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第一〇三四話、通常業務と緊急事態


 フォルティトゥードー。それはムンディス帝国の超大型回収母艦の名前であった。

 全長5100メートル、全幅は855メートルあり、艦の種類によるが百隻以上をその腹のうちに収めることができる移動基地でもある。


 回収部隊司令であるディ・フィーニス中将は、情報指令センターともいうべき巨大司令塔内から、部下たちの働きぶりを見ていた。


 さながら空港の管制塔のように、艦橋スタッフらは決められた手順に従い、回収母艦や回収資材の移動についてオペレートしている。

 それを司令席に座ってぼんやり異世界コーヒーをすすり、眺める。通常業務である。司令官として指示を出した後は、何かあった時に備える以外にすることがない。

 これが軍港に戻った後などは、膨大な資料と格闘することになるが今はただ、回収されている残骸が運ばれる様を眺めるしかないのである。


『パライア・デケム、浮上』


 アナウンスが聞こえ、フィーニスは該当モニターに視線を向ける。

 鯨型――パレイア級回収母艦が、『フォルティトゥードー』の近くに浮き上がってきた。


 その真っ黒な艦体は、全長400メートルほど。『フォルティトゥードー』が大きすぎて感覚がおかしくなるのだが、これでパレイア級回収母艦もまた大型戦艦や空母を軽く凌駕する代物である。


 実際に沈没艦をキャプチャーするアスタコス級回収艇の母艦であるパレイア級回収母艦もまた、回収艇の運んできたサルベージ艦を積載もしくは係留し、『フォルティトゥードー』へと運び込んでくる。

 回収艦を受け取り、回収母艦に燃料を供給する。……その繰り返しである。


 果たして今回は、何回、後方と往復しなくてはならないのか。フィーニスは考える。

 先日の中部太平洋海戦は、日本軍とムンドゥス帝国軍の多数の戦闘艦艇が沈んだ。これらを律儀に回収するのが任務であるのだが、沈んだ数が数なので、しばらく休暇はないだろう――フィーニスは機械的なまでに無表情ながら思った。


 回収部隊にとっては、今が働きどころではあるのだが、戦うことが第一であるムンドゥス帝国軍人の視点でみれば、回収部隊は士気の上がらない仕事であった。

 この近くでは、護衛についている潜水艦隊が日本軍の潜水艦と交戦しているという。そちらは楽しいのだろうか――フィーニスは自身の口ひげを撫でつけるのである。


 退屈な仕事だ。

 労働に勤しむ部下たちの働きぶりには、よくもまあ、と呆れとも感心ともつかない感情を抱くのである。


 だが、彼にとっての退屈な日常は終わりを告げる。

 大気が揺れ、司令塔の窓ガラスがわずかに震えたような気がした。次の瞬間、警報が響いた。


『護衛部隊に爆発!』

「事故か!?」


 フィーニスは立ち上がる。まさか攻撃されているという自覚はなかった。そもそも敵襲ならば、まず敵の発見報告があって、それから――


『敵とおぼしき艦艇ならびに航空機出現!』

「敵……?」


 聞き違いではないかと思った。この『フォルティトゥードー』が戦闘に巻き込まれる? そんなことはこれまで一度もなかった。

 それ以前に、これほどの巨大建造物に対して攻撃してこようなんて馬鹿がいるのか?


