第一〇四三話、急行する連合艦隊
「トラックへ行けと言ったかと思えば、マリアナに行けときた」
小沢 治三郎連合艦隊司令長官は、ぼやきにも似た調子で呟いた。
現在、連合艦隊はトラック諸島への救援を中止し、マリアナ諸島へ急行中だった。
旗艦である航空戦艦『出雲』。前任の古賀大将の下で参謀長を務めていた草鹿龍之介中将は引き続き連合艦隊参謀長に留任している。
「仕方ありますまい。マリアナとトラックでは、敵にとられた際の危険度に天と地ほどもありますから」
どっしり、静かな迫力をたたえる草鹿。中部太平洋決戦での旗艦司令塔への被弾で軽傷を負うものの、その時の九死に一生を得たことで得体のしれない凄みをまとうようになっていた。
まさに揺るがない大木の如し。
「うむ、重要度がまるで違う。しかし、敵に先手をとられた」
小沢は渋い顔になるのである。
戦力が減少した連合艦隊にあって、マリアナ諸島に展開する基地航空隊は、敵艦隊の撃退に欠かせない戦力となるはずだった。
敵の置き土産を利用したマリアナ航空要塞だが、異世界帝国軍は転移を用いて、飛行場への強襲上陸を敢行。目下、サイパン、テニアン、グアムの各飛行場は陸戦の影響で出撃不可。
かろうじて水上機基地がサイパンとグアムにあるが、その戦力は弱体であり、あてにはできなかった。
「毎度、嫌なところを衝いてくる。こちらは基地航空隊が使えない」
つまり、連合艦隊のみで、マリアナにきた敵を撃滅しなくてはならないのであった。
「だが敵の数は――」
「我が方を完全凌駕しております」
草鹿は言った。
当初、トラックに移動しつつある敵艦隊は、戦艦28、空母60、重巡洋艦32、軽巡洋艦44、駆逐艦130ほどであった。
しかし実際に攻撃をかけてきたのは、戦艦12、空母18、重巡洋艦10、軽巡洋艦10、駆逐艦56。
では消えた敵が、そのままマリアナ襲来へ攻撃を仕掛けたのかと思われた。先日の索敵で確認された数から単純に引いた数で、戦艦16、空母42、重巡洋艦22、軽巡洋艦33、駆逐艦およそ74。
が、マリアナ近海に現れたのはこれだけではなかった。
異世界帝国の空母群が接近しているのではないか、とマリアナ諸島各飛行場から発進した偵察機により、さらに二群が確認された。
アステールを使用する戦術偵察隊によって、正確な隻数まで確認された結果、片方が戦艦22、空母22、重巡洋艦54、軽巡洋艦45、駆逐艦66。残るもう片方は、戦艦30、航空戦艦20、空母6、重巡洋艦40、軽巡洋艦34、駆逐艦60という陣容である。
特に後者は、二千艦隊の残存艦隊のようで、キーリア級旗艦級戦艦に加え、航空戦艦20隻が存在。空母は少ないが、航空戦艦のエアカバーが働くため、慎重に対応しなくてはならないだろう。
つまるところ、マリアナ諸島にきた敵主力艦隊は、戦艦68、航空戦艦20、空母70、重巡洋艦116、軽巡洋艦112、駆逐艦200ということになる。
二千艦隊と比べれば……という気分にもなるが、現状の連合艦隊戦力から見ても、この差はうんざりするほどである。
●連合艦隊第一機動艦隊:連合艦隊司令長官、小沢 治三郎中将
旗艦:航空戦艦「出雲」
●第二艦隊:司令官、伊藤 整一中将
戦艦 :「紀伊Ⅱ」「紀伊Ⅲ」「紀伊Ⅳ」「紀伊Ⅴ」(紀伊・八八艦隊型)
巡洋戦艦 :「竜王」「薬師」、「天城」「天城Ⅶ」(天城型鹵獲艦)
空母 :「瑞鷹」「海鷹」
水上機母艦:「千歳」「千代田」
大型巡洋艦:「雲仙」「剱」
重巡洋艦 :「伊吹」「鞍馬」「笠置」「葛城」「摩耶」「鳥海」「利根」「筑摩」
軽巡洋艦 :「黒部」「遠賀」「鳴瀬」「成羽」「高瀬」「衣笠」
:「那珂」「鬼怒」「球磨」「多摩」
転移巡洋艦:「浦賀」「志発」「宮古」
駆逐艦 :「山雪」「浜雪」「風雪」「磯雪」「大雪」「峯雪」「早霜」「初霜」
:「曙」「潮」「里風」「冬風」「磯風」「雪風」「時雨」「村雨」
:「夕雲」「巻波」「大波」「吹雪」「白雪」「磯波」
:「青雲」「天雲」「冬雲」「雪雲」
●第三艦隊:司令官、小沢 治三郎中将
戦艦 :「伊勢」「日向」
空母 :「大鶴」「雲鶴」「大鳳」「翔鶴」「瑞鶴」「翠鷹」「蒼鷹」「白鷹」
:「隼鷹」「飛鷹」「龍鳳」
水上機母艦:「日進」
重巡洋艦 :「妙高」「足柄」「最上」「鈴谷」
軽巡洋艦 :「能代」
防空巡洋艦:「鶴見」「馬淵」「宇波」「真室」「瀬戸」「木戸」「岩見」「六角」
:「龍田」「天神」
転移巡洋艦:「勇留」「豊予」「本渡」「大隅」
駆逐艦 :「秋月」「涼月」「初月」「若月」「霜月」「冬月」「夏月」「満月」
:「清月」「大月」「葉月」「山月」「春雲」「八重雲」「雪月」「風月」
:「青月」「天月」「浜月」「朧雲」「霧雲」「畝雲」「谷風」「霞」
:「大風」「西風」「南風」「東風」「浜波」「沖波」「岸波」
小沢の手持ちは、第二、第三艦隊の第一機動艦隊。
戦艦、巡洋戦艦合わせて11、空母13、水上機母艦3、大型巡洋艦2、重巡洋艦12、軽巡洋艦11、ほか巡洋艦17、駆逐艦57。合計126隻……。
第一遊撃部隊やその他を含んでいないとはいえ、この数に正面から挑んだら、せいぜい敵の一群と相打ちがせいぜいと言ったところだろう。
「まあ、それでもやるしかないんだがね」
小沢は薄く笑った。その顔に悲壮感は欠片もなかった。こちらには、その艦隊表とは別のところの戦力を動員できる。
しかし敵は、例の円盤兵器群を除けば基地航空隊の援護は望めない。マーシャル諸島こそ陥落したが、それ以外はすべて日本軍のテリトリーなのだから。