第一〇四九話、来ない海氷空母
ムンドゥス帝国第五航空艦隊は、円盤兵器アステール、コメテスを中心に運用する基地航空隊である。
地球世界にきた各航空艦隊は、アリエース級海氷空母と円盤兵器の組み合わせで用いられていた。
「何故、私の要請を拒否した?」
二千艦隊司令長官、ソフィーア・イリクリニス元帥は不機嫌そのものであった。指揮官通信で問い詰める相手は、第五航空艦隊司令官ファイ・チャッハ中将である。
『申し訳ありませんが、元帥閣下。我が海氷空母を最前線に出すことは承服できませぬな』
チャッハ将軍は、そのナマズのような顔をしかめた。
『今回の作戦においても、海氷空母は前線に近づけない、そういう話になっておりました。何故そうなったか、閣下には今さらお話するまでもないことではありますが』
「……」
海氷空母は脆い。全長三〇〇〇メートルもある巨大な海氷は、生半可な攻撃で破壊されるようなものではない。
初期の頃は光線砲で分断されてしまうような海氷も、空母型のそれは強度が増している。現在の海氷空母ならば、敵の攻撃を一手に引き受ける盾役としても使える。
……が、それは日本軍以外を相手にしている場合に限る。
先の中部太平洋決戦では、第二、第三、第四航空艦隊が投入されたが、これらは決戦本番前の夜戦で日本軍にやられてしまった。
追加戦力として参戦した第五航空艦隊は、中部太平洋反攻作戦において、トラック諸島攻撃を担っていたのだが――
『日本軍がクリュスタロス対策をしている以上、我が海氷空母を最前線に出したら最後、宿無しの航空隊を収容しているところを狙われておしまいです。そうなればアステール、コメテスの運用にも支障が出ます』
チャッハはとうとうと語る。
『そうなっては、マリアナ諸島はおろか、トラック諸島も攻略できませぬ』
「我が二千艦隊が守る。そう言ってもか?」
『恐れながら、敵は転移を用いてきます。警戒部隊を易々と突破され、上陸部隊の第一波はやられたと聞いております。船団を守れなかった以上、どうして海氷空母は無事と言えましょうか?』
「その船団には、我が二千艦隊が直接護衛についていなかった」
イリクリニスは苛立ちを露わにする。
「直接護衛についていれば、転移で踏み込もうともやらせることはなかった」
『でしょうな』
チャッハはしかし表情一つ変えなかった。
『ですが、我が海氷空母は図体はでかい。的がでかいわけですが、日本軍は一撃で海氷空母を破壊できる武器を持っている以上、的のでかさはマイナスに働きます。前線にはだせません』
「二隻とも来いとは言えない。一隻でもよい」
イリクリニスは食い下がった。第五航空艦隊は二隻の海氷空母がある。
『一隻でも失えば、我が航空艦隊の戦闘力は半減致します』
チャッハは譲らない。
『この太平洋に展開するアステール航空隊は、現状我が艦隊のみ。これが失われることは、今後の太平洋戦略にも大きな影響が出ます』
「貴官は、数百名のパイロットが無駄死にしてもよいと言うのか?」
第四艦隊第三分遣隊の攻撃隊搭乗員は、母艦を失っている。二千艦隊で収容できる機体はさほど多くない。このままでは大半の機が不時着を余儀なくされることになる。
『そうは申しません。しかし、やはり我が海氷空母を前線に出すリスクは冒せません』
頑ななチャッハ。
『閣下が人命をお気になさるのであれば、後方より別の空母ないし収容船団を手配なさるべきです』
「それでは間に合わないであろう?」
『何も空母に下ろさずとも、マリアナ諸島の平らな場所に機を着陸させてしばらく待機させればよろしかろう。我が軍の航空機であれば、滑走路は必要ではありますまい』
それで収容できる艦が来るまで待つ。何も燃料がなくなるまで飛行させる必要はない。
『それも嫌というのであれば、二千艦隊の航空機運用艦に着艦させ、パイロットを収容したのち、機体を投棄する他ありませぬ。最低でも閣下の仰る人命は、それで救えましょう』
「もうよい」
イリクリニスは手を振った。
「ためになる忠告をありがとう。貴官は貴官の任務を果たすがよい」
『はっ。それでは――』
チャッハの姿は消えた。イリクリニスは不機嫌さを隠さない。オルドー参謀長は目線だけ動かした。
「如何なさいますか?」
「チャッハの奴は、ためになる意見をのたまった。それでいこうと思う」
パイロットだけを収容し、機体は海中投棄。
「そもそもの話、宿無しの航空隊の所属は、帝国第四艦隊だ。我が二千艦隊ではない」
何故、第四艦隊の代わりに自分が頭を下げる必要があるのか。それに気づいたイリクリニスは、途端にチャッハとのやりとりが馬鹿らしくなったのだ。
「友軍は見捨てない。まあ、そのアピールくらいにはなったかな」
イリクリニスは意地悪く笑みを浮かべるのであった。
・ ・ ・
「もう一つの機動部隊……」
第一遊撃部隊、旗艦『蝦夷』。神明 龍造少将は、離脱した第二艦隊からきた山本 祐二先任参謀からの報告に耳を傾けてきた。
「はい、攻撃隊が飛んできたのは北方でして、こちらには敵艦隊は確認されていなかった……」
「偵察機は飛んでいたはず」
藤島 正第一遊撃部隊先任参謀は言った。
「それでいまだ未発見というのは……天候のせいですかね?」
「いや、おそらく遮蔽で隠れている機動部隊がいる」
神明は確信する。
「マリアナ諸島に先制攻撃を仕掛けてきたのは、遮蔽機能持ちの航空隊だったと聞いている。それを運んできた空母がどこからきたかと思っていたが、北方の未発見の艦隊がそれだと考えれば、筋は通る」
「なるほど」
山本は、海図台に目を落とした。
「三つある艦隊のうち二つを叩いたと思ったのに。……まだもう一つ、存在していたとは」
残る二千艦隊との決戦を、と考えていた山本参謀や第二艦隊である。だがまだ他に敵艦隊があるというのは、水を差された気分になる。
「遮蔽で隠れているとなると、厄介ですな」
藤島は唸った。
「対遮蔽装置の配備は限定的。かつ偵察機には搭載できませんから、隠れている敵艦隊を見つける方法がないときている。面倒ですぞ、こいつは」