『シールド、展開します!』

「馬鹿者! 周囲のフネへの警告が先だ!」


 艦長のオース大佐が怒鳴った。


「貴様、回収艦を吹き飛ばすつもりか!?」


 防御シールドを張るというだけなのに、この『フォルティトゥードー』ほどの巨艦となると効果範囲に味方がいないか注意を強いられる。

 それでなくても回収艦のやりとりや補給で、フォルティトゥードー内に出入りしているフネがあるのだから。


 先ほどまで決められた仕事を決められた手順に従ってこなしていたスタッフたちだが、ここにきて浮き足立っていた。巻き込まれることがないと思って油断しきっていたところに突然、戦闘配置の発令である。

 艦内でもおそらく所定位置につくのに時間がかかって、なおパニックになっている者もいるのではないか。


「地球は、魔境だな」


 フィーニスは呟いた。そもそも回収部隊に護衛がついているという時点で察するべきだったかもしれない。

 この地球世界がどういうところであるのか。



  ・  ・  ・



 日本海軍の第一遊撃部隊は、異世界帝国の回収部隊に攻撃を仕掛けた。


『敵ヴラフォス戦艦「甲」、轟沈』


 戦艦『大和』。砲撃管制を行っていた正木 初子は報告した。艦長の有賀 幸作大佐は頷いた。


「よし、次! 戦艦「乙」に……狙えるか?」

『……捕捉しました。行けます』


 なにぶん、超巨大回収母艦――フォルティトゥードーの右舷と左舷に、それぞれ一隻ずつわかれて配置されている敵戦艦である。

 初手で、敵船から見て左舷の旧式戦艦を46センチ砲弾でスクラップに変えたが、反対側にいる敵戦艦は、『大和』の位置からは直接見えないのである。


 だが能力者である初子は目標を捉えた。それくらいできなくては、砲弾誘導などという芸当もできないのである。


『砲身の転移装置を解除。通常砲撃でいきます』


 46センチ砲が黒煙を吐き出す。砲弾は『フォルティトゥードー』を飛び越え、そしてその向こう側に消えた。


 空母『鳳翔』『雷竜』、水上機母艦『早岐』『音戸』から連続発進した艦載機が敵陣をよぎる。陣風戦闘機、暴風戦闘爆撃機、暁星改水上攻撃機などが、近くの敵潜水艦桟橋へと殺到する。

 護衛だったり第二潜水艦隊のものだったりが補給を受けている場に日本機が雪崩れ込み、ロケット弾や誘導弾が突き刺さる。

 さらに20ミリ光弾機銃による掃射が、潜水艦の船体を削り、貫き、破壊することで潜行を不可能に追いやる。


 まさに奇襲。補給作業中の潜水艦隊が修羅場を迎えている一方、回収部隊の護衛部隊も災厄に見回れる。

 装甲艦『黒雷』が、敵護衛巡洋艦を三連光弾砲でシールドごと破壊するのをよそに、僚艦の『火雷』がエ1式機関で浮遊すると、『フォルティトゥードー』の反対舷へと飛んだ。


 その過程で、『火雷』は転移中継装置を使ってあるものを、『フォルティトゥードー』の飛行場のような甲板に転移で落とした。

 その様子を観測していた飛雲水上偵察機は、旗艦『大和』に通信を送る。


『I素材爆弾、敵甲板に命中を確認!』


 それを通信長から受け取った第一遊撃部隊司令官、神明 龍造少将は口元に小さな笑みを浮かべた。


「やはり後方は手抜きだったな。通信長、海氷突撃艦に転移指示。目標に突撃せよ――送れ」

「はっ!」


 旗艦から直ちに、別の位置にて待機している海氷突撃艦に命令が飛んだ。転移中継装置の誘導に従い、全長2000メートルの異世界氷の塊――海氷突撃艦が瞬間移動し、『フォルティトゥードー』の至近に現れると、そのままゆったりと前進し、巨艦の横腹に突っ込んだ。


 母艦側面に氷山が激突! 巨大な回収母艦だが、その全体を装甲が覆っているわけでもなく、メキメキと船体を潰し、引き裂きながらその内部へ食い込んでいく。


 超巨大回収母艦『フォルティトゥードー』は、真っ二つになる勢いで半分ほどを裂かれ、大量の海水が艦内に侵入。傾斜に合わせて、さらに海氷突撃艦に船体を分断される結果になり、やがて沈みはじめた。

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