第一〇五二話、艦隊の最期
凄まじい衝撃が艦を突き上げた。
二千艦隊旗艦『キーリア・ノウェム』に走った大地震は、立っていた乗員たちを倒し、司令官席のソフィーア・イリクリニス元帥をその手すりにしがみつかせた。
『艦底部、破損! 浸水拡大中!』
警報が鳴り響く中、転倒を免れたイリクリニスは背もたれに身を預ける。
「下からの攻撃……! 魚雷か!」
艦底部起爆式の磁気信管魚雷と想像するイリクリニス。二千艦隊の戦艦、巡洋艦が次々に吹き飛んでいくのを見やり、もしかしたらと思っていたら、やはり海中からの攻撃だったか。
艦によっては突然破裂するように撃沈されるので、下からの攻撃のような、と思いつつもいまいち実感が湧かなかった。やられてみて、ようやく敵の輪郭がわかり始める。
「煙幕で気を引いている間に、こっそり潜水艦隊を忍ばせていた……」
高速で距離を詰めつつの砲撃。その結果、二千艦隊のどの艦も自身の出すスクリュー音のせいで、ソナーの働きを阻害。海中に潜む敵を探知できなかったのだ。
「おい、参謀長……! 生きているか?」
「は、はい、何とか……」
被弾の衝撃で転倒した参謀たち。オルドー参謀長もまたその一人だった。
「駆逐艦隊に対潜掃討を命じろ! 水上の敵は煙幕と共に逃げた。速度を緩め、敵潜の探知に――」
言いかけたイリクリニスは、そこで言葉を切った。
その判断は正しいのか、疑問が浮かんだのだ。
潜水艦キラーであるはずの駆逐艦が次々に破壊されている。海中の敵――第一遊撃部隊の潜水型駆逐艦に12.7センチ砲を撃ちまくられたのだ。
ロケット式爆雷など、対潜兵器で多少距離があっても攻撃できる駆逐艦。圧倒的優勢、潜水艦にとって天敵である駆逐艦だが、それは潜水艦が逃げに徹しているからだ。
積極的反撃。かつ海の中からでも攻撃できる武器があるならば、駆逐艦の優位はなくなる。一方的に攻撃できる利があればこそ駆逐艦は強かったのであって、そうでないのならただの小型艦に成り下がる。
装甲などない駆逐艦は、同ランクの5インチ砲でも容易く撃ち抜かれ、被害が拡大していく。魚雷一本で轟沈の可能性もある駆逐艦である。当たり所によっては一発の砲弾で船体断裂、沈没する艦艇もあった。
敵潜水艦に対して、反撃できている味方艦はいないのではないか――イリクリニスは感じ取る。
始末が悪いのは、プロートン級、オリクトⅢ級といった戦艦すら一撃で大破爆沈しているという事実である。
潜水艦の魚雷の一つや二つで轟沈するほど柔なフネではない。だが現実に大戦艦群は艦内で起きた爆発で引き裂かれて四散していっている。
ディアヴォロス級航空戦艦もまた艦後部の航空機運用区画や魚雷庫の誘爆の爆沈、艦体断裂からの転覆が相次いでいる。
これは悪夢だ。戦艦が泥舟のように立て続けに沈んでいく。そんなことがあり得るはずがない。
「敵は、何らかの新兵器を使っているというの……?」
イリクリニスは状況が最悪であることを理解した。日本艦隊がどんな兵器を使っているのかもわからない。魚雷? それにしてはやられていく味方の数が多すぎる。そこまで多くの日本潜水艦がいるというのか。
「分遣隊も、こうしてやられたのか……!」
帝国第四艦隊の分遣隊――マリアナ諸島攻略に参加した二つの艦隊も、日本海軍に撃破された。その戦力を考えると、向かってきた日本艦隊が容易く葬れる規模ではなかった。……この時点で、攻略を中断し撤退すべきではなかったのか。イリクリニスは思ったが後の祭りであった。
――そもそも、あの時点で日本軍がこのような兵器を持っているなんて情報はなかった……!
だが不審に思うべきだった。よくよく考えれば、あり得ないことが起きていることに。
「撤退! ゲート艦に指示! 二千艦隊はマーシャル諸島へ後退する!」
「閣下!?」
「敵の正体がわからない! これでは無為に戦力を消耗するだけ――」
イリクリニスの言葉はここまでだった。『キーリア・ノウェム』を次の衝撃が襲った時、弾薬庫が誘爆し、重装甲の不沈艦であるキーリア級は爆発四散した。
皇帝陛下の玩具。二千艦隊の旗艦が海の藻屑と化したのである。
旗艦を喪失し、残存する艦艇は混乱した。次席指揮官の座乗するプロートン級戦艦は、戦艦『武蔵』の46センチ砲弾の突き上げで、こちらも轟沈。
指揮権移譲の確認の間にも、第一遊撃部隊からの砲撃は容赦なく続き、戦艦級が為す術なく破壊されていく。
そして第一遊撃部隊もまた攻撃を激化させた。
『蝦夷』以下、水中砲撃艦以外の艦艇が浮上し、側面襲撃を開始したのだ。
巡洋戦艦『武尊』が三連光弾砲で、シールドごと敵艦を破壊すれば、戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』も35.6センチ連装転移砲を撃ち込む。
砲身を交換したのみので水中対応砲ではないが、浮上した金剛型の35.6センチ砲は、ゼロ距離射撃を叩き込む威力を発揮し、本来格上のオリクトⅢ級戦艦の垂直装甲すら貫通、大破、撃沈に追い込んだ。
恐るべきは転移砲の威力。
古鷹型重巡洋艦も試作の転移型光弾砲で、敵軽巡洋艦を破壊。重雷装巡洋艦の『九頭竜』やフランス駆逐艦改装の細雪ほか5隻は誘導魚雷を発射し、さらに異世界帝国艦を血祭りに上げていく。
二千艦隊は総旗艦を失い、指揮権継承に手間取った結果、統制を失った。ゲート艦への転移離脱命令が発せられた後ならば、まだまとまった退却も可能だったに違いない。だがそれに行き当たる前に、海中と水上のダブルパンチを食らい、混乱は加速。バラバラに動いた結果、ゲート艦による離脱に思い至る前に各個撃破。肝心のゲート艦まで破壊されては万事休すであった。
二千艦隊は完全に崩壊。散った艦は第一遊撃部隊の追撃のみならず、第二艦隊が引き返してこれに加勢。さらにサイパンの第一航空艦隊の基地航空隊により猛攻を受けて掃討されていくのであった。
もはや、日本海軍のワンサイドゲームと化した。
・ ・ ・
二千艦隊が失われたことで、乙群こと帝国第四艦隊第二分遣隊の航空隊もまた窮地に立たされた。
日本艦隊攻撃のために針路変更した第二次攻撃隊は、転移で二千艦隊のもとへ向かったそれを見つけることができず燃料を消費。
燃料が乏しくなっていた第一次攻撃隊は、二千艦隊を目指すも、グアムの日本陸海軍の戦闘機の襲撃を受けて損耗。フルスロットルで飛ばし続ける余力もなく、振り切った機も二千艦隊の空母、航空戦艦が撃沈されていくのを目の当たりにし、力尽きた。
マリアナ諸島に展開している艦隊は、遮蔽に隠れている機動部隊のみとなったが、それにも忍び寄る影があった……。