第一〇四六話、マリアナ諸島攻略艦隊
グアム島の南にあった異世界帝国第四艦隊第三分遣隊――日本海軍呼称『乙』艦隊は、発見された日本艦隊に対して攻撃隊を送り、自隊もまた進撃を開始した。
戦艦22隻、空母22隻、重巡洋艦に至っては54隻も含まれる第三分遣隊は、連合艦隊第二艦隊はおろか、後続の第三艦隊を合わせても圧倒できる戦力があった。
日本機400機に対して、倍の810機の攻撃隊を送り込んだのも、まさに力の差を見せつけるものであった。
攻撃隊から戦闘機を分派し、日本軍攻撃隊に一撃を与えつつ、さらに艦隊から迎撃の戦闘機を200機を追加で発艦させ、万全の防空態勢を整える。
第三分遣隊を指揮するクバーレ中将も、手堅く艦隊を運用して日本艦隊へと進撃を行う。戦力に勝っていると自負するからこそ、油断も隙を作らない。無難にやれば勝てるのだから。
だが。
「敵攻撃隊と会敵できない?」
「はっ、迎撃に向かった戦闘機隊は、敵攻撃隊を見つけられず」
通信参謀の報告に、クバーレ中将は苛立ちが顔に出る。
「どういうことだ? どちらかが見当違いの方向へ針路をとっているのか……?」
それならば見つけられないということもあるかもしれない。あるいは――
「気象状況が悪いのか? 雲ですれ違ったことに気づかなかったとか?」
「可能性はありますが――」
クバーレの視線は、気象参謀へと向く。しかし参謀が口を開くより、緊急通信が第三分遣隊司令部に響く。
『サイパン上陸船団より、敵空母ならびに多数の日本航空隊出現の報告あり!』
『グアム展開船団より、同様の報告あり! 敵機大編隊!』
マリアナ諸島制圧のための上陸部隊と船団が、日本空母と航空隊の奇襲を受けた!
新たな日本艦隊――否、違う。クバーレは察した。
「消えた敵攻撃隊は、船団攻撃の方へと回ったのだ!」
・ ・ ・
サイパン島とテニアン島の間に、異世界帝国の上陸船団第一群主力が展開していた。
他にサイパン島には北飛行場、西飛行場を制圧すべく分遣隊がそれぞれあり、テニアン島の西にも同様の分遣隊が一つ存在していた。
そして少し離れたグアム島の北西側に上陸船団第二群が、やはり陸兵を上陸させ、後続部隊と物資揚陸を行っていた。
そこへ、第一遊撃部隊の別動、空母と護衛部隊が殴り込んできた。
サイパンに『翔竜』『雷竜』『鳳翔』、グアムに『海龍』『白鳳』『蒼鳳』。これらは飛行甲板の艦載機を発進させるが、母艦の転移離脱装置を応用し、第三艦隊第一次攻撃隊を、それぞれの空母の近くに引き寄せた。
結果、第三艦隊第一次攻撃隊425機中、サイパン、テニアンに190機、グアムに235機が襲来したのである。
烈風、陣風戦闘機は、上空直掩のヴォンヴィクス、エントマ戦闘機や、日本軍飛行場の上空を徘徊し、出撃を妨げているスクリキ無人戦闘機に襲いかかった。
対空レーダーの光点は飽和状態となった。遠方から向かってきたなら、接触前の敵味方の区別が容易で、迎撃指示も出せただろう。
だが敵味方が入り乱れる状況にあっという間に突入したせいで、IFF――敵味方識別装置で区別がついても戦闘機隊への誘導など不可能な状態となっていた。
突然乱戦に放り込まれた異世界帝国戦闘機隊は、命令を受ける間もなく銃弾の嵐に巻き込まれる。20ミリ光弾機関砲は容赦なくエントマ、ヴォンヴィクスを蜂の巣にし、放たれた空対空誘導弾で粉微塵にされた。
それはスクリキ無人機や対地爆弾装備のミガ攻撃機も例外はなく、主翼を可変させた烈風戦闘機に執拗に追い回され、地面に叩き落とされていった。
