第一〇三七話、まさかの事態
日本海軍の潜水回収隊は、護衛を受けて沈没艦の回収作業を続けていた。
第一遊撃部隊潜水艦隊の砲撃潜水艦は、大量に積まれた砲弾を駆使。その戦闘継続能力は潜水艦の常識を遥かに超越した。
潜水艦が搭載する魚雷は、せいぜい十数本。これでは数で攻められれば魚雷切れで引き下がらなければならない。
だが三桁単位の砲弾があって、それも水中では一発でも砲弾が当たれば、潜水艦など簡単に沈めてしまえる。だから、単純計算で搭載砲弾分の敵潜を葬れることになる。
回収隊のサルベージ中に現れた異世界帝国潜水艦は、待ち伏せしている砲撃潜水艦の水中転移砲によって一方的に狩り続けられた。
一方、敵回収部隊とその旗艦である超巨大回収母艦『フォルティトゥードー』を撃沈した第一遊撃部隊水上打撃部隊は、九頭島軍港へ撤収。改めて修理、補給を受けていた。
「『大和』の主砲を、新型砲に換装する作業を――」
神明が魔技研の将校とやりとりを出していると、軍令部の先任副官である新島 信夫大佐がやってきた。
「お疲れさまでした、神明少将。小沢軍令部次長が報告を聞きたいと」
「わざわざ呼びにきたのか。苦労をかける」
副官とはいえ大佐に使いぱしりをさせるとは、急いで報告に来いという小沢治三郎軍令部次長の声が聞こえるようだった。
神明は新島と共に九頭島軍港司令部の転移室を使って軍令部まで移動した。
・ ・ ・
「何ということだ……。それが嶋田軍令部総長の第一声だった」
小沢軍令部次長は、疲労感をにじませた。
「すまんな、神明。戻った早々、ねぎらいの言葉の一つもかけてやれんうちに、暗い話をせねばならない」
連合艦隊の主力は壊滅した。
さらりと、淡々と。重い話題を軽く流すように小沢は告げた。
「中部太平洋海戦で、戦艦をはじめとした水上打撃部隊が壊滅。集結中だったマリアナ、トラックの機動部隊も、異世界帝国の奇襲でこちらもやられた。今は残存艦が、三々五々内地やフィリピンに撤退している」
二千艦隊への追撃のため、比較的無事であった機動部隊を再編する――山口 多聞、大西 瀧治郎、海兵四十期コンビが企図した反撃を、異世界帝国は待たなかったのだ。
「どれくらいやられたのですか?」
神明は事務的に問うた。小沢は口元を引き結んで間をとると、重い口を開いた。
「正直、細かなところまではわからん。案外残っていて、まだ合流していないだけかもしれんからな。ただ、艦隊編成表を見た時、そこに記載されている大半がやられた」
連合艦隊の戦艦群。51センチ砲搭載の播磨型戦艦も大半が沈み、41センチ砲装備の標準型戦艦である美濃型、伊予型、石見型、特殊砲撃艦改装のものや無人艦隊などもほぼ失われた。
第二艦隊だった13号型巡洋戦艦2隻が残っているが、鹵獲流用した天城型12隻も10隻が沈み、大型巡洋艦も歴戦の雲仙型をはじめ、かなり食われた。
空母に目を向ければ、大鶴型大型空母を主力とする第一、第四機動部隊が壊滅。奇襲攻撃隊の第二、第三機動部隊も半減。無人艦隊を構成していた空母は大半が海に沈んだ。
巡洋艦、駆逐艦など無人艦も多いが、それ故に損害もまた目を覆いたくなるほどだった。
「まあ、まったく戦力がなくなったわけじゃない」
小沢は言った。
「無人化改装のために内地にあった艦艇を出せるし、地方の有人艦隊も小規模ながら残っている。ただ先の二千艦隊規模が攻めてきたらまず対抗できないし、通常編成の艦隊が攻めてきたとして、内地に引き込み、基地航空隊の残存も結集しないと……厳しいかもな」
見通しは正直芳しくない。重苦しい沈黙が室内を満たす。
底知れない異世界帝国の大艦隊。二千艦隊とは引き分けに持ち込み、多大な損害を与えたが、異世界帝国にはさらに複数の艦隊が残っていて、強力な紫の艦隊もまた現れたという。
米、英、独の主力艦隊も失われ、残っていた連合艦隊もその戦力を大きく減じた。もはや勝機は失われたのか。
「そういえば、米軍が敵の一個艦隊を新兵器で撃退したそうだ」
「新兵器、ですか?」
「うむ、詳細は明かされていないのだが、バミューダ島に上陸しようとした敵艦隊にこの新兵器を用いたところ、逃げ出したという。よくわからんが、アメリカ本土防衛には成功したらしい」
本来なら喜ばしい話のはずなのに、連合艦隊主力が失われたショックを小沢は引いているようだった。嶋田 繁太郎軍令部総長などは、果たしてどうなのだろうかと神明は思った。
「それはそれとして、異世界人の次の動きだが、トラック、もしくはマリアナに侵攻してこれを占領するものと思われる」
彼らは一時大マリアナ要塞を築き、日本本土空爆のための準備をしていた。今は日本軍が奪回しているものの、異世界人が再び取り戻しにくる公算は高かった。
やはり、重爆での内地空爆が可能になる点は、異世界帝国にとっては大いに魅力であろう。
「トラックはこの際、仕方ないとして、マリアナ諸島の防衛。現状の戦力を考えれば、ここを取られると我々は非常に苦しい。嶋田軍令部総長は、東条首相にかけあってマリアナ要塞防衛のための増援を手配している」
「陸軍ですか」
「首相にとっても、昨年の本土爆撃を深刻に受け止めていた。その危機が迫っているとなれば、陸さんも他人事を決め込めんよ」
異世界帝国がアジアから撤退したことで、陸軍は大陸の戦力に余裕がある。
「が、それでも限界はある。やはり海上に攻めよせるであろう敵海軍を叩くこと。それがマリアナ防衛の鍵となる」
なるのであるが……――小沢は渋い顔になる。無人艦隊も先の戦いに注ぎ込んだこともあり、とにかく使える戦力の数が足りない。まともに挑めば、押し寄せるだろう敵艦隊を撃滅するどころか、返り討ちにあう確率が高いのだ。
「物量差は如何ともし難い。例の米軍の使ったという新兵器があれば……あるいは」
小沢が顔をしかめながら言った時、思い切り扉が開き、軍令部第三部長の大野 竹二少将が駆け込んできた。
「次長! 緊急の報告です!」
「何だ、マリアナに敵が攻めてきたか?」
うんざりした調子の小沢だが、それを無視して大野はデスクまできた。
「我々に直接どうこうというものではないのですが、各地に派遣した偵察員から相次いで報告が入りました。異世界ゲートが機能を停止したようです!」
「? どういうことだ?」
小沢が怪訝な顔になると、大野は語気を強めた。
「原因は不明ですが、異世界から通じているゲートが使えなくなったようなんです! 現地の異世界帝国は混乱しているようで、ゲートの整備とかで止められたとかそういうのではなく、……そのつまり、イレギュラーな理由でゲートが使えなくなったんです!」
小沢、そして神明は驚いた。異世界ゲートが使えなくなったということは……。
「奴らは増援を異世界から連れてくることができなくなった……?」