第一〇四二話、トラックとマリアナ
トラック諸島は、中部太平洋における日本海軍の重要拠点であった。
第一次世界大戦後の、日本の委任統治領にあって、つまるところ開戦前の拠点だが、ここに異世界帝国軍は再び侵攻した。
開戦直後に異世界人に占領され、それを奪回した日本海軍は、以前よりも防備を強化してはいた。
……いたのだが、先日の中部太平洋決戦で後退、再編成を行っていた機動部隊を、異世界帝国が奇襲を仕掛けてきた際、その防衛施設にも被害を受けてしまった。
春島、楓島、夏島、竹島にあった陸上基地は、戦闘機を出して迎撃。
アステールと小型円盤コメテスを用いた異世界帝国第五航空艦隊に対して、転移誘導弾で十数機を撃墜。しかし阻止しきれず、再編中だった機動部隊もろとも地上施設の損害は大きかった。
それが先日までの話。機動部隊がやられ、トラックにおける艦隊用の燃料タンクを失ったことで、現在、泊地に船はほとんどない。
飛行場や基地施設の復旧は、内地からの転移で物資や人員が送られたことで行われていたが、異世界帝国軍はマリアナ諸島を狙うと思われていたから、せいぜい戦闘機と長距離偵察機が運用できる程度までしか進んでいなかった。
だが、敵はトラックに攻めてきた。
その戦力は、戦艦12、空母18、重巡洋艦10、軽巡洋艦10、駆逐艦56という戦力である。
弱体化しているトラックの攻撃にはこの程度で充分だというのか。偵察機の報告は、内地、軍令部にも届けられた。
「どういうことだ……?」
軍令部第一部長の富岡 定俊少将は眉をひそめた。
「田口君、トラックに進撃していた敵の数は……」
「はい、昨日までの報告では、戦艦28、空母大小合わせて60、重巡洋艦32、軽巡洋艦44、駆逐艦およそ130でした」
第一課長の田口太郎大佐が背筋を伸ばせば、、作戦班長の大前 敏一中佐は首を振った。
「数が合いません。残りはどこへ――」
そこへ部屋の外から慌ただしく駆けてくる音がした。
「失礼します。富岡部長、大変です! 敵がサイパンに攻撃を仕掛けてきました!」
「なにっ!?」
異世界帝国軍はマリアナ諸島にきた。軍令部の予想通りに。トラックは本命攻撃前の陽動だったのか!
・ ・ ・
それは少数機の侵入であった。
シュピーラト偵察戦闘機ほか、遮蔽航空機だった。これらで密かに日本軍のサイパン、グアムの飛行場を叩き、制空権を奪った後に大空襲を仕掛ける――それがムンドゥス帝国軍の計画だった。
だが、この時の日本海軍は、鹵獲した対遮蔽装置をマリアナ防衛のため設置していた。
つまりムンドゥス帝国軍の遮蔽機は、透明効果を剥がされ、たちまち対空電探によりその接近を察知されたのである。
サイパン、テニアン、グアムの航空基地より烈風や零戦、暴風などの海軍戦闘機に加え、疾風、三式戦などの陸軍戦闘機もスクランブル。これらは隠密行動でやってきた異世界帝国機に襲いかかった
姿が露わとなってしまえば、シュピーラトもただの戦闘機。烈風や疾風といった陸海軍の精鋭戦闘機の前に多勢に無勢、目標に辿り着くことなく海面に墜落していった。
日本サイド、マリアナ方面軍は、少数機とはいえ敵の出現に、近くに敵空母がいるのではと索敵を強化。
そして予想通り、敵の空母――大艦隊を発見したのである。
ただちに内地に通報すると共に、当初の防衛計画案に沿って、連合艦隊の来援を乞う。基地航空隊と艦隊が連携しなくては、マリアナ諸島の防衛は困難。
見敵必戦、逸る気持ちを抑えて、各飛行場に展開する基地航空隊――第一、第二、第五航空艦隊は、連合艦隊が到着するまで待機しつつ攻撃準備を進めた。
「さすがに40隻の空母艦載機とやり合うには、こちらの数が足らんよな」
サイパンの司令部で、第一航空艦隊司令長官の大西中将は腕を組んだ。第五航空艦隊の山口 多聞中将が『今は待て』と指示してきているので、一航艦もまた敵機の襲来に備える直掩機以外は、いつでも出撃できる状態で待機である。
「昔の多聞丸なら、とにかく先制で突っ込ませただろうが……」
「今は敵に対遮蔽装置がありますから」
参謀長が発言した。
「多数の敵が控えている場への突撃は、迎撃で叩き潰されてしまいます」
「奇襲航空隊が使えたなら、あいつなら突っ込ませた。オレもそうだ」
だが今は自重の時だ。中部太平洋決戦で、基地航空隊の損害も少なくない。二千艦隊の航空戦力漸減のため、撃墜された機体も多かった。そしてその戦力の回復がなされないうちに敵襲である。
陸軍が穴埋めに戦力を送ってくれたが、どこまで連携できるかは怪しい。上陸された後の陸戦はお任せだが、航空隊による共同攻撃や防空の面で不安はある。
「さて、敵さんはどういう手で来るか」
大西が先日までいたトラックでは円盤の大群。山口がいたマリアナでは、転移を使った突撃艦が無人機を大量にばらまいて艦載機収容中の隙をついて乱戦に持ち込んできた。
転移戦法を使い、敵が飛行場を直接攻撃してきた場合は、基地用防御障壁で防ぐ。展開中、航空機を出し入れはできないが、懐に飛び込まれ、迎撃機が上がる前に破壊されるという事態は避けられる。
敵も爆撃が効かないとなれば、別の手をとる。その間のインターバルを狙って反撃することもできるかもしれない。
などと考えていたら、事態は動いた。
「敵箱型艦、転移にて各飛行場周辺に出現!」
「来たか!」
山口がやられたと言っていた無人機キャリアーを活用した転移奇襲戦法! しかし飛行場の防御障壁があれば、スクリキ無人機程度の攻撃、恐るるに足らず。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国の無人機母艦は、搭載するスクリキ無人戦闘機を連続射出した。
サイパンの四つの飛行場、テニアン島の二つの飛行場、グアム島の五つの飛行場はいずれも海に近く、無人機が基地上空に到着するのはすぐだった。
スクリキの銃撃や光弾が、待機している航空機や燃料タンク、基地施設を狙う。だが日本軍の設置した防御障壁発生器によって、これらの攻撃はすべて無効化された。
不意を衝いたつもりでも、ダメージが与えられないなら意味はない。滑走路近くにいた日本兵らは敵の奇襲が無駄になったことを喜ぶ。
しかし、異世界人も無策ではなかった。飛行場めがけて球形の物体を発射。それはまるで投石器から打ち出された岩塊のように放物線を描き、飛行場――を守る障壁にぶつかった。それらは弾かれ、障壁の上を滑り落ちる中、するりと守りの壁を抜けて地面に落ちた。
すると球形が割れ、足が生えた。六本足の球体は胴体中央に開いた光弾砲を撃ちながら滑走路を横断し、待機中日本機を吹き飛ばすと飛行場施設へ突入した。
六本脚の球形歩行戦車。陸戦兵器の攻撃は、たちまち守備隊と交戦状態に入り、各飛行場を修羅場へと変えるのだった。




