第一〇三一話、水中砲撃
中部太平洋の海の底は、多数の潜水艦が潜んでいる魔の海域だった。
「こんなところをのんびりと水上航行はしたくないな」
第一遊撃部隊司令官、神明 龍造少将は、旗艦『大和』の艦橋にいた。現在、『大和』以下、遊撃部隊は潜水航行中である。
大和艦長、有賀 幸作大佐は穏やかな表情を浮かべて言った。
「予想はしていたが、こうも潜水艦がうようよしているとね。いくら俺でもこれはさすがに御免蒙るかな」
「いかに『大和』でも、この潜水艦の数が相手ではな。対潜用の短魚雷くらいしか有効な攻撃手段がない」
もっとも、『大和』で潜水艦狩りをするつもりはまったくない神明である。
「通信。掃討隊を前進させ、敵潜水艦を撃滅せよ」
「了解」
第一遊撃部隊に編入した四隻の潜水艦――『伊706』『第〇二潜水艦』『スルクフ』『X1』が前進する。
「それにしても、奇妙な取り合わせだな」
有賀は資料を見直す。
「伊706は、マ号潜水艦の系譜――アポロ級防護巡洋艦のシビル……?」
「日露戦争より前に沈んだフネだ。さすがに普通に再生しても戦力にならないからな」
あまりに旧式過ぎて。
「巡洋艦を潜水艦に改装か、船体材質まで変えてあるんだろう? もっと他のフネでやればいいのに」
「あまりいいフネだと、新装備を試せないからな。マ号潜なんて、魔技研が好き勝手やっても怒られないようなフネでやっている」
「なるほどな。で、この伊706は、伊号潜初の転移砲搭載艦か」
「日本潜水艦での初装備なら、第〇二潜水艦だがな」
神明の言葉に、有賀は片方の眉を吊り上げた。
「これ、海軍籍に入っていないやつだろう。第一次世界大戦後にドイツから持ち帰った潜水艦」
「U-46。そうだ、海軍は戦利品を各種実験に使った後、解体したんだが――」
「解体されていなかった、と……。俺の記憶違いかな。確か持ち帰った潜水艦のうち1隻が、横須賀に曳航している最中にケーブルが切れてどこかへ流れていったやつ」
「そう、その流れてどこかへ行ったやつ」
ハワイ方面まで流れて、その後航路の安全のために沈められたが。
「あれも古すぎて、とりあえず載せてみようと試しても文句が出ない類いだな」
後方で同期の友人と雑談しながら状況を静観する。前進した四隻の潜水艦は、マ式ソナーによって浮かび上がった敵潜に対して砲を操作、その砲口を向ける。ただし砲は蓋がされ、傍目には撃てないように見える。
だが、次の瞬間、四隻が狙いをつけた異世界帝国のTR級潜水艦がその船体に高速の砲弾を撃ち込まれ、そして潰れた。船殻が破壊され、中の空気を泡という形で大量に吐きだしながら。
防御シールドは張っていただろう。日本潜水艦の索敵範囲を考えれば、先手をとられると予想していてもおかしくない。
だが、無駄だった。
転移砲弾はシールドをすり抜け、デリケートな潜水艦の外板に突き刺さり、そして爆発した。
12.7センチ、10センチ、20.3センチと口径は違えど、例外なく異世界帝国潜水艦を貫き、泡と金属の残骸へと変える。
「これで敵も襲撃に気づいた」
報告の間もなく撃沈したかはともかく、潜水艦が破壊された音が拾える位置に友軍がいるだろう。
サルベージ作業の邪魔をされないよう、護衛の潜水艦が急行してくるはずだ。
――いくらでも来い。こちらは砲弾がたっぷりある。
一番巨砲を積んでいる『スルクフ』でさえ、600発の砲弾を搭載している。直接狙った場所に命中する転移砲弾が仮に百発百中であったなら、1隻で600隻の潜水艦を撃沈できるということになる。
実際にそこまで上手くいく保証はないが、四隻の砲撃潜水艦があれば、敵護衛部隊を蹴散らせることは不可能ではないと考える神明である。
もっとも、敵も反撃してくるだろうし、第六艦隊の潜水艦群に打撃を与えた衝撃兵器を敵が使ってくる可能性もあるから、楽観も油断もできないが。
「通信、水上機母艦二隻に浮上指示。索敵機を出させろ」
神明は、サメ退治の傍ら、軍令部が欲しがっている敵の情報を得るため、『早岐』『音戸』、二隻の水上機母艦に偵察命令を出す。
戦術偵察隊や哨戒空母戦隊が偵察活動を行っているが、他方向からの情報収集は重要だと考える。重複するなら、それだけ情報の確度も上がるというものだ。
正直なところ、神明としては南米で目撃された超巨大回収母艦の所在を突き止めたいというのが本音ではあるが。
ただ回収隊を支援するだけなら、潜水艦だけでもよかった。わざわざ『大和』や、後で合流することになる『蝦夷』を用意したのは、回収母艦を見つけてそれを叩くだめである。
その間にも砲撃潜水艦が、敵潜水艦を撃沈していく。のこのこやってきた僚艦が、日本潜水艦の位置を突き止める前にやられていく。
マ式ソナーが優れていることもあるが、砲撃潜水艦以外にも伊600や伊701潜が索敵ユニットとして、接近する敵の位置を把握し、マ式通信で知らせているのも大きい。魚雷がなくても使いようはあるのだ。
「大したもんだ」
有賀が素直に関心する。
「魚雷がないと聞いた時は、正直どうなるかと思ったが、水中での砲撃も中々だな」
「いずれは、この『大和』だって海中から主砲をぶっ放す日が来る」
神明は言った。有賀は驚く。
「本当か?」
「そのための装備や試験もやっているからな。あの『蝦夷』も水中発射の処理さえできれば、転移砲で51センチ砲弾を海中から見舞える」
水中での砲塔の旋回機構の試験などは、実験艦を中心に行ってきた。巡洋戦艦『武尊』や戦艦『蝦夷』のマ式旋回装置も、砲塔旋回速度向上にプラスして水中での滑らかな旋回を可能にするためのものだ。
「潜水できる艦艇は多かったが、水中で砲を使うことができなかった。だから戦艦を水中に潜らせられても、結局武器は魚雷と機雷しかなかった」
「異世界人の水中航行可能な水上艦が、駆逐艦や巡洋艦ばかりで戦艦はほとんどなかった理由はそれか」
せっかくの大砲を活かせないなら戦艦が潜水できる必要はない。日本軍のように肉薄しての水雷戦、その支援として重巡洋艦や戦艦が突撃させるために潜水するという思想が、異世界人にはなかったのだろう。
「もし神明の言うようなことになったら……」
有賀は難しい顔になった。
「これからの戦艦の戦い方は、海中から水上の敵を砲撃する――ということになるのか?」
潜水戦艦が主流になるのか。
「あくまで攻撃オプションの一つだよ、有賀。位置がバレれば、わんさか対潜兵器を撃ち込まれるのを覚悟するのか、それらが届かない位置からアウトレンジするのか。水上か水中か、状況から指揮官が判断する、それだけのことだ」
あくまで戦術パターンが増える程度である。
第一遊撃部隊は、転移砲を使う潜水艦四隻によって海中を進む。
切り開かれた道を通って、回収隊の潜水艦がマ式回収装置を活用し、沈没艦のサルベージを開始した。




