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第一〇二七話、勝敗の行方


 勝ったのか負けたのか。その判断に困っているのは海軍軍令部も同様だった。

 嶋田 繁太郎海軍大臣兼軍令部総長は、小沢 治三郎軍令部次長に尋ねた。


「それで、古賀大将の容態は?」

「軍医の話では一命は取り留めました」


 小沢はしかし苦い表情である。


「ただし意識が戻っておりません。いつ戻るかもわからない。重傷です」

「うむ……。生きているのは不幸中の幸いだが、しかし、困ったことになった」

「はい。この状況ですから、取り急ぎ連合艦隊をまとめる必要があります」


 トラック、マーシャル諸島間での中部太平洋の決戦は、双方に大きな被害を出した。艦隊を引いた時点で、痛み分けという形にはなっているが、その仔細はまだわかっていない。


「もし敵より優勢であるなら、追撃をかけて徹底的に叩くべきです」


 小沢は言った。


「しかし劣勢であるなら、すぐに残存戦力をまとめて、トラックもしくはマリアナの防衛を強化する必要がある……。古賀長官が指揮をとれる状態にありませんから、新たな連合艦隊司令長官を立てねばなりません。ですが――」

「わかっている。今は正規の手続きを進めて、連合艦隊司令長官を選んでいる時間はない」


 嶋田は眉間にしわを寄せた。


「小沢次長、連合艦隊司令長官の後任に関係する手続きは内地で進めるとして、この急場を凌ぐため、軍令部が直接連合艦隊を指導、指揮する。問題ないな?」

「緊急事態ですから、致し方ありません」


 小沢は頷いた。よろしい、と嶋田も頷き返す。


「それで、連合艦隊の戦力はどんな状態なのだ?」

「戦艦を中心とする水上打撃部隊は、敵にも打撃を与えたとはいえ、壊滅的な損害を受けたようです」


 これは無人艦隊の無人戦艦やル型巡洋艦も同じで、大半の艦が沈んだという。


「比較的戦力が残っているのは空母機動部隊です。無傷とはいきませんし、二千艦隊との航空戦でおよそ半減したようですが、裏を返せばまだ半分残っています」


 敵二千艦隊のほうといえば、空母の八割が沈んだと思われ、こと航空戦を継続するなら、さらに敵を痛撃できる可能性は高かった。


「航空隊は基地航空隊である海氷飛行場で補給を受けていたため、空母にまだ爆弾や誘導弾も残っています」


 その海氷飛行場も敵の奇襲を受けて被害を受けたが、転移退避が早かったので、機体も相当残っている。


「これら基地収容されている艦載機を空母に戻せば、追撃戦力を形成できます。……というより、すでに一航艦の大西中将と五航艦の山口中将が、そのように動いているようです」


 現場での判断というやつである。大西 瀧治郎、山口 多聞の海兵四十期コンビは噂に違わぬ闘将であり、連合艦隊司令部が機能していない状態でも、戦力の再編成に務めていた。


 小沢はまだその二人と会っていないが、指示を待つことなく動いているところからして、すぐに立て直さねばならないという危機感があるのだろう。

 腕を組んで険しい顔をしている嶋田は、ポツリと言った。


「果たして敵は、どれくらい残っているのだろうか?」

「伝え聞いたところによれば、あと一歩まで追い込んでいた、という話もありますから、再編なしに向かってくる余裕はないと思いたいところですが……」


 なにぶん戦闘の興奮で、実際の状況と合っていない判断を下している可能性もある。数人程度の証言では全体像の把握は難しい。

 おおよそ勝っている、引き分け――そんな風に聞き取れる時は、案外それよりよくないと見るべきではある。正確な情報が必要だ。



  ・  ・  ・



 嶋田総長との打ち合わせの後、小沢は九頭島へと飛んだ。

 連合艦隊司令部の戦闘中止の命令を受けて、第一遊撃部隊も撤退していた。

 連合艦隊の残存艦の大半がトラックもしくはマリアナ諸島にいたが、収容、補給に余裕がないため、軍令部直轄部隊は内地にまで戻って補給を受けていたのだった。


「貴様の部隊は軍令部直轄だからな。話を聞く分、一番正直だろう?」


 小沢は第一遊撃部隊司令官の神明 龍造少将に言った。

 二千艦隊の後方襲撃、敵戦力の分散と隠れていた敵艦隊との交戦をやってのけた第一遊撃部隊である。連合艦隊主力が見える範囲ではなかったが、異世界帝国艦隊がどの程度残っているのか、それを知る一つの目安になるのではないか、と小沢は期待する。


「連合艦隊側にも若いのを送ったんだがな、再編で忙しそうではあった。大西、山口が主導して機動部隊だけでも動けるようにやっているそうだ」

「こちらも後半は、遮蔽で隠れていた艦隊を相手にしていましたから、あまり参考にはならないと思います」


 神明は正直だった。


「大雑把でもいい」

「その大雑把でもわからないというのが本音です」


 なにぶん海戦の範囲が広すぎる。二千艦隊を追い込んでいたはずの連合艦隊が、敵の増援らしい艦隊から挟撃、側面襲撃をされているという時点で、事前の情報から大幅に修正が必要なほど変わっているのだから。

 そもそも自軍の被害すら、まだ正確に把握できていないというのだからたまらない。


「改めて偵察機を出して、敵情把握を優先すべきでは?」

「それはわかっている。哨戒空母を呼び寄せて、彩雲による強行偵察を行わせる」


 遮蔽対策されている中、偵察隊にも被害が出るだろうが、やむを得ない。


「神明、貴様の目から見て、今回の海戦はどう見る?」

「連合艦隊は勝ちきれなかった、それが全てでしょう」


 勝った負けたがわからない時点で、すんなり勝利とは言えないのは明らかだ。負けたのか認めたくない故の辛勝に持っていきたいのか、実際に判断がつかないのか。その程度で終わったというのが正直なところである。


 だが、それで終わらせないつもりで、大西、山口両名が動いているのだろう。ここで機動部隊が再編が終わり、攻勢に出て二千艦隊にトドメを刺すことがあれば、誰が見ても連合艦隊が勝利した、と判定できるのではないだろうか。


「フムン……。神明」

「はい」

「敵情も気になるが、俺はもう一つ気になっていることがある」


 小沢は神妙な調子で言った。


「敵は一時引いたが、沈没艦の回収作業は始めていると思うか?」

「……おそらく」


 今年に入って、異世界帝国の沈没艦回収部隊の動きが活発になっているという話は神明も聞いていた。

 増員された敵の護衛潜水艦によって、軍令部直轄の回収部隊もサルベージができず、イギリス、アゾレス諸島、南米での沈没艦の大半が敵の手に落ちている。おかげで日本軍が回収できた艦艇はさほど多くなかった。


「今回、双方とも多数の艦艇が沈みました。異世界帝国も、こちらより先に沈没艦を回収しようとするでしょうから……すでに動いているものと見るべきかと」

「第六艦隊の損害も大きい」


 小沢は天を仰いだ。

 潜水艦隊である第六艦隊。敵二千艦隊は大潜水艦隊を海中に潜ませていて、艦隊決戦の隙を衝こうとしていた。邪魔をさせないために第六艦隊と、さらに多数の稼働潜水艦が戦線に投入され、敵の妨害、撃滅を行っていたが――


「勝ったにしろ負けていたにしろ、放置できるものではない」


 だが問題は――


「使える潜水艦が不足していることだ」

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