第一〇五五話、作戦のためならば……
連合艦隊司令長官の小沢 治三郎中将が軍令部に直談判した結果、あっさり再建中の無人艦隊戦力からの抽出の許可が下りた。
やはりつい先日まで軍令部次長として仕切っていただけあって、まだ身内間感覚が強かったのだろう。軍令部次長が提案し、それに乗っている気分だったに違いない。
かくて、使えそうなものを分捕る権利を獲得した小沢は、神明 龍造少将をお供に九頭島軍港へと向かった。なお今回、軍令部第五部長の水橋 立次少将も同行した。
前任の丸眼鏡――土岐 仁一中将の後任の水橋もまた魔技研の古参である。ただ前任者と違い、きちんと魔術畑の人間であり、目的のために手段を選ばない冷徹な面があった。
「とりあえず、即時使えるものは、リヴェンジ型戦艦改装の無人艦が四隻と、無人化改装した陽炎型駆逐艦七隻――」
水橋はリストをよこした。
「潜水機能あり、水中対応転移砲の搭載工事が済んだ艦です」
「リヴェンジ型、これは――」
「ええ、前『駿河』『近江』『常陸』『磐城』ですよ」
播磨型の艦名に流用された四隻である。イギリスの旧式戦艦を大改装。潜水可能な戦艦であったことから、米英レンドリース戦艦から外れた。さりとて主力戦艦のレベルからは少々劣るということもあって、人員の集中も含めて無人戦艦への改装が決定された。
それが結果的に、中部太平洋決戦に参戦することなく残っていたのは、皮肉である。
「あとは、健在な艦を除く陽炎型、夕雲型、朝潮型の無人潜水型統一改装……」
これまでの戦いで沈み、再生された艦艇だが、時期によって改装もバラバラ。本来なら同じ型であっても、潜水できる艦とできない艦が混在したりと、編成で大分混乱させられていたため、無人化改装にかこつけて、性能統一をしておこうという話になった。
なお、その改装から除かれる、つまり健在艦は、陽炎型は『磯風』『雪風』、夕雲型は『夕雲』『巻波』『大波』『浜波』『沖波』『岸波』、朝潮型は『霞』のみとなる。
今回、転移砲付きで改装完了されたのは『黒潮』『親潮』『早潮』『夏潮』『初風』『天津風』『時津風』の七隻となっている。
「これらは全て無人艦ですから、コントロールさえ上手くやれれば、すぐにでも艦隊は組めるでしょう」
「ふむ」
小沢は腕を組んだ。
「潜水型戦艦4に駆逐艦7。……神明、とりあえず第一遊撃艦隊の穴埋めにはなるか?」
「水中からの砲撃担当が11隻。前回同様一方的に叩けるのであれば、充分かと」
改装リヴェンジ型は41センチ砲を搭載している。敵の艦底部からの砲撃を見舞うなら、それでも余裕で、敵主力戦艦や空母を叩けるだろう。
「後は、正確なコントロールを行う専用の旗艦があれば」
「どうなのだ、水橋少将?」
「第九艦隊の『薩摩』……は制御艦に改装してありますが、潜水機能がありません。そうなると大型巡洋艦の『妙義』が適任かと」
大型巡洋艦『妙義』は、戦艦『カイザー』を改装した実験艦であり、数々の魔技研装備のテストを行ってきた。実戦にそれなりに参加しており、事実神明も旗艦として使ったこともあるから悪くない話であった。
「それと実験艦繋がりで、戦力外だったもので作らせていた潜水艦がある。それを持っていくといい」
水橋は神明に言った。小沢は眉をひそめる。
「戦力外のフネ……例の『スルクフ』みたいな潜水艦がまだあったのか」
軍も知らないところでまた……と、呆れる連合艦隊司令長官である。先日、水中対応転移砲装備の『第〇二潜水艦』『スルクフ』『X1』を急遽投入したばかりであった。
「それはもう、魔力造船部門の教育も兼ねて作ったものがありますから」
まったく悪びれた様子もない水橋である。真顔で言ってのける辺り、常人の感性とは少々異なるのだろう。
「ただ、先の中部太平洋決戦で消耗した戦力を埋めるというので、そういうのまで動員がかかって、こちらはこちらで大変だったんですがね。実戦で使えるように今しがた調整が済んだのがそれというだけです」
だからリストから漏れていた、と水橋は言った。
「どんなフネなんてすか?」
神明が尋ねると、水橋はニヤリとした。
「元はオーストラリア・ハンガリー帝国の小型巡洋艦『ツェンタ』なんだがね。船体を流用しただけで、本格的な潜水艦に作り替えた」
以前、T艦隊が地中海を襲った時、あまりに古い型だから見向きもしなかった艦艇であったが、魔技研はあの後、回収艦を送ってこれら旧式も拾ってきた。敵に再度利用されるのも面倒という理由で。だがモノがモノだけに戦力化の対象外だったのを、教材として利用したのだという。
「異世界帝国の新型水中推進装置を試験的に載せたフネで、水中対応球形砲塔を持たせてある」
試験艦ということもあり、これまで魔技研が培ってきた技術を混在させた上で、使えるか試したのだという。
水橋は口元に笑みを浮かべて告げた。
「一応、海軍省に通して命名されている、伊号707潜水艦、だ」
・ ・ ・
なお、潜水艦は伊707のみではなかった。
イギリスの防護巡洋艦『パイオニア』『ペガサス』という旧式巡洋艦にも、『ツェンタ』と同様の特殊潜水艦への改装が行われていた。この三隻は、いわゆるマ号潜水艦の系譜である。
それぞれ『伊708』『伊709』とつけられ、『伊707』と共に、第一遊撃艦隊に配属された。
「これらは正規のクルーが揃っていないようだが? いきなり実戦で使えるのか?」
小沢が確認すれば、水橋の答えは。
「省人化はされていますし、能力者の魔核制御で最悪一人で制御できるように作ってあります。ま、海狼――伊600と同様、能力者向けのフネで、その人員については訓練済ですから、何とかなるでしょう」
「最後は投げやりに聞こえるが……これまでも能力者数人で艦艇を動かした事例はたくさんがあるからな。信用しよう。――いいな、神明?」
「……はい」
神明は別紙のスペック表と、候補能力者名から目を離すと小沢に頷いた。
「どうした?」
「いえ……」
神明は答えず、水橋を睨んだ。記憶違いでなければ、新型マ号潜に割り振られた能力者は、まだ成人もしていなかったような。
――とうとう、子供まで引っ張り出してきたのか。
人員払底。元々訓練された能力者の数は開戦から増加したとはいえ、人数で見ればまだまだ少ない。
他にも成人している能力者もいるが、ここで子供が選ばれたのは、本来は実験艦であったこれらで訓練していて、一番フネの癖などを理解しているからであろう。
訓練からいきなり実戦に放り出されるというのは、水橋にしても想定外だったかもしれないが、そこで大人に代えない辺り、第五部長の使えれば何でもよしの思想が見える。
――これは、保護者同伴の案件だな……。
初陣を監督する教官、もといフネの長たる人間がきちんと指揮する必要がある。いくら能力者一人で制御できるとはいえ、子供だけを送り出すわけにもいかないのだ。