第一〇四四話、連合艦隊、陽動する
開戦後の日本海軍の艦艇の多くには転移室が装備されている。これは伝令の他、戦隊司令や艦長が旗艦に集まっての打ち合わせなどに活用される。
それまではカッターなどを下ろして移動するなど往復に時間がかかっていたが、転移室の移動はその時間を節約できる上、戦闘海域などでも作戦会議ができるというメリットがあった。
連合艦隊旗艦の『出雲』の小沢治三郎中将のもとに、第二艦隊司令長官の伊藤 整一中将、第一遊撃部隊の神明 龍造少将が集まり、マリアナ諸島の敵艦隊をどれから、どう叩くか最終確認が行われた。
「――飛雲には転移ブイを展開させてあります。敵甲、乙、丙、そして上陸中の丁に対して転移襲撃が可能なように、です」
神明が言えば、小沢は頷いた。
「分散している敵を各個撃破する。今回は転移を縦横に活用するが、そこは貴様の得意とするところだな、神明?」
正面から戦える戦力差でない以上、奇襲で叩くしかない。
「望むところです。……かなり今更ですが、一介の少将である私に艦隊を任せて問題ないのですか?」
第一遊撃部隊は、それでなくても所属する艦艇が増えている。本来なら中将クラスが指揮官につくべき状況だ。ハンモックナンバーに引っかからないよう、同期か後輩ばかりが艦長に揃い、その一部艦長が戦隊指揮官を兼任するという無茶だらけとなっている。
「今更だ。ここまできて指揮官を引っ張ってくるほど海軍省は柔軟な組織ではない。諦めろ」
小沢はきっぱりと言った。
「転移でぶん回すことにかけては、貴様以上にこなせる者はおるまい。この戦力差をひっくり返して戦うには、貴様が思うように動かねば勝機はない。そうだな、伊藤中将」
「私もそう考えます。正直に言って、参謀でいいので神明君がそばにいなければ、ここまでの転移戦術に自信をもって実行できないと思います」
「それを言うなら、いまからでも連合艦隊首席参謀に神明を呼びたいくらいだ」
小沢は意地の悪い顔になる。
「……が、第一遊撃部隊には存分に働いてもらわねばいかん。遊撃部隊を自在に活用できる者が他におらん以上、我慢してやる。暴れてこい、神明」
「承知しました」
短い打ち合わせが終わり、伊藤と神明はそれぞれの旗艦に転移室で戻った。
連合艦隊の反撃が始まる。
・ ・ ・
三つの日本艦隊の水上機母艦から飛び立った四式水上偵察機『飛雲』は、対レーダー塗装で敵の目をかいくぐりつつ、マリアナ諸島近海に展開。転移中継ブイを投下した。
前準備が整った時、異世界帝国艦隊――グアム島南方に展開する乙群が放ったとおぼしき偵察機が、連合艦隊前衛である第二艦隊を発見した。
第二艦隊旗艦、巡洋戦艦『竜王』。司令長官の伊藤に、参謀長の森下 信衛少将はにこやかに言った。
「見つかりましたね」
「そうだね」
伊藤も微笑する。これも作戦のうちだ。
「今頃、小沢長官の機動部隊から攻撃隊が発艦している頃だ」
「敵さんがそれを知れば、間違いなくこちらに食いついてくるでしょう」
敵はマリアナの各島――サイパン、テニアン、グアムの各飛行場を電撃的に占領すべく上陸作戦に移っていた。
球形歩行戦車を尖兵に飛行場を襲撃し、基地守備隊と陸軍が応戦する中、ゲート艦で転移させた船団が、歩兵を上陸させている。各島の飛行場が海に近い場所にあるからこその強襲なのだろう。
異世界人は、輸送船団をゲート艦で引っ張ってくるという荒技を覚えた。それは上陸前の船団が狙われるリスクをなくすどころか、道中の護衛戦力の削減もできるという利点を持つ。
防衛側の日本軍としては、上陸前に船団を沈めるのがほぼできなくなり、実に厄介だった。
――まあ、兵を上陸させたら終わり、ではないが。
後続部隊、物資の揚陸と中々に時間のかかる作業をしなくてはならず、敵に上陸されたからといって、狙わない理由にはならない。
「敵乙群の動向に注目。こちらに攻撃隊を放ってきたら本番だからね」
伊藤は北東方向、グアム島の方へと視線を向けた。
・ ・ ・
その頃、伊藤の想像通り、小沢機動部隊の各空母から、第一次攻撃隊が発艦していた。
空母『大鶴』『雲鶴』から戦爆合わせて144機。『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』から128機、『翠鷹』『蒼鷹』『白鷹』から107機、『隼鷹』『飛鷹』『龍鳳』から46機。
合計425機の攻撃隊である。
烈風戦闘機、流星改攻撃機、彩雲偵察機がマリアナ諸島方面へと飛んでいく。
連合艦隊旗艦『出雲』から、その様子を見送っていた小沢司令長官は口元を緩める。
「一昔前とくれば搭乗員というのは鼻っ柱が強くて、大物を喰いたがったものだ」
「小型艦よりも大型。戦艦、空母を優先しろ――」
草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は事務的に言った。
「一にも二にも、でしたな。大砲屋を見返し、我ら航空が将来の海軍の主役であると、その証を見せる必要があったのでしょう」
「おれは別に航空屋ではないがね」
水雷畑の小沢である。
「航空に限った話ではなく、砲術も水雷も全部が大物狙いだった。対米比率を覆すため、海軍全体がそういう空気だった」
「そうですな」
「その頃を考えると、今の搭乗員たちはずいぶんと大人しくなったもんだ」
「長官?」
草鹿が片方の眉を動かすと、小沢は皮肉っぽく告げた。
「攻撃目標が『艦隊』ではないなんて言ったら、あの頃の連中なら憤慨していたんじゃないか。四〇〇機繰り出して、戦艦も空母も狙わないって言ったら」
良くも悪くも、あの頃のパイロットたちは艦隊攻撃しか関心がなかった。それは指揮官たちも同様であり、それ以外の任務、攻撃対象は軽く見ているフシがあった。
貧乏海軍のさがとも言うべきか、ドカンと一発狙いたがるのが普通というのは、よくよく考えればおかしいのだ。
第三艦隊第一次攻撃隊の目標は、甲でも乙でも丙でもない。丁、すなわち各島に上陸した敵陸軍と船団である。
だがマリアナ諸島攻略を狙う異世界人が、四〇〇機を超える攻撃隊を見たなら、必ず迎撃と、連合艦隊に向けて反撃を企図するはずである。
「さて、神明。上手くやってくれよ」