
やがて、迎撃のエントマ戦闘機が敵と接触、その正体を知らせてきた。
『て、敵は航空機にあらず! 戦艦です! 戦艦が空を飛んでいます!』
管制官の耳に届いたパイロットの報告は驚きに満ちたものであった。