第一〇三五話、沈む異世界帝国回収母艦
「こんなことが、こんなことが……!」
回収部隊司令ディ・フィーニス中将は、傾きつつある『フォルティトゥードー』に司令塔にいた。
全長5200メートルの超巨大艦が沈む? それはあり得ないことだ。全幅855メートルもあって、百を超える艦艇を収容できるフネが半分の長さに満たない氷山の体当たりで沈む。
もやは島のような『フォルティトゥードー』が海没しようとしている。
「司令! 総員退艦を命じます!」
「オース艦長」
超巨大回収母艦の艦長が、司令席まで駆け上がってきた。
「このフネはもうダメです! 乗員を下ろさないと!」
「あ、ああ……。そのように指示したまえ」
フィーニスは、ただ頷くだけだった。
こんなムンドゥス軍人の名誉の欠片もない回収母艦で為す術なくやられる。自分のこれまでの人生とは何だったのだろうか思う。
「総員退艦!」
オースが叫んだ。司令塔にいたクルーたちが我先に逃げ出す。誇りもなにもない兵ども――苛立ったのは何故なのか。フィーニスは怒鳴りたい衝動にかられたが、何もないのは自分も同じだと気づき、結局司令席に腰を据えた。
「司令、あなたも退艦を――」
「いいんだ、艦長。私は後でいい。君はもう行きたまえ。クルーの退艦を監督せねばならんだろう」
「……」
オースは敬礼をすると、その場を離れた。先ほどまでクルーたちがいて、いつも通り仕事をしていた司令塔は、とても静かで空っぽになっていた。
「結局、私は何もできなかったな」
この『フォルティトゥードー』が対空機銃以外に武装していたら、まだせめて戦闘指揮ができたのだろうか?
「ままならんなぁ。戦死しても特進もないんじゃないか」
急激に司令塔が斜めになる。いや、これは横倒しか。司令塔の壁へ落ちそうになるのを何とかこらえるフィーニスだが、それは叶わなかった。
・ ・ ・
超巨大回収母艦『フォルティトゥードー』の傾斜が激しくなるにつれて、その船体は裂かれた。入りこんだ海水による重心の変化が船体分断を加速させ、そしてついに転覆させた。
起きた波が内火艇やタグボートをひっくり返し、離艦しつつあった乗員らを巻き込んだ。生命維持装置の働かない場所まで流されれば、待っているのは死である。
発生した大波を何とかしのいだパレイア級回収母艦。そのクジラのようなフネはしかし、日本海軍は見逃さない。
第一遊撃部隊の戦艦『大和』が、残り少ない主砲弾を振り向ける。転移砲撃に切り替え、次の瞬間、全長400メートルのクジラが胴体を貫かれ、爆発。ドス黒い煙をあげながら巨艦がのたうつ。
それを艦橋から見ていた有賀 幸作艦長は思わずつぶやいた。
「なりはデカいが、しょせんは回収母船か……」
戦艦でもトップ層に含まれるだろう『大和』の砲撃に耐えられる装甲は持ち合わせていない。
商船構造であれば、いかな巨大船でもあっさり沈むが、それと同じなのかもしれない。
だがパレイア級は大きいこともあって、一発で沈むことはなかった。が、それでも数発撃ち込まれれば、それも限界が訪れる。
「これはいよいよ、弾がなくなってきたな……」
中部太平洋海戦で、『大和』は縦横に働き、砲弾を使いまくった。今回の出撃に関しても、弾の補充を受ける余裕がなかったのである。
「司令」
有賀は、同期であり第一遊撃部隊司令官の神明 龍造少将を見た。通信員からの報告を受けていた神明は頷くと、有賀を見た。
「敵の旗艦級回収母艦は沈めた。ここでやるべきことは最低限果たした。あとは被害なくやっていければそれでいい」
敵護衛部隊はほぼ全滅した。『フォルティトゥードー』を撃沈したことで、異世界帝国は沈没艦の回収作業の一時中止。立て直しをしなければ、当面サルベージは無理となれば、日本海軍の回収隊のための時間稼ぎにもなるだろう。
「敵の潜水艦隊の人工桟橋も叩いた。襲撃は成功だ」
陣風、暴風、暁星改などの攻撃隊は、決して数は多くないものの、無力な人工桟橋と補給中の潜水艦を撃滅。魚雷や燃料が誘爆したことで、より惨状が大きくなった。
「司令、駆逐艦『氷雨』より通信です!」
通信兵が駆けてきた。
「複数の敵潜水艦が水中を高速で航行しつつ、我が遊撃部隊に接近しつつあり、です」
「敵の増援か」
いや、警戒に出ていたのが、桟橋や回収母艦への奇襲の知らせを受けて戻ってきたのかもしれない。
話を聞いていた有賀は言った。
「潮時か?」
目的を果たしたなら、無理に潜水艦の相手をすることはない。一応、対抗策はあるが――
「少数なら潰していこう」
神明は、藤島先任参謀に視線をやった。
「数が多ければ離脱だ。『早月』『野洲』『氷雨』『霧雨』に対潜戦闘を命じろ。……有賀」
「何だ?」
「『大和』の砲身、そろそろ替え時じゃないか?」
砲身寿命のことを言っていた。転移砲身に交換してさほど時間が経っていないが、ここ最近特に撃ちまくったので、寿命が近い。
火薬を爆発させて砲弾を撃ち出すわけだが、その際にかかる圧力は砲身内部にダメージを与えていく。これは初速や命中精度に低下に繋がるために、一定の砲を撃ったら、内側の交換は必要であった。
「……お前、よからぬことを考えていないか?」
有賀は神明の思わせぶりな言い方、そしてそのタイミングに何となく嫌な予感がした。その神明は、しれっと言うのである。
「ちょっと試したいこともある。せっかくの機会だ。砲の方もオーバーホールが必要な頃だと思うから……まあタイミングとしては悪くないと思う」
「それは砲をぶっ壊すかもしれない、という風に聞こえるが?」
「一つ、この大和も対潜戦闘に参加しようじゃないか」
神明は完全に魔技研の技術屋の顔をしていた。