その間、流星改艦上攻撃機は、輸送船や揚陸艦への攻撃を慣行。中型対艦誘導弾やロケット弾、果ては光弾機関砲の掃射で次々と船を爆破、炎上させていく。
ひとしきりの航空攻撃は、船団第一群と第二群に大きな被害を与えた。
しかし攻撃は終わらない。退避した第一遊撃部隊空母群に代わり、第二艦隊が転移で乗り込んできたからだ。
「砲撃開始。手当たり次第に沈めるんだ」
伊藤 整一中将率いる第一部隊、巡洋戦艦4、重巡洋艦4、軽巡洋艦5、駆逐艦12は、サイパン、テニアンの船団。
戦艦4、重巡4、軽巡5、駆逐艦11の第二部隊はグアム島の船団に襲いかかった。
燃え上がる輸送船や護衛艦に、戦艦、重巡洋艦の砲が炸裂し、トドメを刺される。航空攻撃で損傷した艦艇は多くとも、それで完全に討ち取られた。
快速を活かした水雷戦隊の砲撃で、立ち向かってきた敵駆逐艦は撃破され、第二艦隊は上陸船団を壊滅させたのであった。
・ ・ ・
サイパン島の東に展開しているのは、ムンドゥス帝国二千艦隊。残存戦力を再編したその艦隊は、旗艦『キーリア・ノウェム』に率いられていた。
二千艦隊司令長官、ソフィーア・イリクリニス元帥は、上陸船団が日本軍の転移肉薄攻撃を受けていると聞き、司令官席から立ち上がった。
「二千艦隊は、ただちに船団救援に向かう! ゲート艦はどうか?」
「敵の攻撃ですでに――」
通信参謀が答えれば、イリクリニスは表情を歪めた。ゲート艦があれば、二千艦隊で一気に敵艦隊のもとに踏み込めたものを。
「警戒艦隊を無視して船団狙い……。日本艦隊には、まともな戦力は残っていないのか」
「第四艦隊第三分遣隊の第一報では、戦艦8、空母2、巡洋艦十数隻の艦隊とありましたから――」
オルドー参謀長は事務的に答えた。
「その程度の戦力では、警戒艦隊を避けたのも理解できなくはありません」
「だがそれで船団をやられましたでは、警戒艦隊がただ無能なだけではないか」
現時点で、マリアナ諸島占領の戦力がほぼ半壊したと見るべき状況だ。イリクリニスは、日本軍が最低限の戦力で最大限の戦果を上げたことに舌をまいた。
「占領されないために、何を叩けばいいか、日本軍は理解しているのだ」
イリクリニスは司令官席に苛立ちを滲ませながら座ると、長い銀髪に触れ思案する。
「揚陸物資を焼き払われれば、艦隊がいくらいようとも関係ない。上陸した陸軍が戦えなくなる……」
不足する物資を追加で輸送しなくてはならない。そしてそれらが届いた時、日本軍に狙われないような状態にしなくてはいけなかった。
そのためには帝国第四艦隊との連携も重要になってくる。
「各分遣隊はどうなっているか?」
「第一分遣隊はトラックに――」
「第一はいい。他の二つだ」
「はっ、失礼しました。第三分遣隊は、日本艦隊の迎撃に向かっておりましたが、その艦隊が上陸船団を攻撃したとあっては急行してくるものと思われます」
「今更だがな。……第二分遣隊は?」
「敵の別動隊がいたようで、襲撃を受けましたが現在反撃しているものと思われます」
作戦参謀が告げるが、そこで情報参謀が暗い顔をして戻ってきた。
「閣下、第二分遣隊ですが、敵潜水艦隊と交戦中との通信を最後に、通信途絶しました」
「……っ! やられたのか!?」
イリクリニスは愕然とするのであった。戦艦16、空母42、巡洋艦55からなるマリアナ攻略の中軸部隊であったが、それが全滅したというのか……?