第一〇二五話、反撃の親衛艦隊
連合艦隊の猛攻は、二千艦隊の一角を突き崩した。この状況においても数の上では異世界帝国艦隊の方が勝っていた。
だが勢いは完全に日本海軍にあった。一点から崩壊するダムのように、二千艦隊がひっくり返る。その様が後方で戦況を見ていたムンドゥス皇帝にもわかった。
さすがに皇帝の表情にも余裕はない。視線鋭く戦況をモニターしている。
「日本軍、噂以上の勇猛ぶりだ」
もったいぶった言い方に、幕僚たちは動向を見守る。
「ササに指令を。イリクリニスを手伝ってやりたまえ」
ムンドゥスは告げた。
親衛艦隊、その司令長官ササに、この戦いを終わらせろと命令が下ったのである。
命令を受けた皇帝親衛軍――紫光艦隊旗艦『ゴッドウィン・オースティン』では、仮面の司令長官ササが命令を発した。
『皇帝陛下の御命令が下った。これより前線に馳せ参じる』
直ちに所属隊に指示を出す。
『マイウス隊は敵戦艦群を撃滅。ウルブス隊、オクトー・ベル隊は後衛の空母群を始末せよ。ゲラーン隊は我が隊に続け』
そして――
『テシス隊――紫星艦隊は敵主力の南から攻撃させよ。我が紫光艦隊は北から攻め、挟撃する』
キュクロス級ゲート巡洋艦が各艦隊の中央に移動、魔法陣型ゲートの展開準備を行う。その間にササは転移座標を特別転移砲艦『ワガブンドゥス』に指示する。
「目標海域にセット。第一弾、発射準備完了ー!」
『発射』
淡々とササは命じた。
特別転移砲艦『ワガブンドゥス』は、皇帝座乗艦が装備している新兵器『転移砲』と同じものが装備されている。
だがその用途は、直接的を狙うものではなかった。
「第一弾、発射完了! 続いて第二弾装填! 新たな海域に目標を変更」
『装填および、座標セット後、速やかに発射せよ』
日本艦隊撃滅の作戦は、すでに動き出している。
・ ・ ・
連合艦隊は二千艦隊へ畳みかけるように攻める。流れる川をせき止めるのが困難なように、勢いを止めることはできない。
だが、それも突然の魔法陣型転移ゲートの出現で騒然となる。
連合艦隊旗艦『敷島』にもその報告は届き、古賀 峯一連合艦隊司令長官も目を見開いた。
「敵の増援か!?」
参謀陣の表情も強張る。一大攻勢、ここで止まればもはや勝ちはない。それくらいの精神状態だったところに新たな敵の出現は、冷や水を浴びせるどころの話ではかった。
「それが、ゲートは開いたのですが、敵は現れませんでした」
「?」
これには古賀大将も首をひねった。
「現れなかった? もしや味方が飛ばされたとか?」
逆シベリア送り戦法を仕掛けられたのではないか。そう危惧したが――
「いえ、こちらの艦艇は皆無事です」
「どういうことだ」
意味のわからないゲート。だがそれはすぐに判明する。
『全艦、攻撃を開始せよ!』
突然走った閃光と噴煙。飛翔する砲弾や光弾が日本艦の側面に着弾、あるいは貫き、爆発した。
「艦隊側面に敵艦隊、出現!」
「なに!?」
遮蔽の衣を捨てて、紫の艦艇群が現れる。南からはオリクトⅢ級戦艦、プロートン級戦艦が火蓋を切り、北からはゴッドウィン・オースティン級、モンブラン級戦艦が突然の側面攻撃を仕掛ける。
「南北より敵の挟撃を受けています!」
「敵は、紫の艦隊です!」
連合艦隊にとっての宿敵、異世界帝国の紫の艦隊がこの状況で現れた。それは最悪の知らせであった。
「艦隊内に転移ゲート出現!」
「くっ――」
旗艦『敷島』、その司令塔の窓からも魔法陣の発する光が溢れ、視界を覆った。目を光から庇って数秒後、第一艦隊の至近に現れたゲートから、オリクト級に似た、しかし未確認の戦艦と駆逐艦群を出現させた。
「至近に敵艦隊が出現!」
「迎撃しろ!」
近接砲撃戦。異世界帝国側が仕掛けてきたそれに対応する連合艦隊。だがそこから不可解なことが連続する。
「戦艦『相模』に直撃!」
「『安芸』、後部砲塔が爆発!」
これまで被弾はすれど健在だった播磨型戦艦に次々と損害が報告される。そして突然の大爆発が辺りを震わせた。
「第四戦隊、戦艦『常陸』、爆沈!」
「どうしたことだ……?」
古賀は自身の耳を疑った。しかし『敷島』の司令塔からも、火山噴火の如く大爆発は見え、現実の出来事であるとわかる。
「葦津型砲撃戦艦、前に出ます!」
第一艦隊所属の無人戦艦である葦津型戦艦が、艦隊近くに現れた改オリクト級とおぼしき敵に41センチ三連装砲を発砲する。
それらは敵戦艦の周りに水柱を突き上げさせたが、その球形の砲が回頭したかと思うと、砲口を思わす穴がチカっと瞬いた。
次の瞬間、前に出た葦津型戦艦『多良』が艦首砲を吹き飛ばされ、大爆発を起こした。
「いったい、何が……!?」
攻撃を受けた様子はなかった。突然の爆発であった。高田 利種首席参謀がその正体を推測し口を開いた。
「もしや、あれは転移砲……?」
日本海軍の魔技研が開発した、対防御貫通砲である転移砲。戦艦『蝦夷』『大和』に先行装備されたそれが、異世界帝国側でも使われているというのか!