第一〇一七話、必殺の51センチ砲弾
二千艦隊の進撃は止まらない。
小型潜水艇『電龍』の側面襲撃で、プロートン級戦艦ほか有力な戦艦を二十数隻撃沈されたものの、依然として戦艦・航空戦艦群は250隻は健在であり、日本海軍を正面から撃破しつつある。
「このまま正面から押しつぶせば、我々の勝ちは揺るがない」
ソフィーア・イリクリニス元帥は、キーリア級旗艦級大型戦艦『キーリア・ノウェム』の司令塔で、ワイン休憩をとるほど余裕があった。
もちろん参謀らをはじめ、艦のクルーたちは戦場にあって、イリクリニスのようなあからさまな休憩は取らなかったが。
「もはや、私が指揮するまでもない。誰がやろうとも勝てるだろうよ」
「まさに戦いは数です」
オルドー参謀長は事務的に告げた。
「また、閣下の戦歴に世界征服の勲章が加わりますね」
「フン、私の実力ではあるまい」
イリクリニスはグラスを掲げ、赤ワインごしに正面を見据える。
「言っただろう? 私でなくても、勝てる戦いだ。こんなもの誇るものでもない」
勝って当たり前。それだけの戦力を任せられている。皇帝陛下を満足させるための艦隊。約束された勝利。常勝の艦隊――
「それでも、日本軍はよくやった。私が相対した中で、一番強かった。……フフ」
イリクリニスは視線をオルドーに向けた。
「まだ終わってもいないのに、という顔をするのだな、参謀長。そうだ、まだ終わっていない。結果が見えているとはいえ、少々不謹慎であったかな。あ――直に終わるだろうよ」
日本艦隊の前衛は壊滅した。
プロートン級戦艦の鉄槌は、無人戦艦を完膚なきまでに叩き潰していく。反撃の火線は弱まり、二千艦隊の圧倒的火力が、耕すように日本艦艇を破壊していく。
『敵後衛群、前進。プロートン級に匹敵する大型戦艦12、航空戦艦1、ほか戦艦35、大型巡洋艦30』
「最後のあがきだ。プロートンクラスが12隻。こちらはまだ60隻は健在なのだ」
イリクリニスは不敵な笑みを浮かべる。
「皇帝陛下に勝利を」
・ ・ ・
連合艦隊第一艦隊、第二、第三艦隊は、前衛の無人艦隊が撃滅されたところで前線に到着した。
「敵戦艦群まで、距離4万2000」
連合艦隊旗艦『敷島』。古賀 峯一連合艦隊司令長官は静かに頷いた。
「それでは始めよう。第一、第四、第五戦隊へ。砲撃開始せよ」
播磨型、および改播磨型戦艦12隻が、51センチ連装砲の仰角を上げる。遠距離砲戦である。
すでに敵戦艦の砲弾が届きつつあるが、まだまだ命中させるには遠い。水柱が上がるのを無視し、連合艦隊の切り札である播磨型51センチ砲の射撃準備が整う。
「撃ち方始め!」
号令がかかり、播磨型戦艦の巨砲が火を噴いた。およそ2トンにも達する砲弾が、彼方の異世界帝国艦隊、その中で無人戦艦を葬ってきた巨艦へと飛ぶ。
弾道を修正しつつ51センチ砲弾は活発な砲撃を続けるプロートン級戦艦の頭上に迫り、そして突き刺さった。
その瞬間、砲弾内の特殊エネルギーが力を解放。爆発と共に周囲のものを根こそぎ飲み込み、まばたきの間に主砲弾薬庫を誘爆。7万5000トンの大型戦艦が大爆発と共に轟沈させた。
それは不運な事故のように見えた。
開戦前、ドイツ戦艦『ビスマルク』が、イギリスの巡洋戦艦『フッド』を吹き飛ばしたように、アンラッキーな一発に思えた。
だが、始まりに過ぎなかった。
12隻の播磨型の砲撃は、標的となった異世界帝国戦艦に次々に突き刺さり、その上面装甲を貫通。そして巨大な火柱を突き上げさせた。
異世界帝国将兵に、それは歪な光景であった。プロートン級戦艦がこうもあっさり一撃で沈むものなのか?
かつて第一次世界大戦のユトランド沖海戦で、巡洋戦艦が次々と爆沈させられたイギリス兵たちも同じ気持ちだったかもしれない。
プロートン級戦艦は自艦の装備する主砲に耐えられる装甲防御がほどこされている。それはオリクト級ベースの無人戦艦や多くの日本戦艦の主砲では弾かれるほど強固なものだ。しかしそれより二ランク上の51センチ砲の攻撃に対しては、さすがに分が悪い。
だがそれでも、日本戦艦の攻撃力は異常だった。装甲を抜けて被弾したとて、必ずしも爆沈するものではなく、当たり所によっては十数発に耐えることもある。
逆に当たり所が悪ければ先のような一発轟沈もあり得るのだが、問題なのは、砲撃を受けた艦が一斉射分で大破ないし撃沈されている事実であった。
驚愕する異世界帝国兵に対して、日本海軍――連合艦隊司令部では歓声が上がる。
「やりました! 新型砲弾の威力です!」
高田 利種首席参謀が言えば、源田 実航空参謀は水を差す。
「新型と言っても、まだ試作の、それも鹵獲兵器ですが……」
「今、この瞬間に効果を発揮しているのだ。文句は言うまい」
連合艦隊司令長官、古賀 峯一大将は厳めしい表情のまま言った。
播磨型の51センチ砲、その驚異の威力は砲弾に秘密がある。
それは異世界帝国の武器――シールド貫通魚雷の技術を応用したものであった。シールドを貫通する効果、そして砲弾内に敵魚雷から抜き取った特殊炸薬を詰めたのである。
正直にいえば、まだ完全に自力生産できるものではなく、回収した敵魚雷から移し替えているという有様ではあるが、今回の決戦に間に合わせ、播磨型、改播磨型12隻分1440発をどうにか用意したのであった。
威力はまさに絶大であった。日本海軍の戦艦砲術を担う能力者、その選りすぐりが担う播磨型は、最大射程に近い遠距離砲戦でも正確に砲弾を敵艦に送り込む。
日本戦艦の中でも最強の51センチ砲は、大半の敵戦艦の装甲を貫通する。そして当たれば特殊炸薬の破壊力もあって、敵45センチ砲搭載戦艦ですら一発で戦闘不能なほどの深刻なダメージを与える。
砲撃とは、限られた時間内にどれだけ有効打を撃ちこめるかが重要だ。しかしほぼ百発百中の精度で当てられるのであれば、こちらがやられる前に敵を仕留められる。
数で押されるのは如何ともし難いが、敵が有効打を出すまでの時間で、速攻で数を減らすことができれば、この絶望的な差でも勝機はあるのだ。
播磨型4隻の第一戦隊『播磨』『遠江』『相模』『安芸』、改播磨型の第四戦隊『近江』『駿河』『常陸』『磐城』」(こちらは同名艦から新たに名前を譲り受けた)、第五戦隊『肥前』『周防』『飛騨』『越後』が、巨砲を撃ち込む。
1440発といえば相当な数にも感じられるが12隻に分配すれば120発。これを八門に割り振れば15斉射分しかない。能力者たちによる弾道誘導も慎重かつ丁寧になる。一発も無駄撃ちがあってはならないと全神経を集中して砲弾を発射する。
だがその効果は絶大であった。
最大の脅威であるプロートン級戦艦が、風船が割れるが如く次々に爆沈していき、二千艦隊はそのあまりのことに驚愕させられてしまうのである。